第3話 孤独処女は転ばない

 ある時、友人が増えた。

 それは、レミアとカイネの共通の友人で、名前をミーナと言う。確か同じ学校であると言うふうに聞いた。けれど、私の私の中に記憶がなかった。


 向こうは私のことを軽く知っているようで、私が知っていないことを私は頑張って隠した。隠そうとした。多分隠すことができていなかったけれど。


 私は過去のみんなに私のことが忘れていて欲しいと願わずにはいられない。過去の自分の罪を忘れてほしいと思う。そんなふうに願わずにはいられない。でも意外とみんなが私のことを覚えていると知って、私は正直恐ろしかった。私と言う存在の罪をいまだに覚えている人がそれだけいるということが、私には心底恐ろしかった。


 私はいつか誰かに殺されるのではないか。私はいつか誰かに刺されるのではないか。そんなふうに思ってしまう。そんなふうに思えて仕方がない。だから私は首を切られる夢を見る。


 首を切られる夢。それは夢としられる時もあれば、単純な創造として現れることもある。それは私の前に空想として現れる確実な虚像として、現実とは違うものとして目の前に現れる。ただその想像の中で、私は首を切られる思いはさず、今までの罪を清算するように首を切られる。


 それの何が夢なのかと言えば、ただ首を斬られただけで、私の罪が精算されていることだろう。きっと本当ならば首を斬られた位では、私の罪は精算されない。


 そして、なんとなくなのだけれどミーナは私の首を切るように見えた。それが空想であることを私は知っている。けれど、ふとなんとないしに、そんなふうにおもう。


 ミーナはとても良い子だ。

 他の2人と同じように高潔な精神を持ち、そして私とも仲良くできるようなとても優しい子である。


 私たちはすぐに仲良くなった。でもきっとそれは私のおかげではない。彼女の歩み寄りによるものだと言うことぐらいは簡単にわかっていた。だから私はそう言い聞かせる。勘違いしないように自分が勘違いしないようにそう言い聞かせる。


 それから何度かみんなで集まった様々なことをした。遊んだり食べたり飲んだりそして笑った。くだらないことで笑う笑い合い、私たちはきっと幸せだった。私だけかもしれない。私だけがそう思ってそのかもしれない。だからこの場では私が、私がと言わせてもらうけれど、私はきっと幸福だった。その瞬間だけは、その瞬間は確実に幸福だったと私は明言する。


 もしもそれが全て嘘で、全て私を騙すためのものだったとしても、私がただ褒められただけの哀れな動機に過ぎなかったとしても、私は確実に幸福だと言えるだろうだけの切り取った幸福だと言えるだろう。それらの後に大きな後悔に変わったとしても、あの時だけは楽しかったと言えることを私は祈る。でも深い後悔は楽しみの後に。


 そう、それは確かレミアとカイネが飲み過ぎて寝てしまった時のことだった。私はミーナと2人きりで話をした。


 くだらない話、いつものようななんてことのない話。


 それは好きな音楽のこと。好きな本のこと。好きな魔法のこと。好きな場所のこと。好きなお菓子のこと。好きなお酒のこと。


 本当にくだらない話ばかりをしていたのだろう。でもその瞬間は私にとっても幸福な瞬間の1つだったと今では思う。いや彼女たちと出会い遊んでいた。その時間の全ては私にとってとても幸福な時間だった。確かに皆はもう働いていて、劣等感に駆られる事は多かったけれど、でもそれでも私が人と関わり、孤独を忘れようと努めていた。その時間を私にとって幸福以外の何物でもなかった。


 そしてその時はもう1歩踏み込んで話をした。普段はただ遊んでいるだけで何も考えることがなかったけれど、その時はお互いお酒を飲み過ぎたからだろうか。口が緩くなって、そして言葉を交わす。


「最近過食気味なんだ。少し太ってるでしょう?」


 視線を彼女の体へつけれ。彼女はとても痩せているように見えた。全く気づかなかったけれど、私は彼女が痩せすぎているように感じた。

 その点に気づいたのか、彼女はけらせ気まずそうに笑う。


「こんなこと言われても仕方ないよね。ごめんね。ちょっと私飲み過ぎちゃったかも」


 それからは、またいつも通りのくだらない話に戻ったけど、私はその時の言葉がなぜか忘れられなかった理由を私はその後考える考えても答えは出なかったけれど、確かちらりと元彼の話をしていたのを思い出した。


 その恋人はあまり良い恋人ではなかったと彼女は言った言っていた。彼女彼女が恋人のことをそんなふうに言うのに、私は少し悲しんだのを覚えている。でも人とはわからないものだ。恋人とはどういうものか、恋人になる前ではわからないものだから、まぁそういうものなのだろう、と思った。


 私は恋人ができたことがないので、実際にどういうものかわからなかったが、最初大切だと思っていた人が、実は次第にその大切さを失い、壊れていく。それが人間関係なのかもしれないと少し思わざるを得なかった。そんなふうに思ったからこそ、私はそのことを覚えている。


 私は彼女に何も言えなかった。何も言うことができなかった。ただ、それを眺めるだけで。


 もしも私が人間だったなら、もしも私が怪物でなければ、生まれてもいない愚かなものでなければ、彼女に何か言うことができただろうか。救うことができただろうか。いや、そんなおこがましい考えをしている私だからこそ、きっと何も言えなかった。


 そう何も言えなかったんだ。この時何かを言っていたら、何かが変わっていただろうか。私は何も変えることができなかった。


 だから私はその場にいてはいけない気がした。ただ周りの人をよこすだけだとそんなふうに思ってしまったから、私は何も言えなくなった。だんだん話すのが難しくなって、ただその場も少しずつ息をするのそんな気がして、私はその場の雰囲気に飲まれていたのだろう。


 その空間はとても幸せだったけれど、けれど、同時にいつかその空間が壊れてしまうと言う可能性を私は捨てずにはいられなかった。いつかはこの関係も終わる。きっといつか友達だってみんな消えていく。


 そういうことを知っているからこそ、私はその場がとても怖かった。この場にこの場が良いと思えば思うほどいつか失ったときの恐怖に私は耐えれそうになかった。そしてそんな良いと思わせてくれる。


 誰かを私は穢して壊してしまうことを予言していたから私は怖かった。まだ私が愚かなだけならいい。私が死んでしまうだけならいい。


 けれど、私みたいなものを肯定してくれる。誰かをいや私のようなものと仲良くしてくれる。誰かを傷つけたくは無い。もう何度も誰かを傷つけてきた。


 そんなふうに思うのだけれどそんなふうに思っていなければ、息をすることも難しいのだけれど。でも、それでも。


 いや違う。私はこの場所から離れるべきなのだ。皆のことを考えるのなら、私はこの場所にいるべきでは無いのだろう。そういう思いが出ていたのだろうか。


 それとも皆は私の心の恐ろしさに気づいたからだろうか少しずつ会う回数は減っていた。遊び回数も減って遊ぶ時間も減って遊ぶ日も減った。別に何かがあったと言うわけではない人とただいない。忙しかったのだ。


 決定的なことなどないのだろう。考えてみれば、カイネに恋人ができたとか、レミアが少しばかり引っ越したとか、そういう小さなことの積み重ねが私たちの距離を産んだのだ。


 そしてもうミーナと会う事はなくなった。今はもう1年ほどはいない。きっとこのままもう二度と会う事はないだろう。そういう予感が私の中にある。



 きっと何か私はまだ何かを失敗したのだろう。だから私はまた誰かを失ったのだろう。そんなことはわかっているけれど、それでもわかっていても、私は。

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