元社畜、最大の危機?

騎士団の寮に到着した。


普段レベッカはブレイズ家の屋敷ではなく、他の騎士と同じように寮で寝泊まりしているらしい。


軽く寮の案内を受けてからレベッカの自室の前に通されたシンは今現在レベッカの身支度を待っている状況だ。


「…何にも話が入ってこなかった。」


レベッカに部屋に誘われてから今の今まで、シンはずっと心ここにあらずといった様子だった。


シンは前世から女性経験が皆無だった。そんな童貞が異世界で出会った超が付くほどの美人から部屋に誘われたのだ。動揺しないほうがおかしい。これまでは緊急時や王族の前でしか話すことがなかったので気にしていなかったが、レベッカはとんでもなく魅力的だ。


腰まで伸びた真紅の髪はよく手入れがされて艶がかかっている。顔もテレビで見たどんな女優やアイドルよりも整っていた。血生臭い現場で出会っていなければ間違いなく好意を寄せていただろう。


レベッカを待つ間にシンは何とか冷静さを取り戻そうとした。


「落ち着け落ち着け。勘違いするな僕。レベッカさんはそんなつもりで呼んでくれたわけじゃない。僕にしか言えない大事な相談とかがあるに違いない。落ち着け!落ち着くんだ!」


部屋の前でぶつぶつ呟くシンは不審者にしか見えないが、今は自分を客観視する余裕はない。


ルリと話して落ち着こうと思ったが、寮に着くなり「眠い」と言い一瞬で寝てしまった。


数分後、レベッカが部屋から出てきた。


「ま、待たせてしまい申し訳ない。どうぞ、入ってくれ…」


「いえいえ、では、失礼しま…」


レベッカの声に反応して振り返ったシンが固まった。


(ちょっとこれは破壊力が高すぎるっ!)


レベッカの服装はシャツとパンツというシンプルなスタイルだった。


しかし、鎧姿しか見たことがなかったシンにこのギャップは刺激が強かった。


そして服装以上に気になったのが、


(デ、デカい…)


今まで鎧に隠されていたレベッカの強烈なボディラインが露わになり、大きく実った2つのそれがシンの視界に飛び込んできた。


「…これは高位魔法より強力」


「どうしたシン殿?何か言ったか?」


ぼそぼそと何か呟くシンの様子を気にかけるレベッカにシンは慌てて取り繕った。


「い、いや大丈夫です!何もありませんっ!」


何とか誤魔化したシンはようやくレベッカの部屋に入った。


椅子に座るように促され、用意されたお茶を飲むと少しだけ落ち着くことができた。


(本当にレベッカさんはどんな用件で僕を呼んだんだろう?)


レベッカの用事のことが気になり、彼女のほうに目を向けると彼女は俯いていた。


(そ、そんなに深刻な話なのか…?)


一方レベッカは自身の行動に困惑していた。


(なぜ私はあんなことを言ってしまったのだー!!!)



時は少し遡り、王城にて


レベッカは自身が抱いている気持ちの正体がわからないでいた。


それはシンのことである。


王都外の魔物討伐に向かう際、シンに「守る」と言われたレベッカは心臓が高鳴ったことに驚いていた。その前にもシンを目にすると心がざわつくことがあった。


自分の目を見てハッキリと言葉にする彼の顔を思い浮かべるだけでどうしようもない気持ちに心を支配されてしまう。


「一体私はどうしてしまったのだろう…」


この気持ちは何なのか。自分を救ってくれたシンへの感謝から来るものなのか、彼の強さへの憧れなのか、それとも…


これまで騎士として己を律してきたレベッカにとって初めて訪れた心境に彼女自身どう消化すればよいかわからなかった。


「このままでは騎士としての仕事に差し支えてしまう。…でもどうすれば…」


この心のもやを晴らすにはどうしたらよいか考えていると、王城から出ていくシンの姿が見えた。


(よし!あれこれ考えても仕方ない!こうなればシン殿と直接話してこの気持ちに整理をつけよう!)


ここぞという時には思い切った判断が下せる指揮官としての才能がここでも発揮された。


街に出ようとするシンをレベッカは呼び止めた。


「あ、あの!シン殿…」


レベッカは当初適当に食事にでも誘って2人で話す機会を作ろうと画策していた。


しかし、いざシンと2人きりという状況を意識すると頭の中が真っ白になってしまった。


「?どうしましたレベッカさん。」


レベッカの様子を気にするシンに動揺を悟らせないように何とか言葉を絞りだした。


「…つ、疲れていることは承知しているのだが、こ、この後付き合ってもらえないか?」


レベッカの誘いにシンは応じてくれた。あとはどこに行くのか尋ねてきたシンに答えるだけである。


最初の作戦通りに食事に誘えば問題なかった。しかし、レベッカの頭はパンク寸前だった。シンの顔を見れば見るほど頭に浮かんだ言葉が抜けていった。


そしてレベッカは訳もわからず言ってしまったのだ。


「わ、私の部屋、だ…」


(なにを言っているのだ私はーーーーー!!!!)


貴族としての余計なプライドが邪魔をして一度口に出してしまった言葉を引っ込めることができず、そのままシンを寮に連れてきてしまった。



そして今に至る。


「あ、あのレベッカさん、大丈夫ですか?」


俯くレベッカにシンは声をかけた。


レベッカはびくっと顔を起こして取り繕った。


「も、問題ない!少々疲労が溜まっているだけだ。」


そしてしばらく沈黙の時間が流れ、いよいよ耐えきれなくなったシンが話し始めた。


「そ、それにしても今日のレベッカさんの指示は凄かったです!皆感動してました!」


「それほどでもない。今の私には貴方やロイド殿と肩を並べて戦えるほどの実力はないからな。あの程度のことはできて当然だ…」


レベッカは自分にできる最善を尽くしたのだ。それは本人もわかっているが、まだ物足りないと感じているのだろう。シンにはそう見えた。


「少なくとも僕にはできません。多分あの場にいた全員レベッカさんほど上手く指揮を執ることはできなかったと思います。レベッカさんだからできたんです。」


別にレベッカを励ますためにお世辞を言っているわけではない。シンは本心からレベッカの才能を褒めているのだ。


「貴方にそこまで褒められると照れくさいな…でも、そう言ってもらえると少しだけ自分に自信を持てそうだよ、ありがとう。」


レベッカはシンの前で初めて素直な笑顔を見せた。これまで立場や責任のせいで笑うことはほとんどなかった。だが、シンの言葉には嘘偽りが一切なく素直に受け取ることができた。自分より強さで勝るシンの評価はレベッカにとってなにより嬉しく信頼できたのだ。


そこから2人は自分のことについて話した。レベッカの騎士としての信念や強さに対する思い、自分がやるべきことについてなど。


次にシンも自身のことを話した。今までルリにしか話さなかったシンの考え。前世で悔いの残る最期を迎えたこと、この世界で自由に生きること、そのために強さを手に入れること。困っている人がいれば喜んで手を貸したいこと。


話していくうちに2人の間のぎこちない空気は消えていた。


シンはレベッカに部屋に招待した理由を聞いてみた。


「今日はどうして僕を呼んでくれたんですか?」


レベッカは少し考えてから口を開いた。


「何となく貴方と話してみたかったんだ。貴方のことを知れば私自身の成長にも繋がるような気がしてね。」


レベッカは本当の理由は言わなかった。シンに抱いている感情。その正体はまだ分からない。だが、自分に自信を持ち、いつか彼の隣で戦えるほど強くなった時、答えを得られるような気がする、とふと思ったのだ。


だからその時までこの気持ちを大事に育てていこうとレベッカは誓った。


「そうですか。僕の話が役に立つかは分かりませんが、僕は話せて楽しかったです。」


シンもレベッカのことを女性として見ていない訳ではない。しかし、彼女の考えを聞いて一人の人間として向き合っていくことが今は大事だと思った。


話が終わり、食事にでも行こうと会話しているとルリが起きた。


「なんじゃ、飯か?我は肉が食いたい。肉にしろ!」


起きるや否やご飯の催促をするルリにシンは呆れたように言った。


「はいはいわかったよ。もう、さっきまで寝てたくせにー」


「なんじゃと?言うようになったではないか、シンよ。」


他愛もないことで言い合う2人の様子をみてレベッカは笑った。


(こんなに心が穏やかな気持ちになるのはいつぶりだろう?)


レベッカはしみじみとそう思った。やがて2人の言い争いが決着すると、皆で食事に出かけたのだった。

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