元社畜、探偵に転職?
翌朝、シンは早速情報収集に出かけた。
今こうしている間にも魔族は動いているかもしれない。アリシアやこれまで出会ってきた人々が傷つくところは見たくない。自分の身を守りつつ、帝国でできる限り情報を集めようとシンは意気込んでいた。
手始めに帝都内で聞き込みを行った。はじめからスパイ映画のような重要施設の潜入などはリスクが大きすぎる。それができるのは映画の主人公だけだ。シンは堅実な手段から始めたのだ。
あれこれ聞き回って不審に思われるのも避けたいため、他所から来たばかりの冒険者として帝国のことを人々に聞いてみた。
しばらく聞き込みを行った結果、帝国は概ね平和であることが分かった。ここ数年は大きな戦争もなく、国内は安定しているそうである。その要因は現在の皇帝である「セントラム10世」の力によるものらしい。
セントラム10世は現在30歳の若き皇帝で、20歳の時に戦争で自ら敵軍の将を討ち取った武人としても有名だ。その後すぐに皇帝の座を継承し、以降は国内の情勢は安定しているそうである。
現皇帝の方針として家柄ではなく実力によって人材を登用することを絶対としているため、先代よりも優秀な家臣が集まっているようだ。
若くして大国を治める手腕と国民の信頼を集めるカリスマ性を併せ持つ名君として君臨しているセントラム10世は間違いなく周辺諸国の脅威だろうとシンは思った。
帝国内の情勢は概ね理解したが、一方で不安を覚える声もあった。例の魔物のことである。やはり帝国内でも凶暴化した魔物の存在が確認され、国民にとっては悩みの種になっている。
冒険者にとっては魔物の発生によって依頼が増えるため悪いことばかりではないが、全体的な意見としてはネガティブなものが多い印象だった。
「やっぱり数が多い帝国の方が皆の不安は深刻だ。よし、次はあっちに行ってみよう!」
聞き込みをするうちに段々と探偵気分になってきたシンは少しワクワクしていた。
少しディープな所ならもっと有益な情報が聞けるかもしれないと思い、大通りから少し離れた酒場にやって来た。
少し寂びれた外観の店で、今は昼なので客の数は少ないが、何人かに聞いてみようとシンは入店した。
店内を見渡して、一人の男のテーブルにシンは向かった。
「あの〜すいません。少しだけお聞きしたいことがあるんですけど、ちょっといいですか?」
「んぁ?なんだ兄ちゃん、俺に言ってんのか?」
シンを見上げたその男の目は完全に据わっていた。まだ昼だというのに出来上がっていた中年男はリベルと名乗った。
「へぇ~お前他所から来た冒険者か。通りで見ない顔だと思ったぜ。」
「はい、なのでこの国のことに疎くて…良ければ帝国のことを教えてくれませんか?」
シンの顔をジーっと見るリベルは笑った。
「ふっ、こんな酔っ払いに話しかけるとは変な奴だな。まぁ良いぜ。ここで会ったのも何かの縁だ。話し相手程度にはなってやるさ。」
「あ、ありがとうございます!」
頭を下げるシンの前にリベルは指を立てた。
「ただし、タダじゃだめだ。せっかくの楽しい一人飲みの時間を野郎にくれてやるんだ。飲み代くらい持ってもらおうか。」
奢るにしても一杯ぐらいが相場だろうとシンは思ったが、せっかくここまで来たのだ。機嫌を損ねられるのは避けたい。
「わ、わかりました。それでお願いします。」
「よぉし決まりだ。おい!酒追加だ!この兄ちゃんにも持ってきてくれ!」
「いや!僕はお酒は…」
「何言ってんだ。酒の席で素面で喋るバカがどこにいるんだよ!つべこべ言わずに付き合え。」
無理やりシンの分の酒も注文され(シンの奢りで)、結局二人で飲むことになった。
「んじゃまぁ、乾杯!」
「か、乾杯…」
♢
「いやぁ~最高だよリベルさぁん!」
「お前はほんとにすげぇよシィ~ン!」
数時間後、シン達は完全に出来上がってしまった。情報収集の成果としてはリベルから得たのは他から聞いた内容とほぼ同じだった。だからシンは早々に切り上げて帰ろうとした。
しかし、なんだかんだリベルに乗せられ飲む羽目になったのだ。シンは酒には強い。というかこの世界のシンの体は様々な面で強化されている。アルコールへの耐性も強くなっていた。
いくら飲んでも潰れないシンを面白がってリベルはどんどん酒を追加していった。店の酒を飲み尽くす勢いでシンは飲んだ。
「ぼくぅ、こんなに飲んだのはじめてですぅ~」
「そりゃあいい!今日は記念日だな兄弟!」
いつの間にか兄弟になっていたシンとリベルは日が暮れるまで飲んだ。
日が落ちるころには店の酒が無くなり、情報収集という名の飲み会は泣く泣くお開きとなった。
「今日は最高だったぜ兄弟!また飲もうな!」
「僕も楽しかったですリベルさん!また今度!」
二人は解散した。シンは若干ふらつきながら宿へと帰っていった。一方リベルは反対方向の帝都中心部へと歩いて行った。
リベルもかなり飲んでいたはずだが、足取りは普通だった。リベルの歩き姿には一部の隙も無く、音すら立てていないことにルリだけが気付いていた。
(…あの男。)
べろべろのシンはそんなことには気付かず、心地よい夜風を浴びながら宿に向かった。
翌日、二日酔いをすることなくシンは起床した。今朝は珍しくルリも起きており、シンに話しかけた。
「シンよ…。昨日酒場で出会った男。あの男じゃが…」
「ん?リベルさん?あの人がどうかしたの?」
ルリは昨日自分が感じたことをシンに伝えるか迷った。リベルの所作は一般人とは違う。だが、それが今シンが調べていることと関係がある確証はない。もし違っていたら余計な心配をシンに負わせることになるかもしれないとルリは考えていた。
「…いや、なんでもない。それよりまさかお主があれほど酔っぱらうとは。昨日はやかましかったわ!」
「ごめんごめん次は気を付けるから…」
ルリは結局言わなかった。今まで人に気を遣うことなどあり得なかった。自分以外はどうでもいいと思っていたルリはシンとの出会いで変わりつつあるのかもしれない。
(まさかこの我が他人を慮る日が来るとは。ふっ、全く我の相棒は世話が焼けるの~。)
「よし!じゃあ今日も頑張っていくよ!」
「仕方ないから今日は我も手伝うとするかの。」
シンとルリは今日も共に異世界を謳歌する。理想とする異世界ライフのために。
だがシン達は気付いていない。ミッド帝国の裏、さらには世界の裏に想像を絶する闇が蠢いていることに。
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