第3話 共同生活は、初っぱなから大変です

 勤めていた会社の倒産も、妖怪の世界から出られなくなったのも、全く予想外の出来事。

 まちがいなく昨日は人生最悪の日。せめて今朝はぐっすり寝て、たまっている疲れを取りたかったんだけど、そうは問屋がおろさない。


 昨日解除するのをすっかり忘れていた、毎日鳴るようセットしていたスマホの目覚ましのアラーム。

 当然、今日もいつも起きる時間になれば鳴るわけで、まどろみの中にいた私は聞き慣れた声によって起こされた……。


『起きて……起きてよサオリ。もう朝だよ。ふふ、寝顔もかわいいけど、もうそろそろ起きないと。それともひょっとして、キスで起こしてほしいのかな、甘えん坊なお姫様♡』


 聞こえてきたのは、耳が幸せになるイケメンキャラの甘々ボイス。

 ふふふふ~ん。今日も素敵な声ー。


 私がアラームに使ってるのは、イケメンキャラの目覚ましセリフ。

 私は普段スマホで、無課金で乙女ゲームをやってるんだけど、好きなキャラクターのボイスを買えるってサービスだけは課金して、推しキャラのボイスをゲットしたの。

 おかげで毎朝、幸せな気持ちで目を覚ますことができるよ。


 なんて思いながら、布団の上で身を起こすと……あれ、着ているのがいつものパジャマじゃなくて、白い大きめのシャツだ。


 ああー、そうだ。

 つい寝ぼけちゃってたけど、昨日なんやかんやあって妖怪の世界から帰れなくなって、コウキさんのお家に泊めてもらったんだっけ。

 いきなりのことだから当然、寝巻きなんて用意できなかったけど、コウキさんからシャツを貸してもらって、昨日はこれ着て寝たんだっけ。

 それにしても……。


「私、これからどうなっちゃうんだろう……」


 いきなり異世界に迷い込んで帰れなくなるなんて、まるでラノベの主人公だよ。

 違うのはそんな知らない世界で生き抜くための能力を、何も持ってないってこと。

 考えれば考えるほど、不安しかないよ。

 コウキさんは、オレが何とかするって言ってくれたけど……。


「あ、そうだ。コウキさんと会う前に…」


 なるべく物音を立てずに、こっそりと部屋を抜け出す。


 向かった先は洗面所。

 昨日お風呂に入ったときわかったけど、コウキさんのお家の洗面所は一般的な家と同じで、お風呂の脱衣場と一緒になってる。

 まずはそこで、髪を整えないと。


 だって私の髪、寝癖つきやすいんだもん。コウキさんと顔を合わせる前に、メイクは無理でもそこだけは直しておきたい。

 てなわけで洗面所の前までやってきた私は、中に入るべく閉まっていた引き戸をガラッて開けたけど……。


「ん?」

「へ?」


 そこには、コウキさんがいた。


 寝癖だらけの頭を見られたくないから、その前に何とかしようと思ってきたのに、鉢合わせしちゃうなんて最悪。

 だけど、今はそんなことなんてどうでもよかった。

 だってそれよりもとんでもない事態が、目の前で起こっているんだもん。


 洗面所にいたコウキさん。

 だけどそこは、洗面所であると同時に、お風呂から出入りするための脱衣場でもあるわけで。

 朝風呂にでも入っていたのか、コウキさんはシャツ一着、下着一枚身につけることなく、ザ・風呂上がりって感じの姿、全裸だった。


「ぎ……ぎぃぃぃぃやぁぁぁぁっ!」


 ひんやりとした冬の朝。

 私の声が家中に響いた。




 ◇◆◇◆




「……お前なあ。基本家の中は自由に出歩いていいっては言ったけどよ。脱衣場に入るときはノックくらいしろよな。わかるか、ノックだ」


 はい、すみません。ノックは大事ですよね。


 茶の間で、服を着たコウキさんと二人。

 朝食を取りながら、脱衣場での反省会をしてる。

 コウキさんの引き締まった体は魅力的だったけど、私には少々刺激が強すぎました!


「で、でも普通、朝風呂に入ってるなんて思わないじゃないですかー!」

「オレは割と普通に入るぞ。アンタがどんなルーティーンで生活していたかは知らねーけど、オレにはこれが普通だ」


 う、確かに。

 生活習慣が自分と違うからって、普通じゃないなんて言うのは、よくないよね。

 なんて思いながら、玉子焼きをパクリ。

 あ、これ美味しい。


「コウキさんってラーメンだけじゃなくて、和食も得意なんですね。こんな豪華朝食、久しぶりです」

「豪華って、これがか?」


 コウキさんが用意してくれた朝食は、白いご飯に玉子焼きに鮭、それと味噌汁。

 これを豪華と言わずになんと言いますか!


「アンタ、今まで朝は何食べてたんだ?」

「ゼリー飲料です。手っ取り早く栄養取れますから」

「まさか、それを毎日か? 人の食生活にとやかく言うのはよくねーけど、たまにはしっかり食べた方がいいぞ。そんなだからガリガリなんじゃねーの?」

「──っ! いちいち一言多いです!」


 そのせいで、イケメンなのに残念になっちゃうんだから。

 けど言ってることは、一里あるかも。

 思えば昨夜コウキさんのラーメンを食べるまで、味を楽しむって感覚を忘れちゃってた。

 毎日忙しすぎて、食事なんてただの栄養補給。車にガソリンを入れる、スマホを充電するみたいに、ただ動くためのエネルギーさえ補給できればいいっていう、無機質なものになってたものね。


「まあとにかくだ。しばらくうちに以上、飯はしっかり食ってもらう。飲食店に居候してるアンタがろく食べずに、栄養失調で倒れたなんてなったらかなわんからな」

「はい、分かりました……」


 まあ美味しいご飯をしっかり食べれるのは、私としてはすごくありがたい。

 ただ気になるのは、しばらくここにいるって部分。


 私はいつになったら……そもそもどうやったら帰れるんだろう……。


 ──ピンポーン!

「コウキくーん、サオリちゃんは元気にしてるかーい!」


 インターホンが鳴ったかと思うと、続けて外から大きな声が、家の中にまで聞こえてきた。

 この声、コリンさん?


「コリンの婆さん、朝っぱらから何の用だ?」


 コウキさんは玄関に行って、コリンさんを連れてきたけど……。

 やってきたコリンさんは、両手に紙袋を抱えていた。


「サオリちゃんおはよう。昨日はよく眠れたかい? いきなりこっちで暮らすことになって、アンタも大変だろう。服とか色々持ってきてきてあげたよ」

「わぁ、本当ですか? 助かります」

「こうして知り合ったのも縁だ。何かあったら、あたしを頼るといいよ。コウキくんじゃ、色々気のきかないこともあるだろう」

「ええ、とっても」

「おい!」


 コウキさんが睨んできたけど、だって本当に察しが悪い上に、デリカシーが無いんだもん。

 正直、女性の協力者がいるのはすごくありがたい。


「後であたしと、必要なもの買いに行こう。町を案内してあげるよ」

「はい……あ、でも私、あまりお金持っていなくて」

「平気平気。実はもうすぐ期限が切れる優待券をたっぷり持ってるから、それを使おう」

「コリンさん……ありがとうございます!」


 こんなに優しくされたのなんて久しぶりで、涙が出そう。

 コリンさんって、本当に頼りになります。

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