元社畜、闇に迫る
帝都での調査は続いた。
初日は帝都の店が立ち並ぶ場所での聞き込みが主だったが、今日からは帝都中心部に場所を変えた。
帝都の中心部には帝国の重要施設が集まる。皇帝の家であり行政の要でもある宮殿。その隣には軍部と魔法研究の専門機関である魔法省が建っている。
どれも国の最重要施設であるため、簡単には立ち入ることができない。しばらくは周辺の人々に聞き込みをしたが、有益な情報は得られなかった。
収穫がないまま数日が経過した。
「今日も何も無しか~」
探偵気分で楽しんでいたシンの気分も空を覆う雲のようにどんよりとしていた。
「(なんじゃ?もう飽きたのか?)」
ルリはシンを煽るように言った。
「(だって、こうも進展がないとやる気も落ちてくるよ。まぁ平和ならそれに越したことはないんだけどさ。)」
ルリに愚痴りつつ帝都を歩いているとルリが何かに気付いた。
「(シンよ、少し待て。あそこから微かに闇魔法の気配を感じる。)」
ルリが示したのは目の間に高くそびえる塔のような建造物。それは魔法省の建物だった。
「(闇魔法って、まさか…!)」
「(うむ。上手く隠しているようじゃが、おそらくあそこに魔族がおる)」
シンには全く感じられない。毎度思うがルリの感知能力の高さは凄まじい。
ここに来てようやくまともな手がかりを掴むことができたが、問題がある。
「(どうやって調べよう…)」
そう、魔法省は帝国の最重要施設である。一般人はおろか国の人間でも簡単には入れない。
もしかしたら帝国は国ぐるみで魔族と関係を持っている可能性がある。そんな重大事件の鍵が目の前にあるというのにシンにはどうすることもできない。
一応シンにも隠密関連の魔法は使える。風の低位魔法『
(う〜ん、どうしよう。見張りを気絶…は現実的じゃないか…)
あれこれ作戦を考えているとルリが提案してきた。
「(仕方ないのぉ。我が手を貸してやるかの。このルリ様が!)」
「(何かいい方法があるの?)」
ドヤ顔で話すルリに尋ねると「ふふん」と鼻を鳴らして教えてくれた。
「(我の魔法ならば音、姿、気配、魔力の全てを隠蔽することができるのじゃ!)」
「(すごっ!そんなことできるの!?)」
シンの驚いた様子にルリは更に気持ちよくなっていた。
「(もっと褒めてよいぞ!我にかかれば朝飯前…いや、今じゃと晩飯前じゃ!)」
まさかそんな凄い魔法があったとは、その魔法を使えば安全に潜入ができる。シンは早速ルリに頼んだ。
「(じゃあルリお願い!)」
シンの言葉に応えるとルリは魔力を練った。ルリから放たれる風の魔力はシンの体を包み込んだ。
「(風の高位魔法『
この魔法は凄い。使いこなせれば隠密行動にこれほど適した魔法はないだろう。情報戦で常に優位に立てる代物だ。
「(じゃが、一つ注意がある。この魔法の発動中は他の魔法が一切使えん。属性魔法はもちろん
「(わかった。)」
魔法が使えないのは実際に魔法を行使しているルリは当然として、魔法の対象になっているシンにも当てはまるらしい。
なのでこれから潜入する塔の内部では五感に頼るしかない。『
シン達は覚悟を決めて魔法省へと入っていった。
♢
「す、すごい…!」
塔に潜入することに成功したシンは驚いていた。塔内部はとんでもなく広かった。内部は吹き抜けになっており、内壁に沿うように螺旋階段が設置されている。そして壁の至る所に扉があり、多くの魔導士が日々ここで研究に没頭しているのだ。
この扉のどこかに魔族が潜んでいるかもしれないと思うと緊張が走った。
「まぁ落ち着け、中に入ったことであの羽虫共の匂いも分かりやすくなったわ」
ルリはクンクンと辺りを嗅ぎまわると何かが分かったらしい。
どうやらこのバカでかい建物をしらみつぶしに探す心配はなさそうだ。
「あの先から魔族の匂いがする。同時に闇魔法の気配も同じ場所から来ておるようじゃ。」
ルリが示したのは塔の上部ではなく、今いる最下層の奥の通路だった。言われた通りに通路を進んでいくと床に不自然な取っ手がついてある部屋にたどり着いた。
「何?この取っ手というか、ドアノブ?」
どうやらそれは地下室に繋がる扉だった。慎重に扉を開けて薄暗い通路を進んでいくと、奥から話し声が聞こえてきた。
「これで研究はかなり進みましたな、メルム殿。」
「あぁ、アブルの馬鹿共はしくじりやがったが、俺は違う。俺は失敗しない。」
部屋を覗いてみると、マントを羽織った老人と褐色の肌が特徴的な青年、魔族がいた。
「ここで正解みたいじゃな」
「うん。」
シン達は老人とメルムと呼ばれる魔族の会話を聞いた。
「あと数回魔物で実験をすれば調整も完了するでしょう。…そして次はいよいよ」
「人間で試す段階だな。」
何やら不穏な言葉が飛び交っている。魔物で実験?人間で試す?奴らの会話の内容を整理しているとルリは声をかけてきた。
「おいシン。あれを見てみよ。」
ルリに促されて部屋の奥に目を向けてみるとシンは驚愕した。
「あ、あれってまさか…!?」
「魔物じゃな。」
何とその部屋には様々な魔物の死骸が並んでいた。そして腹が裂かれた魔物の内部から黒く光る物が見えた。
「魔石…」
どうやらここであの凶暴化した魔物を生み出していたようだった。
「しかしここまで来るのに苦労しました。闇魔法で生成した人工魔石を魔物の体内で適合させるのに何か月もかかりましたから。」
老人が達成感に満ちた気持ち悪い笑みを浮かべる。
「あれには我々も手を焼いていた。魔族領だけでは設備と人員に限りがあったからな。貴様らの手によって当初の計画よりもずいぶん早く進んだ。」
シンは魔物騒動の真実を知った。あの魔物達はこいつらが造った人工魔石とやらで無理やり改造されていたこと。そして奴らの口ぶりから次にやろうとしているのはおそらく、
「人の身体に人工魔石を埋め込んで強くするつもりだ…!」
とんでもない計画が進んでいた。まさか大陸最大の大国、ミッド帝国の裏がこんな真っ黒だったとは。これは国が主導しているのか?魔法省だけの仕業なのか?
もし前者ならばこの国は世界を脅かす敵だ。何とかしなければならない。
「と、とにかくこのことをディセウムさん達に伝えないと…!」
シンがルリに撤収する旨を伝えたとき、メルムが振り返った。
「…それで、なんでここに人がいるんだぁ?」
その瞬間、ルリの『風精の外套』が突然消えた。
「なんじゃと!?」
ルリは予想外の事態に驚いた。
「ん?何だその犬は。まぁ良い、驚いたかい?ここには魔法の発動を阻害する結界が貼ってあるのさ」
メルムは部屋の四隅を指さした。そこには魔石が埋め込まれた装置が置かれており、部屋を囲んでいた。
シンはすぐに逃げることを決めた。ここでこいつらと戦っても仲間を呼ばれてしまう。まずは情報を持ち帰ることが優先だと判断したのだ。
ルリに合図し、踵を返して逃げようとするシンをメルムは逃さなかった。
「逃がすわけないだろ?お前が何の目的でここまで来たのか知らないが、俺の姿を見た以上、殺すのは確定だ!」
シンは咄嗟にメルムに指を突き出した。
「『
シンの魔法は不発に終わった。
「さっき言っただろう?結界の中にいるお前らは魔法が使えない。俺は使えるがな。」
メルムは身体強化で強化した拳でシンを殴りつけた。
「ぐはっ!」
地面に叩きつけられ、頬に激しい痛みが走る。シンは魔法による防御ができず生身で攻撃を受けてしまった。
この世界に来て初めて負うまともなダメージ。肉体以上に精神的に効いていた。
「はぁ、はぁ、くそっ!」
「シン!」
ルリも結界の影響で魔法が使えない。それに加え結界は魔力の塊であるルリの動きを鈍らせるというメルムも把握していない効果があった。
「おいおいずいぶん頑丈だな。頭を吹っ飛ばすつもりで殴ったんだが。」
シンは何とか立ち上がった。短剣を握り、臨戦態勢を取る。
「…ど、うした?まだ僕は生きてるぞ?…魔族はずいぶん優しいんだな?」
シンはメルムを挑発する。怒りで動揺を誘い隙を作ろうとしたのだ。
「そんな安い挑発に乗ると思うか?状況は圧倒的に俺が有利。お前は立ってるのが精一杯って感じだな。もう大人しく死んどけよ。」
メルムが再び拳を繰り出してきた。ふらふらのシンに躱す力はない。身体強化が使えないため、反撃もできない。ここまでだった。
…グチャ
シンの腹をメルムの拳が貫いた…
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