03,告白

第五試合を終えたチームA。

最後のインターバルは、今までよりも長い。理由は戦歴を五試合までまとめ、どの組が何勝何敗しているのかを正確に集計する為である。


その集計が終わるのをジッと待っているのは、公爵令嬢だった。


「お待たせ致しました、最終集計となります」


「ありがとうございます」


試験官の声にビクッと反応したものの、感情を押し殺して冷静な声を保ちつつ、感謝の言葉を口にする。試験官が退席したのを確認した瞬間、すぐさまチームGの戦歴を確認する。


「5勝0敗」


(当たり前と言えば当たり前。他のチームの結果は、各メンバーの質と体力。そして、コミュニケーション力のあるなしで決まったようなモノ)


(現に、14組までの試合が終わった中、抜きん出ていたのは、チェス大会を5年連続で優勝しているオリヴィア伯爵令嬢のチームと、身体能力に定評のあるジパ一族の子がいるチーム。この2チームのみが6勝0敗だった)


(それは理解できるし、納得できる。だけど、このチームにはその要素はない。二試合目を終えた後、ヨシアから3人を調べてもらった。確かに、平民の2人の入学希望の経緯はどうあれ、人格者で優秀だと分かった。チームで唯一の貴族であるゴードン男爵の嫡子ちゃくしも、島民から評判がいい)


(だが、逆に言えばそれだけ――。突出した要素がなく、今の戦歴は出来過ぎている。再度、彼に調べさせてはいるものの、一向に返事がない。つまり、何もない可能性が高い)


(こんなにも私が焦るのには、理由がある。私がこの場に居られるのは、父である公爵と伯父である帝に文句を言われない実績を築く必要がある為。もし、何かほころびが生じた場合、私はあの嘘や方便だけの世界に身を投じる事になってしまう)


(それだけは、断固拒否したい。私にはあの世界は憂鬱ゆううつでしかない。更に将来、誰かのモノになる未来もまっぴら御免だ。だから、私は必死に体を鍛え、勉学に勤しみ、誰からも文句を言われないように居続けなければならない


(この試験も上位の成績を収める必要がある。仮に1位ではなくとも、全勝した2組であれば負けた時の“言い訳”の要素がある。一方、このチームにはそれがない。それなのに私は分かる)


(このチームが2組よりも断然に強い事に――)


「イリス様、お時間です」


「わかりました」


(それでも、私の選択肢は一つ“勝つ”しかない)


ゆっくりと席を立つイリスは、一抹の不安を抱えつつ、最後の試合に赴くのであった。



雨は降り止むどころか、5試合目を終えた時よりも激しさを増していたが、試験が中止になる事はない。悪条件を含めて、試験の為だ。


最後の6試合目は、視界の悪い森林の中であった。今までと同様、互いの陣地までの距離は1キロ程度。目が良ければ、わずかに相手の陣地が見える距離であるが、此処ではそれが通用しない。


イリスは深い深呼吸をすると共に、吐いた空気が寒さで白かった。


「それでは15組、最後の試合。チームA VS チームGの戦闘を開始する!――はじめ!」


試合の開始宣言を高らかに告げた試験官。その言葉を合図に、イリスは瞬時に相手の陣地へと駆け出した。他の2名は今までと同様、守りを固める。結局、彼女は今までの方針を変える事を恐れ、布陣を変える事が出来なかった。


(布陣を変える事は出来なかったが、戦闘に持ち込めば勝算はある。ヴォルトという平民の男性は、ヨシアによれば近衛兵2人分の力があるらしい。が、私は一昨日“5人”をまとめて倒している)


地面が雨でぬかるみ、イリスの右足が滑りそうになった。


「チッ!」


イリスはぬかるんだ地面を強引に蹴り飛ばし、太い木の枝に掴まる事で転ぶのを回避した。


「急がないと」


再び、イリスは駆け走る。



「はぁはぁはぁはぁ」


目的地に到着したものの、相手の陣地には人影はなく、フラッグのみが風にあおられ、バタバタと音をたてていた。


(試合が開始後、陣地のフラッグに触る事は禁止、偽物と入れ替えるのも禁止。であれば、この状況はチャンスだ)


イリスの顔からは笑みがこぼれ、フラッグの元へと歩みをすすめる。


「いや、ちょっと待て」


何かの異変に気づき、彼女はすぐに足を止めた。


(今まで同じ布陣を一度もしてこなかったチームだ。つまり、最初の一斉奇襲の可能性は低い。ならば、何処かで誰かが潜んでいる可能性も――)


周囲の状況を改めて見渡す。すると、フラッグ付近の木々の間に、何本もの白い線が確認できた。その内の一本を恐る恐る引いてみる。


ピ――!


「っ!」


急な物音に、イリスは身を屈めた。


「一体何が?」


音の原因をイリスは必死に探す。音が大きい事もあり、それはすぐに見つかる。それは、先程の糸と繋がっていた片方の木の裏にて、不自然に置かれた朽ちた木より発せられていた。


朽ちた木の中身は空洞になっており、刃物か何かで人差し指程度の穴が開けられている。どうやら、穴の箇所が絶妙な箇所だったようで、風が吹く度に大きな音が鳴っているようだった。


彼女は力任せに、その朽ちた木を素手で破壊する。


「くだらない!こども騙しの罠で、時間稼ぎか!」


イリスは今までにない程に、感情をき出しに声を張り上げ、フラッグの方角へ進む。


(結局、チームGは私の脅威ではなかった。そう、私の勘違かんちが――)


カチャッ!


「え?」


イリスの声を発した時には、彼女の右足は浮き、そのまま彼女の体は空に引っ張られてしまう。結果、彼女は木の太い枝より、逆さ吊り状態になっていた。


「い、一体何が?」


「あと一歩でしたね」


「だ、誰だ?」


イリスは未だ、自身の置かれている状況をつかめていないまま、声の主を探し始める。しかし、彼女の視界からは誰も確認できない。


「横ですよ、横」


「横?」


再び聞こえた声のする右横に、イリスは視線を動かす。するとそこには、1人の男性が逆さ吊りとなっている彼女と同じ、木の枝の上に座っていた。


「どうも、イリス公爵令嬢殿」


「貴方はアルヴィス・ゴードン」


「私のような下級貴族の名をよくご存じで、大変光栄の極み」


「そ、それは――」


イリスはアルヴィスから目線を逸らす。


「それなのに大変、申し訳ない。このような“こども騙しの罠”に引っかけてしまって――」


「くっ!」


自分の状況に気付いたイリスは、どうにかしようとあがく。だが雨の中、1キロの距離を走り抜けた直後。更に言えば、5試合分の疲労も蓄積された為、彼女の抵抗は虚しく、何も変化は起きなかった。


「無理は良くない。貴女の体力は限界だ」


「何故、私の体力を――」


「一昨日、無理しなければ――いや、さっき足を滑らせ、右足を痛めてなかったら、罠にハマる事はなかったのかも」


(なぜそれを?)


「なぜそれを?――ですか?」


「っ!」


「私には分かります。貴女が帝と公爵から“社交界”に戻るよう、迫られている事を」


(え?)


「それを先延ばしにする為、体を鍛え、わざと男嫌いだと風潮している事を」


(ちょ、ちょっと!)


「今回の軍事学校の試験は、貴女の独断行動だという事を」


(何故それを!)


「文句を言われない為、上位の成績を収めたい事を」


(やめて!)


「そして、こんな弱小チームに負ける“言い訳”が思いつかない事を」


「やめて!」


イリスは大声で怒鳴り、アルヴィスは言われた通り話すのをやめた。彼女は息を乱しながら、彼を睨みつける。


「何が目的だ!」


「――」


「そこまで調べあげたという事は、私に何かしらの要求があるのだろ!金か!名誉か!それとも私か!」


アルヴィスは、座っていた枝から立ち上がった瞬間、イリスの視界から消え――。


自惚うぬぼれるな」


イリスと同じ宙吊りの状態で、アルヴィスは彼女の目の前に現れた。


「ひっ!」


恐怖のあまりイリスは目をつぶるも、何も起きない。ゆっくりと目を見開くと、アルヴィスは元の位置に戻っていた。


「はぁ、安心して下さい。別に何か要求するつもりもないし、貴女をおとしめるつもりもない」


「では、何の目的の為に?」


「それは――内緒です」



時は戻り、学園長がチームAの敗北を知らされた直後。


「が、学園長」


「一体何だ!今はイリス様の問題を――」


「その問題、解決致しましょう」


「君は――ジパ族の」


「ユリウスと申します」


「解決とは一体?君に何が?」


「アルヴィス・ゴードン様より、先程の6試合目を“棄権”扱いにしてもいいと仰っても?」


「――何?」


周囲がどよめく中、ユリウスは不敵な笑みを浮かべた。

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