元社畜、王国最強に教えを請う
「実は帝国でも同様の魔物の目撃報告が上がっているという情報が手に入ったのです。」
「なに?あの国でもか…」
エドの言う帝国というのは、シンがいるイスタリア王国の西に位置する「ミッド帝国」という国のことである。
ミッド帝国は周辺国への侵略によって国土を広げてきた国で、現在では大陸で最大の国土を誇る大国である。しかし、他国からの評判は良くなく、特に帝国と隣接する国とは睨み合いが続いている。
王国も漏れなく帝国と牽制し合う関係であり、現状は王国が大陸第2位の国土と強力な騎士団を保有していることから本格的な敵対関係には発展していない。
「私が独自に調査したところ、件の魔物達は王国北側と西側にのみ出現していることが判明しております。」
「北と西…魔族領と帝国領の方角か…」
直接魔物を引き連れてきた魔族の領地に近い北はまだしも、帝国に近い西側にも出現しているとなると、少し怪しいとシンは思った。
「もしかして、ミッド帝国もこの魔物騒ぎに関係しているのでは?」
レベッカの疑問にエドが答えた。
「それはわからない。仮にその可能性があったとしても、証拠も無しに追求すれば国家間の争いの火種になる恐れがある。」
同じ国内であれば堂々と調べる事ができるが、他国であり、あまり良好な関係とは呼べない帝国が相手では十分な調査が行えないのである。エドは歯がゆい思いをしているのだろう。
そんなことを考えているとエドがシンのことを見た。
「…と、ここまで話しておいて、本題はここからなんです。」
エドは真っ直ぐにシンの目を見て言った。
「シン殿。貴殿に折り入って頼みたいことがあります。」
「何でしょうか。」
シンはエドの口から告げられる言葉を待った。
「…ミッド帝国へ行き、そこで魔族と魔物の調査を依頼したいのです!」
シンはエドの話を何となく予想していた。自分が今日呼ばれたのも何か頼み事があるからだと思っていたのだ。
「正気なのか!?エド!」
ディセウムが声を荒げた。
「これは国が行うべき案件だぞ!それを一般人の、私の友人を巻き込むのか!」
「父上、私は正気です。真剣に考え、この件はシン殿の協力が不可欠であると判断いたしました。」
エドの目は本気だった。父親であるディセウムにも面と向かって意見をする姿には強い覚悟が見受けられた。
「エド王子。一応、理由をお伺いしてもいいですか?」
シンはエドに尋ねた。
「もちろんです。理由はいくつかあります。一つは貴殿が国家の枠に囚われない冒険者であること。もう一つは我々王家と繋がりがあり、情報の共有が容易であること。最後は…アリシアが貴方のことを信頼していること、ですね。」
「…アリシアさん?」
どうしていきなりアリシアが出てくるのか。意味がシンには理解できなかった。するとエドは説明してくれた。
「アリシアは昔から人の善悪を判断することに長けていたんです。あの子は明るく人
当たりの良い性格故に様々な人の目に触れる機会が多かった。そうすると近寄ってく
るのはいい人間ばかりとは限らない。稀に悪意を持って近づいてくる輩もいたんで
す。そんな経験からアリシアは家族以外にはほとんど心を開くことはなかった。」
シンは驚いた。初めてアリシアに会った時から彼女はとても明るく場を和ませていた。そんな彼女のイメージとエドの話はギャップが大きかった。
「信じられないでしょう?でもそれは貴方がアリシアの信頼を得ているからなんです。だから、私はアリシアが信じる貴方を信頼することができる。…これが貴方にお願いをする理由です。」
嘘をついているようには見えなかった。エドの碧い瞳には変わらず覚悟が宿っていた。
「…わかりました。引き受けましょう!」
シンの答えを聞いた瞬間、エドの表情はぱぁっと明るくなった。
「ありがとうございます!シン殿!」
シンの手を取って固い握手を交わすエドから嬉しい気持ちが伝わってきた。
ただ、シンも無条件で引き受けるつもりはなかった。
「…ただ、引き受けるには条件があります。」
「私にできることなら何でも聞きましょう。」
シンがずっと欲していたものがあった。そしてそれを叶えられるチャンスはここしかないと考えた。
「僕に短剣術を指導してくれる人を探して紹介してください。」
シンはずっと短剣の技術を学びたかった。これまで我流で続けてきたが限界が近い。王族の人間ならば人脈と情報網で適任者を探すことができるだろうと踏んだのだ。
「そういうことならお任せください!ちょうど適役が間もなく到着するはずです。」
そんな都合のいいことがあるのか!?っと内心で驚いていると、扉が開いた。
「いや〜遅れて申し訳ありません。ちょっと寝坊してしまいまして…」
そう言って入ってきたのは、騎士の格好をした男だった。体格は少し大柄で、鎧の上からでも良く鍛えられているのが分かった。
「あの、この方が僕の指導をしてくれる方ですか?」
エドに尋ねると彼は頷いた。
「そうです。この男の名はレオナルド。我がイスタリア王国騎士団の団長です。」
「団長…陛下と殿下の御前なのですからもう少しちゃんとしてください!」
レベッカがレオナルドを叱った。中々怖い。無関係のシンも思わず背筋がピンとなった。
「ごめんごめん。次から気を付けるから勘弁してくれよ~。ほんと怒るとおっかないんだから。」
迫力に欠ける人だなとシンは思った。ガリアと初めて会った時のような凄まじい気配をレオナルドからは全く感じなかった。
「レベッカよその辺で許してやれ。レオナルド、今日はお前に頼みがあるのだ。」
「何でしょうか陛下。」
ディセウムはまずシンを紹介する。
「彼はシン君。昨日話した我らの恩人だ。お前にはシン君に武器術の指導をしてもらいたいのだ。あらゆる武器を使いこなすお前になら任せられる。」
レオナルドはじーっとシンを見つめる。
「へ~、君が例の…フムフム…」
何やら頷きながらシンを観察している。
「なるほど、かしこまりました。お引き受けいたしましょう。」
「頼んだぞ。」
レオナルドは指導を引き受けてくれた。これでシンも短剣の基本を勉強できる。
「シンと申します!よろしくお願いしますレオナルドさん!」
「うん、よろしくね。君には俺の部下も世話になってるみたいだし、その礼も兼ねてやらせてもらうよ。」
玉座の間を後にしたシンとレオナルドは早速騎士団の訓練場に向かった。
「君は短剣の使い方を知りたいんだよね?」
「はい。」
レオナルドから訓練用の木製の短剣を渡されたシンは答えた。
「じゃあまずはどれくらい動けるのか見たいから、全力で打ち込んで来てもらえる?」
「わかりました。では、よろしくお願いします!」
シンは胸を借りる思いでレオナルドに向かっていった。対するレオナルドは無造作に剣を握り、全く構えていない。
不思議に思うシンだが、何か考えがあるのだと思い全力で剣を振った。
するとレオナルドはシンの攻撃を防ぐような素振りを見せず、そのまま攻撃を受けた。
避けないことに驚いたシンだったが、それ以上に驚くべきことがあった。攻撃を受けたレオナルドは全く動じていない様子で出血はおろか打撲すらしていなかった。
「な、なんで…」
理解が追いつかないシンの動きが止まった。
「どうした?まだまだ動けるだろ?もっと来い!」
それからシンはなりふり構わず全力で攻撃をした。しかしそれでもレオナルドの表情を変えることすらできなかった。
「はぁ、はぁ、こ、降参します…」
ついに諦めたシンにレオナルドは言った。
「うん、君の剣は余計な力が入りすぎているんだよ。せっかくの速さが全く活かせていない。」
「力みすぎってことですか?」
「そうそう。君は速度を活かして相手を翻弄する立ち回りをしているようだけど、早く動くことに気を取られて肝心の斬撃の威力にまで意識が回っていない。」
レオナルドが言うにはこうだ。シンは相手に捕まらないように速く動くことに囚われている。そのため体に余計な力が入り剣の威力を殺してしまっている。
だから体を魔力で強化するだけで簡単に防がれてしまうのだ。
「もっと全身の力を抜くんだ。今のままじゃ力の限り剣を振り回しているに過ぎない。本来、剣は余計な力を入れずに斬れるように造られている。流れに沿ってすっと引くだけで簡単に刃は通るよ。」
「…脱力。体の力を抜いて…剣は引くだけ…」
レオナルドに言われた通り全身の力を抜くことを意識する。すると集中力も増したような感じがした。
「よし、いい感じだね。じゃあそのまま目の前の練習用の丸太を斬ってみようか。」
シンは脱力を意識して、丸太に斬りこんだ。刃が丸太に触れた瞬間、押し込むのではなく力を込めずに引いてみた。すると嘘のようにすんなりと丸太を真っ二つにすることができた。
「斬った感覚が無かった。まるで何も無かったみたいだ。」
「うんうん、上出来だね!一度聞いただけで覚えてしまうとは、君は凄いね。」
脱力を覚えたシンは、そこから基本的な短剣の使い方を学んだ。途中レオナルドから質問があった。
「シン君、短剣での戦いにおいて最も重要なことは何だと思う?」
「う〜ん、速さですか?短剣の魅力はやっぱり軽さだと思うので。」
シンの答えに頷きつつもレオナルドは別の答えを口にした。
「うん、速さも重要だけど、それ以上に大事なのは『目』だよ。」
「目、ですか?」
いまいちピンと来ないシンにレオナルドは続けた。
「短剣で戦うには常に相手の間合いの内側に入らなければならない。当然そこは最も危険な場所だ。その距離で相手の攻撃を避けて自分の攻撃を当てるには、動きをよく見ることが不可欠。攻撃を避けるにしても、懐に飛び込むにしてもよく見てタイミングを計らないといけない。」
だから、短剣を使うならまずは相手をよく観察することが重要だと教えてくれた。
「なるほど…わかりました!」
「あとは実戦の中で今日教えたことをひたすら反復だね。戦術に関しては下手に俺が全部教えるより基礎を元に自分で考える方がいいと思うよ。」
基礎さえ押さえておけば、万が一の場面でも臨機応変に対応することができるとレオナルドは教えてくれた。
「レオナルドさん、今日はありがとうございました!」
「俺の方こそ君に教えるのは楽しかったよ。またここに寄ることがあったらいつでも遊びにおいで。練習なら付き合うよ。」
レオナルドのおかげでシンは一段と強くなることができた。わずか一日で基礎を覚えたのはシンの才能によるものだが、本人は気付いていない。
改めてレオナルドに礼を言ってからシンは訓練場から出た。
一方、魔法の師匠であるルリはずっと寝ていた。
「もう少し弟子の成長に興味を持ってくれないかな~」
独り言を呟きながらシンは街に戻ったのだった。
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