05,失言

「随分、不思議な質問しますね?」


唐突に自身の身元を疑れ、アルヴィスは頭を掻きながら、横目でオリヴィアを見つめる。


「オマエは私と幼少期に会っている」


「――はい、覚えております」


少し間を置き、アルヴィスは返答する。


「では、何故私を避ける?」


「避けた認識はないのですが――」


「いや、避けているというよりも“知らない”という言葉が適切か」


「もしそれが本当であれば、私は嘘つきとなりますね」


「実際、そうだろ?」


「何を根拠に?」


「では、オマエと私はどのような関係だ?」


アルヴィスは返答に困り、腕を組み悩みだす。


「やっぱりオマエは、私を知らない」


オリヴィアは落胆と怒りが混じった声で、アルヴィスを睨みつけている。その反応に、彼は溜息をついた。


「貴女はいつも結論を急がせる」


「何?」


「私は“ルイス先生”との関係を含むか含まないかで、悩んでいただけです」


「ルイス先生の事をオマエが知っているのか?」


「当然でしょ?あの方は、父と古い友人であり、私のチェスの師でもある」


「!」


「そして、貴女もまた、ルイス先生の弟子。私の記憶に相違がなければ、私は兄弟子で、貴女は妹弟子となる筈だ」


彼女の予想した返答とは、大分異なっていたらしく、彼女の表情は青ざめた。


「嘘だ、そんな筈は――」


「誰にそそのかされたかは分かりませんが、私は紛れもなくアルヴィス・ゴードンですよ」


「では何故オマエは、チェスの大会に出ていない?」


「それは大会会場である首都「ロベリア」までの旅費を工面くめんできなかったからです」


「貴族だろオマエは?」


「貴族は貴族でもド田舎いなかの「マクロフィア島」の島主。私の我儘わがままだけで島民の血税を使えなかった」


「では、この学園にはどうやって入った?」


「成績上位者には、学費を工面してもらえる制度があったが故に――」


オリヴィアの発言に対し、その全てを論破したアルヴィス。とうとう彼女の言葉が尽きたのか、目が泳いでいるのを確認すると「そろそろ、私も質問してもいいでしょうか?」と、彼女に質問をした。


「貴女は何か勘違いしておりませんか?」


「な、何を?」


「チェスの師がいるからと言って、チェスの大会に出る必要性はない筈、なぜ貴女はそこまでこだわるのですか?」


先程まで弱気になっていた筈のオリヴィアは、不敵な笑みに変わる。


「語るに落ちたな偽物!」


オリヴィアは、アルヴィスを指差した。


「チェスの大会に出る意義を唱えたのはオマエだ!よもや、忘れたとは言うまい」


しかし、アルヴィスは冷静なまま、首を横に何度も振りながら、再び溜息をつく。


「話にならない」


「何だと!」


「幼少期の発言一つで、偽物呼ばわりは少々苦しいかと」


「貴様!」


「――とはいえ」


我慢できず、今すぐにでも飛び掛かりそうなオリヴィア。それをアルヴィスは、たった一言で静止させた。


「貴女の言い分も分からなくもない。なので、どうでしょう。ここは一つ勝敗をつけ、勝利した方の言い分を聞くというのは――昔のように」


アルヴィスは、制服の胸ポケットからチェスの駒の一つである“キング”を取り出し、近くの食堂の机に置いた。


「いいだろう」



「一体、何があったの?」


「俺に聞くなよ」


エヴァとヴォルトは、アルヴィスの課題を終え、彼の元へと戻ったのだが、そこにはアルヴィスはおらず、代わりに大勢の人だかりが出来ていた。


「2人ともこちらへ」


人だかりの中から現れたユリウスは、2人の姿に気付き手招きする。それに従い2人は、彼女の後についていく。


すると2人の視界に、アルヴィスとオリヴィアが椅子に座った状態で、1枚のチェス盤の上に、黒白合わせ計32のチェスの駒を並べ終わるところだった。


「チェス?」


「ユリウス、この状況は一体――」


「これより、チェスの決闘を開始します!」


エヴァの質問は、チェスの審判と思われる眼鏡をかけた男の宣言でかき消されてしまった。


「ルールはスタンダードにのっとり、相手を「チェックメイト」した場合、又は、対局放棄させた場合を勝利と致します」


「但し、アルヴィス側の希望により、対局中の会話は、対局内容以外であれば許可とする特殊ルールを採用致します。オリヴィア伯爵令嬢は、それで宜しいでしょうか?」


オリヴィアは無言のまま、頷いた。


「では、今回の勝利報酬を各自、宣言をお願い致します」


「私からは、貴方の素性を全て私に教えなさい。そして、私の判断次第では“退学”になってもらいます」


「ハ?退学!」


「何で!?」


驚くヴォルトとエヴァの言葉と同時に、周囲の野次馬もザワザワと騒ぎ始め、ユリウスは親殺しを見ているかのように、オリヴィアを睨みつけながら獣が獲物に威嚇するかのように唸る。


「自分からは、貴女を唆した人物の名前。それと15分だけでいい、私の話を黙って聞いて下さい」


「「それだけ?」」


重なる2人の横から我慢が出来ずに、ユリウスが前にでた。


「アルヴィス様!それでは対価として割に合わないです!もっと罰を!」


「罰って――」


「私は構わない。流石さすがにこれでは対等ではない」


「とは言っても――」


椅子に寄りかかって悩むアルヴィス。


「ちょ、どういう事なの?」


「そうだぜ、この状況を説明してくれよ!」


エヴァとヴォルトは、アルヴィスが座っている椅子を前後に揺らして状況説明を求めるが、彼は微動だにせず、そのまま目を閉じて考え込む。


「あっ!」


目を開け急に声を出したアルヴィス。その声に2人は驚き手を放す。その勢いのまま、椅子から立ち上がり、彼女を見下ろしながら、彼女に告げた。


「オリヴィア様には、先程出来た部活に入部していただく事にします」


「「「えっ!」」」と、ヴォルトとエヴァとユリウスの声が、重なった。


「部活?何をする部活なの?」


「それは内緒です♪」


「ふん、まあいいわ。私が負ける事は万に一つもない」


その言葉に絶句する3名を余所に、アルヴィス1人は、したり顔でチェス盤を見つめる。


「では、この対局は成立で宜しいでしょうか?」


「はい」

「えぇ」


「では、先手と後手は先程決めた通り、オリヴィア伯爵令嬢を白の先手、アルヴィスを黒の後手とします」


審判は右手を高らかに上げ、「それでは――対局開始!」と宣言し、その腕を振り下ろし歓声が上がった。



しかし、対局が開始すると、野次馬を含めた皆が黙ってチェス盤に集中する。一部を除いては――。


「ヴォルトはチェスの経験は?」


アルヴィスは自身の手番で、駒を動かした途端に、ヴォルトに話しかける。


「存在は知っているが、ルールは知らない」


「では、エヴァは?」


「ルールは知っていますが、数える程ぐらい」


「じゃあ、最初の部費はチェスを2セット買う事にしよう」


駒を一つ動かす度に、2人に質問を行うアルヴィスに、机をトントンと人差し指で叩くオリヴィア。


(認めたとはいえ、ホントに会話する普通?)


「ふん!貴方の居ない部活かもしれないのに、随分と気が早い事」


彼女は迷わずに、駒を動かした。


「おや?貴女は先々の事を考えない方でしたか?」


嫌味を吐きつつ、アルヴィスはすぐに駒を動かした。


(コイツ)


「仮に貴女の話を鵜呑みにした場合、本物は何処に居て、自分が何者か予想はついているのですか?」


「それは――」


「え?まさかですか、何も?」


(この男、先程の会話で知っているクセに!)


オリヴィアは怒りを抑える為、歯を食いしばりながら、駒を動かす。


「それはそれは、よっぽどの御仁に唆されたとみました。ククククク」


「おい、この笑い方」


「ええ、まだ2回目の筈なのに――」


(え、何?)


「いいぞ2人とも。まだ1日目だというのに、しっかりと相手を観察出来ている」


(何の事?)


「そんな事よりも、伯爵令嬢様とチェスの対局する事になった経緯が知りたい」


「右に同じく」


「ちょ、ちょっと待ちなさい!今の話から察するに、貴方は誰から貴方の事を聞いたか知っているの?」


「ええ、知っていますよ。というか、知らないとでも思ったのですか?」


(えっ?)


「私からは誰の名も――」


オリヴィアの言葉で、悲しそうに俯き、目頭を押さえたまま、首を横に振る。


「ん――2人。いやオリヴィア様を含め“3人”に、この教えを伝えよう」


「「「え?」」」


「『言葉を口にする時は、脳を通して発言すべし』」


彼は自身の台詞と同時に、駒を動かした。

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