02,経緯

時間を少しさかのぼり、第三試合を終えた直後のチームGは、四試合までインターバルを取っていた。


「面白いように勝つな、流石さすが貴族様」


「いや、貴族は理由にならない。現に、先ほどの相手は子爵の三男坊だった」


アルヴィスは、試合が終わる度に渡される各組の戦歴結果に目を通していた。


「じゃあ、オマエが特別だからか?」


「特別は言い過ぎだが、準備だけなら公爵令嬢も含め、今回の受験者の中で1番だと自負している」


「それって、全ての試合を別々の方法で勝っている事も関係していますか?」


「ああ、今回の試験。自分にとってはとても優しいシステムだ。同じ組内の戦歴を教えてくれる」


そう言って、エヴァの質問に回答するアルヴィスは、手に持っている紙をわざと揺らした。


「その代わり、こっちの戦闘も相手にもろバレしているけどな」


「ヴォルト。バレている事はマイナスな事ばかりではないよ」


「マイナスだろ?だって同じ手を使えないのだから」


「それは余裕があるヤツの台詞せりふだ、他チームの戦歴を見てみるといい」


渋々自身の紙を目に通す。すると、その内容の殆どが同じような内容と結果だった。唖然とするヴォルトの顔を見たアルヴィスは、持っていた紙をひざの上で綺麗に畳み、上着ポケットにしまう


「緊張と普段慣れない実地じっち試験。更には、初対面でのコミュニケーション。。このような状況、よわい15の子どもに、戦略のせの字も浮かばない筈だ」


「じゃあ、アルヴィス様は何故?」


エヴァが申し訳なさそうに、小さく挙手をする。


「アルで言いと言っているのに――」


「慣れるまで待っていただけると――」


「名前なんてどうでもいい。なら、何故オマエはこんな芸当が出来る?」


話に割り込まれ、ほほふくらませるエヴァ。それを見てアルヴィスは、苦笑した。


「自分は特殊な能力を持っていてね。特殊と言っても異能のたぐいではないが――」


「それは?」


「相手の考えをトレースする事が出来る」


「考えをトレース?」


トレースの意味を理解出来なかったのか、ヴォルトは首をかしげる。


「簡単に言えば、ある程度の情報さえ入手出来れば、相手が何を考えているのか、何をしたいのかが分かる」


「その能力と今の話に何の関係が?」


「ヴォルトって馬鹿でしょ?」


「何だと!」


むくれたままのエヴァに、小言を言われ反抗するヴォルト。


「アルヴィス様はこう言いたいの。私や貴方だろうが、イリス様だろうが、試験官だろうが、学園長だろうが――全ての考えを真似る事が出来ると――」


「っ!」


ヴォルトは驚愕きょうがくの表情で、アルヴィスに確認の目線を送り、彼は無言で頷いた。


「つまり、最初に貴方あなたが言った通り、私たちはついている訳」


「最初に言った通り?」


アルヴィスはエヴァの発言で、ヴォルトに視線を移す。


「き、気にしないでくれ。じゃあ、マイナスでない理由は?」


慌てて別の話題にされ怪訝けげんそうな表情で、腕を組むアルヴィスに対し、エヴァは「ざまぁみろ」と言わんばかりの不敵な表情で笑う。


「それは公爵令嬢に向けたメッセージだ」


「メッセージ?相手は天才だろ?こちらを意識しているとは思えないが?」


「だったら、その天才は小物だった事になる」


アルヴィスの発言で、2名は秘密を告げられた時と同様に、顔面蒼白になり背筋も凍りつく。


如何いかに能力が高くとも、慢心する人物で、こちらの状況を把握していないのであれば、やりやすい。何故ならば――」


「「何故ならば?」」


「“油断”こそ、最強の武器だからだ」



第四試合を終えたチームAでは、イリス以外の2名が歓喜していた。


「これで試験に合格だ!」


「流石、イリス様です」


「いいえ、2人の協力あっての事です」


2人と同じく笑うイリスという人物は、会話を終えると、事前に用意された木造の椅子に向かう。しかし、その時には、彼女の表情から笑みは消えていた。


道中、試合で乱れた透き通る銀髪を整える。その髪は肩までの長さの為、然程時間を取られる事はなく、整った事を確認した後、用意された木製の椅子に腰かける。


未だ喜んでいる2人を余所よそに、イリスは三試合までの戦歴。特に、チームGの戦歴を注意深く確認する。


(最後の相手になるチームGは、今回も別の方法で勝利している)


イリスはメンバー三名の名前を黙読した。


(最初の試合。私は速攻をかけ、相手の陣地を奇襲し、一番で戦闘を終わらせた――つもりだった。しかし実際は、このチームがわずかに早い結果に――。その要因は、こちらが私の1名に対し、あちらは3名全員の奇襲。本来の戦略としては、下の下の愚策だが、即席チームの初戦であれば悪くないのか?)


「どうかされましたか、イリス様?顔色が優れていないようですが――」


イリスの表情が険しくなっている事に気付いた二人は、彼女へ歩み寄り話しかける。


「いいえ、何でもないわ。心配してくれてありがとう」


「ならよかったです」


作り笑顔で応対するイリスは、2人に次の試合の準備を頼む。それに対し2人は、元気の良い返事をして、彼女から離れて行った。


(2人は一次試験を上位の成績で突破し、私に都度つど、気をつかってくれる優秀な人物。私の指示にも忠実に従っている。だけど、私の細かい連携指示についていけなかった。だから、最初から今まで、私が1人で攻めて、2人が守る布陣を変えていない)


自身は再び戦歴の記載された紙に視線を移す。


(なのに、このチームは最初こそ無謀な攻めだったが、2試合目は私たちと同じ攻め1と守り2。3試合目は、攻め2と守り1と定石な布陣。かと思えば、3試合目は守りを3名にして勝利している。理由は、相手全員が棄権した為、恐らく、チームGの戦略を模倣したと思われるが、それを相手は察し、返り討ちになったから)


イリスの両手に握られた紙は、クシャと音を立てた。


(チーム全体のレベルが高いのか、メンバーの中に“切れ者”がいるのか。どちらにせよ“油断”出来ない)



第五試合を終えたチームG。

再び、インターバルに入った時、雨音がポツポツと降ってきた。


「雨か、更に都合がいい。雨音で足音をかき消してくれる」


「アル、聞いていいか?」


「勿論」


「もう、オマエに反論するつもりは毛頭ない。だが、次の六試合。イリスが油断せずに、全力で向かってきたらどうする?」


「特に問題ない。その為の準備については、さっきの試合中に話した筈だけど」


「いや、ちゃんと聞いていたし、作戦の内容も理解している。しているが――」


「“アレ”では公爵令嬢を止める事は出来ないと?」


ヴォルトは小さくうなずいた。


「確かに、普通ならそう思う」


「だが、これは入学試験であり、彼女の性格を踏まえると問題ない」


「性格?」


「第一試験の時、1人の受験生が倒れた事は覚えているか?」


「ああ、長身で黒髪の女が倒れそうになって、公爵令嬢がそれを助け――ちょっと待てよ、まさか!」


ヴォルトの表情にアルヴィスは、「ククククク」と笑いを堪えていた。


「この短期間で察しが良くなったじゃないか。そう、彼女はこちら側の人間だ」


最早もはや、エヴァは驚く表情をせず2人の後ろで溜息を一つ付く。


「彼女はジパ族出身で、言わば異民族。貴族の総意だとは思わないが、上位貴族であればある程、己が一族をたっとび、それ以外を蔑視べっしする傾向にある。しかし、公爵令嬢の本心はどうあれ、あの時の彼女はジパ族に対し、敬意を払っていた」


「それが、隙だと?」


エヴァの言葉に拍手するアルヴィス。


「やはり、君たちを調べて正解だったよ」


「おいおい、まさか――」


「いや、君が思ったように、2次試験のメンバーを操作していないよ。ランダムではないと思うが、これは偶然だ」


相手よりも先に、自身の言いたい事を言われ、ヴォルトはその場でひざまづく。


「どうした急に?」


何かを決心した表情で、ヴォルトはアルヴィスに視線を向けた。


「頼む。いや、頼みます。俺をアンタの弟子にして下さい!俺は強くなって将来将軍になりたい!その能力を少しでもいい、俺に教えてくれないか?」


「別にいいよ」


「いや、分かっている。ただじゃ――え?」


「だから、別にいいよ」


「ホントか?」


「なら始めの教えだ」


雨音が増す中、アルヴィスは人差し指を空に向け、高らかに告げた。


「『バレる嘘は、死んでも付くな。嘘を付くなら墓場まで』はい復唱」


「バっ「「バレる嘘は、死んでも付くな。嘘を付くなら墓場まで」」


ヴォルトは戸惑いつつも、アルヴィスの言葉を復唱する。もう一人も一緒に――。


「って、おい!何でエヴァまで――」


「私も教えをうて、よろしいでしょうか?」


彼女はヴォルトと同様に、ひざまづき、アルヴィスに懇願こんがんする。


「いいけど、君には条件が一つ」


「何でしょう?」


「自分に対し、敬称と敬語禁止で」


一斉に発せられた3名の笑い声は、一瞬ではあるものの、雨音に勝っていたという――。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る