04,質疑応答

帝立軍事学校「ディオス」の第二次試験が終わってから数か月後。


現在、総勢175名の新入生の入学式を迎えている。新入生全員が規則的に並べられた椅子に腰かけていた。


その中には、アルヴィスたちチームGの姿は勿論、ユリウス、イリス。そして、オリヴィアの姿があった。


「オマエ、何をした?」


「何の事だ?」


イリスが新入生挨拶を始めたタイミングで、ヴォルトは隣の席である事をいい事に、アルヴィスに話しかける。


とぼけるなよ、何で15組のチームG全員が同じクラスなんだよ?絶対、オマエが関与しているのだろ?」


「ああその事か」


「その事かって――」


「前回、自分が君たちに謝った事、覚えているか?」


「勿論、6試合目が終わって合流した途端、頭下げて『この試合は棄権扱いにしてもらえないか?』だもんな」


「本当にすまなかった」


「いや別に、そもそもオマエが居たから合格できた。だから、俺たち2人には、オマエに文句言う資格はないだろ?」


「それこそ違う。別に自分が居なくても、君たちは合格していた」


「どういう事だよ?」


「第二次試験の合格条件は、6試合中4試合を勝利した者とあるが、優秀な人間であれば条件を満たさなくても合格になるケースもある。実際、去年の試験では、1勝しかしなかったチームにも関わらず、1人合格者が出ている」


「1勝だけで?」


「その人物の名前は、「メイ・カーミス」という人物なのだが――」


「そんな名前、聞いた事ないが――」


「それはそうさ、彼女が試験に参加するまで、彼女の経歴は一切ないからな」


「何?」


「彼女は、代々宰相さいしょうを務めている名家。ロー伯爵の庇護下にいる事以外、何も分かっていない」


「つまり、オマエと一緒という事か?」


「ん?」


「またとぼけるな。まぁいいさ、オマエがクラス分けの件を言う気がない事が分かった」


「いい調子だ。『場を読むことは、時に己の身を守る手段となる』」


「そうかい」


ヴォルトは溜息をつき、その傍らでアルヴィスは「ククク」と笑う。


「私のスピーチは、退屈でしたか?」


「「ッ!」」


会話に夢中になっていた二人は、顔は笑顔でも凄みのある声で話しかけるイリスに気付くことが出来なかった。



男性陣の二列後ろで、イリスに頭を下げる2人に溜息をつくエヴァ。そして、その左隣に、イリスを睨みつけつつ、何かブツブツと呟いているユリウスがいた。


「あ、あのユリウスさん」


「はい?」


「アルの――」


「あっ?」


イリスに向けられていた筈の殺気が、エヴァに向けられ、思わず彼女は視線を逸らし、「コホン」と咳払いをする。


「失礼、アルヴィス様について、聞いてもよろしいでしょうか?」


言い直した事で、ユリウスの機嫌は戻ったのか彼女本来の無表情に戻った。


「何でしょうか?」


「何故、あの方は貴族とは思えない行動を取るのでしょうか?」


「というと?」


「私やヴォルトのような平民に「敬語を止めろ」なんて――貴族の方が言う訳がない。他にも、あの方の発言は、まるで自分は貴族でないような事も――」


ユリウスは、アルヴィスに視線を向ける。


「あの方は、矜持きょうじや騎士道精神と言った概念を持ち合わせておりません」


「なぜですか?」


「あの方にとって重要なのは、意味があるかないかの二つしかない」


「意味?」


「アルヴィス様の言葉を引用するのであれば、『誇りや名誉でお腹は膨れない。膨れるのは食料のみ。実利こそが至上。信念は低俗』だと」


「何と返答したらよいか――」


「フフ、私も貴女と一緒でした。しかし、貴女も既にご存じの筈、あの方以上に他者を思いやる気持ちで溢れている人間を、私は見た事はありません」


「確かに、矛盾していますね」


「なので、貴女への返答は、私にも分かりません」


「納得です。ユリウスさん」


「はい?」


「これからよろしくお願いします」


エヴァはユリウスに右手を差し出し、握手を求める。


「ええ、こちらこそ」


ユリウスはエヴァの握手に応えた。



「フン、馬鹿な男だ」


イリスに頭を下げる2人を横目で、アルヴィスを確認するのはオリヴィア・カーライルだった。


オリヴィアはアルヴィスに対し、鼻で笑うと腕を組み、来賓らいひん席に目を向ける。そこには白髪の老人がおり、彼女は哀しい表情を浮かべる。


(アルヴィス・ゴードン。私はオマエに絶対負けない)



入学式を終えた直後、他の生徒は帰宅しているのに対し、アルヴィスはヴォルトとエヴァに声をかけ、学園の一室に移動した。そこにはユリウスも当然のように同席している。


「すまないな、要件は手短に済ます」


「別に、俺は用事ないし」


「私も特には」


「ならよかった。本題なのだが――」


アルヴィスはユリウスに目で合図すると、彼女が持っていた鞄から一枚の紙を取り出し、彼に渡した。


「一様、君たちはあの試験で自分の弟子になった訳だが――」


紙を2人に見せるとそこには、部活創設の為の書類だった事が分かる。


「「部活?」」


「部活という名の「自分の授業」を2人には受けてもらう」


「それを受けてオマエのように強くなれれば、俺は何でもするぜ」


「右に同じく」


2人は迷うことなく、各々書類に自身の名前を記載する。何も言わないまま、ユリウスもその書類に名前を書き、最後にアルヴィスも書き終えた。


「それで、具体的に何の授業をするの?」


ユリウスが書類を提出する為、退出すると、エヴァがアルヴィスに尋ねる。


「特にカリキュラムを設けてないが、普通な事はする気はない。まずは“人間観察”の練習かな」


「人間観察?」



3名は学園の食堂に移動していた。時刻は昼食時の為、食堂には大勢の人間が集まっていた。


「例えば、あの男性。彼はどのような性格だと思う?」


アルヴィスは、食堂の端でパスタを食べている男性を指差した。


「んなの分かるかよ」


「私も分かりません」


「もう少し、考えろよ」


そういうとアルヴィスは、食事をする男性の姿を凝視する。


「彼は几帳面、成績は中の上。潔癖症気味な傾向がある。だが、あの体格から騎馬隊の一員か――」


「なあアンタ?」


ヴォルトはアルヴィスの言葉があっているか、すぐ確認する。その結果――。


「あっていた。成績は中の上で、最近の悩みは騎馬隊の馬糞処理をやりたくないらしい――」


「嘘」


「何故分かった?」


「人は自身を偽ることはできない。普段の行動、特に食事や身だしなみで相手の性格ぐらいはすぐ分かる。彼の場合、器用にフォークを使い皿の野菜を綺麗に食べている。食べこぼしも口回りも綺麗、この時代の男性であそこまでするのは、ちょっと異常だ」


「この時代?」


「ああ、あの年で――を言い間違えていた」


「じゃあ、騎馬隊の一員だと何故分かったの?」


「体格細く身長は低め。お世辞でも歩兵の適性はないが、あの首元には中級職の印がある。適正を鑑みると、騎馬隊が妥当」


「そこまで分かるか」


「む、難しい」


「こういうのは慣れだ。初めから上手く出来るヤツはいない。コツはとにかく気にする事。では、あの女性でもう一度」


「はぁ、わかったよ」


「分かりました」


2人を送り出すアルヴィスの背後に、1人の女性が近づいてくる。


「楽しそうだな、アルヴィス・ゴードン」


「これはこれはオリヴィア伯爵令嬢殿。ごきげんよう」


「君に聞きたい事がある」


「ご随意に」


「オマエは本当にアルヴィス・ゴードンか?」

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