元社畜、王子様と出会う
魔族の襲撃から数週間が経った。
あれからシンは再び冒険者として依頼をこなす日常に戻った。
変わったことはシンの冒険者の等級が5等級から3等級に昇級したことである。あの日のアブルとの戦いや魔物討伐の実績が評価されて異例の飛び級を果たしたのだ。
ロイド的には2等級以上にしたかったそうだが、それをしてしまうと他の冒険者から疎まれたり、他の国で活動する際に経歴を怪しまれる恐れがあるため断念したそうなのだ。
シンは特に急いで等級を上げたい理由もないため問題はなかった。等級が上がったことで得たメリットは受けられる依頼が増えたことによる収入の安定化である。
5等級ではほとんど依頼が受けられず高額な報酬が得られなかったが、今では十分に生活できるほどのお金が入ってきている。
「じゃあ今日も働きますか~」
元々社畜だったシンは朝起きて活動することに抵抗はない。それは血生臭い冒険者稼業でも変わりはなかった。大変なのはルリを起こすことである。
「ん~まだ早朝ではないかぁ〜。何故こんな時間に起きねばならんのだー!」
シンは早く出て依頼をこなし、修行をしてから夕方前には王都に戻るというサイクルで生活がしたいのだ。
なので毎日ルリを叩き起こして宿屋を出る。
いつものようにギルドに到着して依頼を探していると、朝から酒場で飲んでいる冒険者達の会話が聞こえてきた。
「おい聞いたか?なんでもエド王子が王都に帰ってきたらしいぜ。」
「ほんとか?今回の視察はずいぶん長かったなぁ。無事で良かったぜ。」
エドはこのイスタリア王国の王子であり、アリシアの兄である。ディセウムから長期間王都を離れていると聞いていたが、どうやら帰ってきたらしい。
お世話になっている王族の人間であるため一目見たいという気持ちもあるが、特に大事な用というわけではないので依頼に向かうことにした。
シンの冒険者としての活動範囲は以前より広がり、王都から少し離れた所にも行くようになった。現在はアングリーベアも生息する危険度の高い森に来ている。
王都近郊よりも強い魔物が出るため、前は来ることができなかった場所だ。しかし等級が上がった今では普通に行くことができるため最近は修行の場所としても重宝している。
討伐の依頼を早々に終わらせたシンは、ここで日課の修行を行っていた。
目下の目標は剣術の向上と使える魔法を増やすことである。前回のアブルとの戦いではアブルの身体強化に手も足も出なかった。
魔法適正で優位のはずのシンの魔法は悉く防がれてしまった。最後は魔力のごり押しで何とか勝利することができたが、いつまでもこの戦い方が通用するとは思えない。
剣術は実戦を重ねて練習しているが、本当なら誰かに教えを請いたい。だが、知り合いに短剣を使う者が見当たらないこと、仮に見つけても技術を簡単には教えてくれるとは思えないことが問題だった。
なので今はルリの指導の下、魔法の修行に重きを置いている。今日は攻撃魔法の日だ。
シンが使える最大の攻撃魔法は火の中位魔法の『
それに機動力が重要な短剣で戦うなら、なるべくコンパクトに使える攻撃魔法が望ましいのだ。
「う〜む。そうなると魔法を圧縮するのが良いじゃろうな」
「魔法を圧縮?」
はてなマークを浮かべるシンにルリは説明してくれた。
「魔法は鍛錬次第で効果を任意の範囲に広げたり、反対に絞ることもできるのじゃ」
魔法の効果範囲を変化させるにはかなりのセンスとイメージが必要になるが、使いこなせれば戦術の幅がぐんと広がる。
「例えば火球の大きさを小さくすると炎の範囲が小規模になる代わりに速度と火力が上がる。逆に大きくすると大きく燃え広がるが、速度が落ちる上に火力も下がってしまうと言った感じじゃな。」
「なるほど…。」
これはいいことを聞いたとシンは思った。
この技術をマスターすれば、小さい動作で高威力の魔法を使うことができるのだ。シンの目指す戦闘スタイルと合致する。
「それ覚えたい!教えてルリっ!」
「よかろう。では肉の盛り合わせで引き受けようぞ。」
こうしてシンはルリから魔法の圧縮についての修行をつけてもらうことになった。
まずはイメージを明確にすることから始めた。範囲を絞って威力を上げるイメージとしてシンが思い浮かべたのは、銃の口径だった。大砲のように大きな口径を拳銃のように細く絞って貫通力を上げるようにイメージした。
最初は全くできなかったが、試行錯誤をしながら数時間繰り返すと変化が起きた。
目の前の木に向かってひたすら撃っていた『
しかし、範囲を抑えた『風切』は一発で木の幹を貫通したのだ。『風切』がつけた傷は直径数センチ程度の穴でまるで銃弾を撃ち込んだようなものだった。
「…これだ!」
シンはイメージをつけやすいように手の平ではなく、手を銃に見立てて指先から魔法を放っていた。この結果にルリは驚いていた。
「まさか、ものの数刻で覚えるとは…さすがの我も予想外だ…」
風を弾丸のように変化させて放つ。この世界の人間では思いつかない発想だった。異世界人であるシンならではのこの魔法はもはや『風切』とは呼べない。
「この魔法は『
新たに『風弾』を覚えたシンは使いこなすために日が暮れるまで練習をしたのだった。
「よし、今日はこのくらいで帰ろうか。」
『風弾』や他の魔法の修行を終えたシンとルリは王都に戻った。
すっかり日が落ちてしまったが、依頼の報告のためにギルドに向かった。
ギルドに入り、リアの元へ向かうと、受付の前に数人の騎士がいた。
シンに気付いたリアが声をかけてきた。
「あっ!シンさん丁度良いところに。シンさんにお客様です。」
シンに軽く頭を下げた騎士たちが近寄ってきた。
「突然押しかけてしまって申し訳ありません、シン殿。私たちはエド殿下の使いとして来ました。」
「王子様の?」
どうやらシンに用があるのは王都に戻ってきた王子らしい。とりあえず用件を聞いておこうと思ったシンは説明を求めた。
「エド様から、《魔族と魔物の件について当事者であるシン殿にも聞いてもらいたい事があるので明日王城まで来てほしい》と伝言を預かっています。」
「なるほど、わかりました。では明日、お城に行けばいいんですね。」
シンはエドの誘いを承諾した。シンとしても魔族のことは気になっていた上にエド本人にも会ってみたかったので都合がよかった。
「ありがとうございます!では明日、お待ちしております。」
用件を伝え終わると騎士たちは帰っていった。
(エド王子ってどんな人なんだろう?)
明日対面するエドがどんな人物なのか少し楽しみに思いながら、シンは依頼の報酬を受け取って宿に帰っていった。
翌日、シンは早速王城へと向かった。
今回も玉座の間に通されて扉を開けるとディセウムとガリア、レベッカの他に見知らぬ青年がいた。
「やぁシン君、よく来てくれた。急に呼びつけてすまないね。」
「いえ、僕も魔族の事は気になっていたので丁度よかったです。」
ディセウムと挨拶をすると、初めて見る青年と目が合う。おそらく彼がエドだろう。
綺麗な金の頭髪は長く伸びて後ろで束ねられている。見るからに聡明そうな雰囲気はエルザと似ている気がした。顔のパーツはどことなくディセウムと似ている。目の前の美青年は丁寧にシンにお辞儀をした。
「貴殿がシン殿ですね。初めまして私はイスタリア王国王子、エド=イスタリアと申します。貴殿のことは父から伺っております。我が父と妹を救ってくれたこと、そして国の脅威を排除してくれたこと、私からも改めて感謝申し上げます。」
貴族でもないシンに対して深々と頭を下げ、礼の言葉を述べる。その言葉は形式的なものではなく彼の本心から溢れる言葉であるとシンは直感した。
「こちらこそ、殿下のお話は聞き及んでいます。人望のある素晴らしいお人柄である、と。お会いできて光栄です。」
シンもエドに挨拶をする。今日ここに来るまでに街で聞こえてきたエドの評判は非常に良かった。国民の声を聞いて国をより良くするために自ら率先して行動する人物であると皆が口をそろえて言っていた。
本人を目にしたシンもその評判が過大評価ではないことを確信した。
少し言葉を交わしただけで善人であることが伝わってきた。まさしく人の上に立って導くことに適している人物であると思えた。
「そこまで褒められているとは…何だか照れくさいです…///」
シンの言葉に少し頬を赤らめて照れるエドの顔は少し幼げでかわいらしいものだった。
(ここだけ見たら美少女みたいだ…)
若干失礼なことが頭をよぎったシンは、すぐに頭を切り替えて本題に移ろうとした。
「で、今日の本題というのは…」
咳払いをしてすぐに真面目な表情に戻ったエドは話し始めた。
「コホン…本日シン殿をお呼びしたのは、魔族と凶暴化した魔物について判明したことを共有するためです。」
エドが長期間王都を離れていたのはいち早く魔物の異変に気付いたかららしい。しかし、確実な情報が少なかったため、公表はせずに王国内の視察という名目で少数精鋭で各地の調査に赴いていた。
そして調査で得た情報と今回襲来した魔族の情報を合わせてわかったことをこの場の人間に伝える機会を設けたのだ。
「最初に伝えておきますが、今回の魔族及び魔物の異変…我が国だけの問題では収まりません。」
エドから告げられた言葉に皆の表情が一気に張りつめ、空気が重くなるのをシンは感じていた。
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