帝国編

元社畜、帝国へ

レオナルドの指導から数週間、シンはいよいよミッド帝国へと旅立つこととなった。


教えてもらった短剣の戦い方をひたすら反復練習で身体に染み込ませた。それと並行してルリから教えてもらった魔法の圧縮訓練も継続した。何とか戦法が形になり、シンは今日王都ルーパスを出ることにしたのだ。


旅立つ前に王城へ行き、別れの挨拶をした。アリシアはシンが国を出ることに落ち込んでいたが、最後はいつもの笑顔で送り出してくれた。


冒険者ギルドにも顔を出しておこうと向かった。リアに今までの礼を伝え、ロイドにも挨拶をしておこうと探していると、ギルド長室に呼ばれた。


「お前、ミッドに行くんだってな。」

部屋に入るなり座らされたシンはロイドに言った。


「はい。これから向かうところです。」


するとロイドは懐から封筒を取り出し、シンに差し出した。


「なんですかこれ?」


「ミッド帝国冒険者ギルドからの招待状だ。お前宛のな。」


どうして帝国のギルドからシンに招待状が来るのだろうか。シンはさっぱり分からなかった。シンの困惑を察してロイドが説明してくれた。


「お前が以前魔族を倒したとき、あの場にいた冒険者の一人が今帝国で活動していてな、そいつが向こうのギルドでお前の活躍を話したらしい。」


「そうなんですか。それが招待状と何の関係が?」


「あっちのギルド長は金に目がなくてな。利益になりそうな有望な冒険者の情報があればどこからでもスカウトしてきやがるんだ。」


つまりシンはその帝国のギルド長の目に留まり、帝国で活動してくれるように招待状を送られたのだ。ずいぶんと手が早いことだ。


「俺としてはお前があいつに引き抜かれるのは癪だが、あいつの元なら良い依頼も多いだろう。冒険者としてさらに活躍したいのなら一度行ってみるのはアリだと思ってな。」


ロイドは苦虫を嚙み潰したような顔で説明してくれた。おそらくそのギルド長とは仲が良くないのだろう。


しかし、シンとしてはこの招待はありがたい。帝国で生涯を過ごすつもりはないが、向こうのギルドで名を上げれば様々な情報を得ることができる。その中に魔族の情報もあるかもしれない。ロイドの提案は渡りに船だった。


「ありがとうございます、ロイドさん。とりあえず行くだけ行ってみようと思います。どうせ帝国に行くことは決まっていますし。」


「そうか、まぁよろしく頼む。あいつは悪人じゃないが、金にうるさい。甘い言葉でお前を引き込もうとするはずだ。一応気を付けとけよ。」


ロイドからの忠告を胸に刻み、礼を行ってからシンは王都西門に向かった。


西門に着くとそこには何台かの馬車が停まっていた。それらは商人が荷運びのために使う馬車であり、今回シンは馬車の護衛依頼を兼ねて馬車でミッド帝国を目指すことになった。


「(なぜわざわざ馬車なんじゃ?お主なら徒歩や『飛行フライ』の方が速いじゃろ。)」


「(それはそうなんだけど、一人で王国から来た冒険者よりも、依頼で来た冒険者の方が怪しまれずに済むと思って、なんせ王国と帝国はあまり仲良くないらしいからね。できることはしておきたい。)」


どこでどんなトラブルに巻き込まれるか分からないため、シンは慎重になっていた。もしイスタリア王家の依頼で入国したことが漏れれば拘束は必至だ。ルリはめんどくさそうにしているが、我慢してもらわなければならない。


冒険者の身分なら安全かもしれないが念には念を入れる。シンは元社畜。リスク管理は怠らない男だった。


(バイバイ、イスタリア王国。ルーパスの皆。)



馬車に乗り込み数週間。ようやくシンとルリはミッド帝国の帝都「マグナス」に到着した。道中で凶暴化した魔物と何体か遭遇したが、問題なく討伐することができた。やはり帝国に近づくほど遭遇する回数は増えていった。


何はともあれ無事到着したシン達は入国の手続きを済ませ、帝国の土を踏むことに成功したのだ。入国審査は特に何事もなかった。護衛依頼を受けていることと、ギルド長からの招待状があったことで怪しまれることなく通過できた。


入国審査を担当した兵士にギルドの場所を聞き、その場所に着くとシンは驚いた。


「デ、デッケェ~~」


帝国の冒険者ギルドは王国のギルドの2倍近い大きさだった。ロイドから事前に規模が大きいことは聞いていたが想像以上だった。意を決して中に入ると大勢の冒険者で溢れていた。


依頼を掲示した掲示板は壁一面に広がっており、その前で冒険者たちが依頼を選んでいる。


盛況ぶりに圧倒されつつもシンは受付に向かった。とりあえず馬車の護衛依頼の報酬を受け取り、次に招待状とロイドのサイン付きの紹介状を提出した。


しばらく待つと応接室に案内された。指定された部屋に入室すると、小太りの中年男性が出迎えてくれた。


「いやぁ、お待ちしていましたよ、シン殿。私、当ギルドのギルド長を務めておりますフットでございます。以後お見知りおきを。」


「はじめまして。シンと申します。この度は僕のような駆け出しを招待してくださり、ありがとうございます!」


握手をしてお互いに軽く挨拶をし、ソファに座るように促されると、フットは早速本題に切り出した。


「今回シン殿をお呼びした理由ですが、単刀直入に申しますと、勧誘となります。」


ロイドの話通りにフットはシンをスカウトしたいようだった。ここはとぼけたふりをしてシンは説明を求める。


「勧誘、ですか?どうして冒険者としての経験が浅い若輩者である僕を?」


「またまたご謙遜を。シン殿のご活躍は既に私の耳に届いております。登録したばかりの新人が単独でアングリーベアを討伐。また、突如出現した魔物の大群と魔族を撃破。さらには5等級から一気に3等級に昇級したこと等々、貴方の功績は実に輝かしいものです。」


どうやらフットは冒険者としてのシンのことをかなり調べているようだった。フットは改めてシンに頼んだ。


「どうかこのミッド帝国を本拠地として冒険者活動をしてくださいませんか?当ギルドなら王国のギルドよりも遥かに好条件の依頼を斡旋することが可能です。シン殿の名声はこれからより世間に知れ渡るでしょう。どうかそのお手伝いを我々にさせていただけないでしょうか!」


フットは熱弁した。しかし、シンはどうにもその言葉が胡散臭く聞こえてしまった。確かにここなら王国より依頼は多いだろう。嘘は言っていない。


だが、フットは優秀な冒険者のサポートがしたいのではなく、優秀な冒険者を多数抱えているギルド長という箔が欲しいのだ。


シンのためと言っておきながら結局は自分の富と名声を第一に考えている。前世で出会った上司や取引先にも似たような人がいた。その人たちとフットが重なって見え、シンはフットを信じる事ができなかった。


「そこまで僕を評価してくださってありがとうございます。そのお誘いは非常に魅力的ですし、ここにいれば僕の将来も安泰でしょう。」


「そうでしょうとも!でしたら…」


「ですが、」


勧誘に成功したと確信したフットの言葉をシンは遮った。


「そのお話をお受けすることはできません。」


フットの顔色が変わった。


「な、なぜでしょう?我々の条件ではご不満でしょうか?それとも王国の、ロイドの奴から何か言われたのですか!?」


「違います。確かにロイドさんにはお世話になっていますが、今回の話とは無関係です。」


ますますわからないという表情のフットにシンは自分の考えを話した。


「フットさん。僕はどこにも所属するつもりはありません。僕は自分がしたいこと、見たいもののために世界中を旅したい。だから特定の場所に根を張ることはありません。僕のことを買ってくださっていることには感謝しています。でも、すみません。」


頭を下げるシンを見てフットはふーっと息を吐いた。


「わかりました。今回は諦めましょう。無理に勧誘を続けて貴方の信頼を失うことは避けたい。ですが、私はいつでも貴方をお待ちしています。考えが変わったその時は是非ご相談ください。」


思ったよりもあっさりフットは引き下がった。もっと食い下がってくることを覚悟していたシンは少し拍子抜けした。さすがギルド長といったところか。交渉の引き際をしっかり理解している。損得勘定で動く人ではあると思うが、利益が見込める相手には礼を尽くすタイプのようだ。


ロイドの言う通り悪人というわけではなさそうだった。ただ、自分と財布が第一なだけだとシンは思った。


「ご期待に添えずすみません。もし考えが変わったときはフットさんに一番に相談することにしますよ。」


そんなこんなでフットとの面談は終了した。同じギルド長でもロイドとは全く違うタイプだった。社会人経験のあるシンにとって、フットとの会話は前世を思い出させるので非常に疲れた。


「(ずいぶんとぐったりしておるな。情けない奴め。)」


「(前世のトラウマがちょっとね…今日はもう休もう…)」


「(とらうま?何じゃそれは!食い物か!)」


ぎゃーぎゃーと騒ぐルリを無視してシンは近くの宿に入り、早々に眠ったのだった。


「じゃからとらうまとは何なのだーーー!!」


その晩ルリの声が宿中に響いていたのだが、夢の中のシンが知る由はない。

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