第5話 接客はドキドキの連続です

 鬼ラーメンで働くことが決まったのが今朝のこと。

 そして今、実際に店員としてお店に立っている。


 時刻は夕方。

 採用も早ければ仕事開始も急だけど、早い分にはかまわない。

 前の仕事が睡眠時間2時間だったり、休日に電話が掛かってきて休み返上なんてのも当たり前だったからねえ。多少の『急』なんかへっちゃらなの。

 けど、実際に働き出して戸惑ったのは……。


「いらっしゃいませ、ご注文は……ひぃっ!?」

「あはは、驚いてる。さてはアンタが店長のミスで帰れなくなったてウワサの、人間だね」


 悲鳴を上げた私を見て笑っているのは、お歯黒べったりという妖怪。

 顔には目も鼻もない、口だけあるのっぺらぼうみたいな女性の妖怪なんだけど、いきなり見たからビックリしちゃった。


 働きはじめて思ったけど、このお店本当に色んな妖怪がくるのよね。

 コウキさんやコリンさんはもう見慣れたけど、初めて目にする妖怪さん相手だと、今みたいにビックリすることがあるの。

 けどお客さん相手に悲鳴を上げるなんて失礼。気を悪くしてないかって、心配したけど……。


「いやー、嬉しいねえその反応。今の時代、驚いてくれる人間はなかなかいないからねえ」

「そもそもオレ達妖怪を見える人間が少なくなったからなあ。みんな信じてねーし、見ようとしないんだ」

「久しぶりにいいリアクションを見せてくれてありがとよ。ここでの暮らしは大変かもしれないけど、頑張りな」


 みなさん怒るどころか、励ましてくれて。

 鬼ラーメンのお客さんって、いい人達ばかりです!

 前の会社では休憩時間に椅子に座って休んでるだけで、「ジャマだどけ!」とか「うっとうしい!」とか言って怒鳴ってきた元上司に、爪の垢を煎じて飲ませてやりたい!


 そしてこんな方々を怖がるなんて、やっぱり失礼ですよね。


「ありがとうございますみなさん。ふつつか者ですが、どうかよろしくお願いします!」

「ははっ。サオリちゃん、それじゃあ嫁入りのあいさつだよ!」


 ああっ、そうだった!

 河童さんに指摘された私は顔を赤くしながら、カウンターの奥に引っ込……って、まだです。

 お歯黒べったりさんの注文を、聞いてませんでした!


 しっかり注文を取ると、今度こそカウンターの奥、コウキさんのところに戻る。 


「チャ、チャーシュー麺バリカタです……あの、ごめんなさい。失敗しちゃって」

「気にするな。ちゃんとオーダーは取ってきたんだから、問題ない。ここの奴らにも、そのうち慣れるさ。まあ、ゆっくりやってけ」


 コウキさんはすぐに、ラーメンの準備に取りかかったけど。


 コウキさん、案外優しかったな。

 普段は口悪いのに、ちょっと意外かも……。





 そしてそれから3日後、さらにコウキさんの優しさを実感する事態が起きた。


 鬼ラーメンで働きはじめてから3日。最初はたくさんの妖怪達の姿に怖がっていたけど、案外早く慣れるものね。

 もうどんなお客さんが来ても、怖がらないし身構えなくなっちゃった。


 人間か妖怪かの違いなんて、些細なもの。

 誰が来たって、しっかり接客するんだから!

 って、思っていたけど……。


「ニョロニョロ。お前さんが最近ウワサの、この店で働いてるっていう人間か」

「は、はい。たぶんそうだと思いますけど……」

「あーあ、こんなに痩せて。どうせろくに飯も食わせてもらってないんだろう。こんな所よりも、うちの店に来いよ」

「痛っ? は、放してください!」


 いきなり失礼なことを言って手を握ってきたのは、蛇の頭に人間の胴体を持つ妖怪。


 もう、痩せっぽっちなのは元からなのに……なんて言ってる場合じゃない。

 ヘビさんが言ってるのがどんなお店か知らないけど、強引に連れて行こうとするあたり、ろくなもんじゃない気がする。


 とほほ。どうやら人間に善人も悪人も要るみたいに、妖怪にもいい人悪い人がいるみたい。

 けど、どうしよう。

 離れたいのに、掴んだ手を放してくれない。……。


「悪いようにはしないさ。最近人間の女を欲しがる変わり者がいてねえ。安心しろ、金はちゃんと払う……んあ!? 痛てててて!」


 ヘビさん、後ろからやってきた誰かにいきなり腕を締め上げられちゃって、手を放された私は、ようやく解放される。

 けど、助けてくれたのって……。


「おいコラ。うちの従業員に、何してくれてるんだ?」


 ──っ! コウキさん!?

 ヘビ男を押さえつけてくれたその人は、コウキさんその人だったの。

 普段はカウンターの奥でラーメンを作ってるけど、飛び出してきてくれたのかな?


「こ、こら、何をする! ここの店主は、客に暴力を振るうのか!?」

「すみませんねえ。『店の者に手を出すようなやからは、お客さんにあらず』。オレにラーメンの作り方を教えてくれた、師匠が言ってた言葉です。イヤがるうちの従業員にちょっかい出すアンタは、お客さんじゃありませんから」

「こんなことが許されると思っているのか。今のお前の様子を動画で撮って、SNSで拡散してやる。そうしたら店の評判はがた落ちだぞ!」


 え、妖怪の報復が、SNSを使って炎上させるってどうなの!?

 でも、そうなったら確かにマズイかも。


 けど、そしたら丁度来ていた常連客の方々が。


「はっ、やれるもんならやってみろ。そんときゃお前を袋叩きにしてやる!」

「ラーメン食べずに、女の子をナンパしに来るんじゃないよ。さっさと帰りな」

「動画と言えば。さっきアンタがその子にセクハラしたところも、撮ってあるよ。拡散されて困るのはどっちかな?」 

「なっ!?」


 ヘビさんはウロコに囲まれた目を丸くすると、コウキさんの手から何とか逃れ、慌てて店の戸を開ける。


「なんて店だ! 二度と来ないからな!」


 ……なんて言って帰っちゃったけど。

 こっちこそ、二度と来てほしくありません。


 それにしても、コウキさんが助けてくれるなんて。


「コウキさん……ありがとうございます」

「気にするな。それより、もしもまた変なのが現れたら、大声を出してオレを呼べ。怖がらせたくなくて黙っていたけど、ごく稀に人間をさらったり襲ったりする、質の悪い妖怪もいるんだ」


 そ、そうなんですか!?

 こっちに来てから優しい妖怪さんとしか会ってなかったから、正直ショックが大きい。

 けど……。


「どうした? ……オレ達のことが、怖くなったのか?」

「いいえ。……妖怪にもあんな方がいるって分かって、ビックリしました。けど、コウキさんやみなさんは違いますよね。助けてくれて、本当にありがとうございます!」

「ははっ、大したお嬢ちゃんだ。コウキくん、この子いい子だねえ」

「……まあ」


 笑う常連客達。

 そしてコウキさんは、あんなことがあったばかりの私を気遣ってか、「休憩に行ってろ」って言ってくれた。


 コウキさんは、無愛想で口は悪い。私を人間と気づかずに出しちゃいけないラーメンを食べさせるようなドジなところもあるけど、でもいい人。

 一緒に過ごした時間は、まだそんなに長くはないけど。きっとこれは、間違いないよね。

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