第三戦記のワイズマン

笹丸一騎

01,ダークホース

帝立軍事学校「ディオス」の第二次入学試験。

その試験会場となる野営地に2人の男女が、到着した。


男は少し傷んでいるものの、高貴な服装を身にまとっている。一方、女性は傭兵のような恰好で、彼の後ろを歩いており、一枚の紙切れを眺めていた。


「公爵家次女、イリス・ケルト様。

 伯爵家長女、オリヴィア・カーライル様。

 平民出身、ヴォルト・クーパー。

 平民出身、エヴァ・キャロル」


彼女が4名の人物の名を読み上げると、男性は急に歩みを止める。それに呼応して女性も足を止めた。


「どうかされましたか?アルヴィス様?」


「自分を入れたら“アイウエオ”順じゃないか」


「アイウエオ?」


女性は不思議な表情を浮かべ、男性は「しまった」と口を押さえる。彼は気まずそうに彼女を横目で見つめた。


「いや、気にしなくていい」


「はい、アルヴィス様」


男性は頭を掻きながら「ユリウス」と、彼女の名前を口にした。


「はい?」


「君は確かに家の使用人ではあるが、これから同じ学び舎に入学する同志。様はやめてくれないか?」


「恐れ入りますが、アルヴィス様。まだ私たちは入学が決まった訳ではありません。これは“事実”ですよね?」


「確かにそうだが――」


「では、まだアルヴィス様と言わせて頂ければと」


男性は口をへの字にして「頑固者」と呟き、再び歩き出した。


「お褒めのお言葉、感謝いたします」


暫く無言のまま、2人は目的地の場所に辿り着く。その目的地には、巨大な看板が一枚配置されており、一番上に「第二次試験 組分け表」と記載されていた。


「さて、君は1組から、自分は15組からだ」


「畏まりました」


看板には1組から15組までに区分され、その組ごとにAからGの7つのチームが存在する。更に、1つのチームには3名の名前が記載されていた。


「1組目のチームAにオリヴィア様を確認しました。更に、2組のチームDに私が」


男性からの反応がなかった事に違和感を覚えた女性は、彼の方向に視線を移す。男性は腕を組んだまま、長考している様子だった。


彼女は15組のメンバーを確認する。すると、チームAには「イリス・ケルト」の名前があり、チームGにはアルヴィス、ヴォルト、エヴァの3名の名前が連なっていたのを確認した。


「アルヴィス様のご指名された人物の内、2名が同じチームに――これは奇跡でしょうか?」


「どうかな?昨日の試験官は、貴族も平民も関係なく、ランダムで構成する予定と言っていたが、貴族はAからCに集中している。これで忖度そんたくがないと言っても苦しい。だが、こちらとしては都合がいい」


「と言いますと?」


「――君に一つ頼みがある」



アルヴィスはユリウスと別れ、15組の集合場所へと移動した。待機している試験官に、自身の名前を伝えると、既に同じチームのメンバーが待っている事を教えてもらい、試験官の指さす方向へと向かう。


そこには青髪の男性と、金髪の女性が居た。


「おっ!アンタがアルヴィス・ゴードン?」


「ああ」


「んじゃあ、よろしく」


青髪の男性が右手を差し出し、握手を求めて来た。


「ちょっ!クーパーさん!この方は貴族様ですよ!」


「いや、貴族と言っても田舎の男爵。気軽にアルと呼んでほしい」


アルヴィスは躊躇ちゅうちょせずに、男性の握手に応える。


「そりゃよかった、俺はヴォルト・クーパー。ヴォルトで頼む」


アルヴィスは無言で頷き「君は?」と女性に視線を移す。


「え、えっと。エヴァ・キャロルと言います。私は――エヴァと」


「よろしく、エヴァ」


貴族とは思えないアルヴィスの反応に、彼女は赤面しながら何度もお辞儀をする。



互いの得物や戦闘スタイルなどを話し終え、最初の試合へと向かう道中。


「それにしても、同じ組に公爵令嬢が居るのはついてないよね」


「イリス様の事?」


ヴォルトはエヴァに「ああ」と返事をする。


「イリス公爵令嬢。帝の弟で、唯一公爵の地位を与えられているオメガ・ケルト公爵。その次女である彼女は、大の男嫌いで有名だ。噂が本当なら、近衛騎士団の3名を同時に相手して打ち負かしたとか」


「マジかよ、近衛騎士団を?」


「あくまで噂だがな」


「じゃあ、全勝するのは無理か」


「試験内容は、先に相手のフラッグを奪った方が勝ちという至ってシンプルなルール。チームは計6試合中、4試合に勝利さえすれば、晴れて軍事学校への入学を許可される。別に全勝する必要はない」


「分かっているけど、“全勝”ってかっこいいだろ?」


(“かっこいい”か。――確かに)


アルヴィスは心中で呟き、ニヤリと笑いながら何かを考え始める。


「子どもみたいな事言わないでよ」


「いいだろ?言うだけはタダだし」


「だからって、流石に全勝は無理でしょ?」


エヴァの言葉に「いや」と口にしたアルヴィスは、歩きを止め、2人に自身に近付くように指示をする。


不思議な顔の2人はアルヴィスに近付く。すると彼は、更に耳を近づけるように催促をするので、2人は彼の指示通りに耳を近づけた。


アルヴィスは2人にしか聞こえない程度の声量で、何かを伝える。


「なっ!」


「何でそれを?両親も知らないのに――」


2人は自身の秘密を告げられて、蒼白した表情を浮かべ、アルヴィスから距離を取った。


「自分の得意分野は、分析力と情報収集力。もし、2人が協力さえしてくれれば、ヴォルトの望む“全勝”が出来るかも――」


2人はアルヴィスの真剣な表情で冗談ではない事と、自身の秘密をどのように入手したか思考を巡らせていた。


「あ、さっきの秘密は、口外するつもりはない。弱みを握る為に調べた訳じゃないからな」


「なら、よかった。まぁ、どっちにしろ、俺は協力するつもりだったよ」


「それはよかった、エヴァは?」


「え、えっと――協力します」


「ありがとう。じゃあ、現地に着いたら、最初の作戦を伝えるから」


「あ、ああ」


アルヴィスは呆然とする2人を置いて、彼だけ現地へと歩き出す。ヴォルトは彼と距離が離れると、エヴァに近付く。


「なあ、エヴァ?」


「何?」


憂鬱ゆううつな表情のまま、エヴァはヴォルトに視線を向ける。


「俺たち、ついていたな」


「弱みを握られているのに?」


「分かってないな」


「何を?」


「この試験で一番敵にしたくない人物が味方だったからだよ」



試験会場本部に配置された巨大テントにて、学園長ならびに学園職員が、第二次入学試験の成績を確認している。テントの外では強い雨音と雷鳴が聞こえていた。


「1から14組までが終了し、全勝したのが現在2組。1組は予想通り、オリヴィア伯爵令嬢率いるチームA。もう1組は、2組のチームD」


1人の職員が学園長に、状況を説明し出す。


「その中の中心人物は、「ユリウス」という苗字を持たないジパ族の娘だそうで」


「ジパ族か、珍しい黒髪の一族。閉鎖的な一族と聞いていたが――」


眼鏡をかけなおす学園長は、彼女のチームの戦歴に目を通す。


「どうやらはぐれ者らしく、彼女はゴードン男爵の使用人だそうで――」


「ゴードン男爵だと?」


「何かご存じで?」


「いや、気のせいだ。で?最後の15組の状況は?」


「現在、残りの試合は1試合。それも2組共に5勝した優秀なチームとなります。一組はイリス公爵令嬢率いるチームA」


周囲の職員一同から歓声があがる。


「順当と言えば、順当か」


「はい、恐らくはこの世代。いや、ここ半世紀は彼女程の天才は現れないかと」


「統率力、武力、知力。そして、家柄。天は全てを彼女に与えたらしい。もう一組は?」


「それが――」


「どうした?」


「先程の話に出たゴードン男爵の嫡男が率いたチームGが――」


(これは偶然か?)


「少々奇妙な組み合わせですが、結果は明白かと」


(だったらいいが――、この2次試験で全勝した者から入学代表者を決める事になっている。イリス公爵令嬢がなってもらわんと、入学式に参加する帝と公爵様に申し訳が立たない。勿論、彼女が負ける要素はないが、何故だ。何故、嫌な予感がする)


「が、学園長!大変です!」


「どうした?」


「先程、最後の試合に決着が着いたのですが――」


(まさか――)


「イリス公爵令嬢のチームAが破れ、チームGが全勝致しました!」

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