元社畜、脅威を排除す

勝利の余韻に浸るのもほどほどにして、シンは今回のアブル達の侵攻の目的を考察していた。


決着の前、アブルは仕事があると言っていた。


その言葉の意味は普通に考えれば王都へと攻め込むことだと思われるが、アブルからは勝負を急ぐような様子は感じられなかった。


侵略が目的ならばできるだけ短時間で終わらせたいはずだ。下手に時間をかけると相手に迎撃の準備を整えられる恐れがある。



ならば考えられることは一つである。


アブルは陽動として王都の戦力を引き付け、本命がその隙に王都へと侵入する2部隊に別れた作戦であると考えられる。


「(って僕は考えたんだけど、ルリはどう思う?)」


魔族の手の内を知るルリにも助言を求めた。


「(我もその考えが自然かつ現実的だと思う。じゃが、以前の魔族ならそんな回りくどいことをせずに正面から全軍で向かってきておった。今回の魔王は少しは頭が回るようじゃの)」


今までの魔族が脳筋すぎることに驚きつつも、シンは自身の考えに確信を持つことができた。


レベッカとロイドにも意見を伝えた。


「うむ、そう考えるのが妥当だな。」


「けっ!面倒なことをしてくれるぜ」


全員の意見が一致したところで早速王都に戻った。


レベッカの判断で怪我人は置いていくことにした。ロイドをはじめ、命に別状は無いものの深手を負ったものは多い。無理をして全員で行っても被害が拡大する危険がある。


はじめはロイドも行こうとしたが、シンやレベッカに諭されて渋々残ることになった。


動けるのは後衛で支援していた騎士団とレベッカ、シンである。


北門から王都に入り、真っ直ぐ王城に向かう。道中の街の様子は普段と何ら変わらない様子だった。


「街は今のところ無事なようだな」


「そうですね、もしかしたら城を直接叩くつもりなのかも」


ディセウム達の無事を早く確認しようと一同の足も速まる。


まもなく城が見えてきた。


「よかった!特に騒ぎにもなっていませんし、僕の杞憂だったようで…」



ドカーーーーーーーーーーーン!!!!!!!



突如、城の塀の中から爆音と共に火柱が上がった。


「「!?」」


凄まじい熱気が城の外にいるシン達にも届いた。


「ディセウムさん!」


シンが急いで城に突入しようとするとレベッカに止められた。


「待ってくださいシン殿。あれはおそらく父のです。」


レベッカの父。つまり王の側近であるガリアが目の前の業火を起こしたというのだ。


「じゃ、じゃあやっぱり敵は城に…!」


「えぇ、おそらくは。ですが父がいるならば我々が出る幕はありません。」


レベッカの言う通り戦いが起こっていると思われる場所は凄まじい熱を放っており、シン達は近づくことさえできない。


せめて様子だけでも確認しようとシンは『探知サーチ』を使った。


「なんだ、これ…」


シンは言葉を失った。炎の中には確かにガリアがいた。凄まじい密度の魔力で全身を覆い、その手に握られている剣は信じられないほど高温の炎を纏っていた。


ガリアの周囲にはが数体倒れているが、魔力は感じない。


一撃で焼き尽くされたのだろう。体が炭化して原型を留めていない。驚いたことがもう一つあった。ガリアが放った炎は柱のように垂直に伸びており、城や塀には焦げ跡一つ付いていなかった。あれほどの威力の魔法を完璧にコントロールしていたのである。


やがて炎が消えるとようやくシン達は城門をくぐることができた。


「やぁ、シン君にレベッカ。よく戻った。やはりこちらにも刺客が来てね、私の方で対処しておいた。」


「父上、…父上が戦ったのもやはり魔族でしたか?」


レベッカの問いにガリアは頷いた。


「あぁ、赤い目と褐色の肌は魔族の特徴。こいつらは人の精神を操る魔法を使うらしい。城の人間を操って城内に侵入し陛下までもその薄汚い下法で操ろうとしたのだ。」


ガリアは城内の警戒中に奇妙な気配を感じて魔族と遭遇したらしい。ディセウムを含めた城の人間は一か所に集まって身を隠すように伝えたそうだ。


「それにしても、一瞬で3,4人の魔族を倒すなんて…凄いです!」


感心しているシンに「いや」とガリアが否定する。


「実は一人取り逃がしてしまった。私の魔法が発動する前に姿を消してね、おそらくもう王都を出ているだろう。失態だ。」


念のためシンは再び『探知』で周囲を探ったが、それらしい魔力は見つからなかった。


シン達は報告のために玉座の間へと入った。


ディセウム達は無事なようで安心した。アリシアにはとても心配されたが、彼女にも母のエルザにも怪我がなくて良かった。


「ふむ、ギルド長を倒す魔族に精神操作の魔法、か」


ディセウムに起きたことを報告すると玉座の間にう〜ん、と唸り声が響いた。


「結局魔族の狙いは我が国の支配だったのか。」


「そう考えて間違いないかと。」


ディセウムとガリアが意見を交わしているとルリが声を上げた。


「我の知る魔族とは攻め口が違いすぎる。」


「ルリ様、どういうことでしょう?」


ディセウムがルリに先を促す。


「我が相手をしていた1000年前の魔族は少なくとも支配など考えていなかった。奴らがするのは一方的な侵略。襲った場所を滅ぼすことのみに執着し、間違っても攻め落とした国を治めようなどとはしなかったはずじゃ。」


それに、とルリは続けた。


「今回奴らが向けた戦力も中途半端すぎる。あの程度で一国を落とせるはずがない。」


確かにルリの言う通りだ。アブルと奴が引き連れてきた魔物も城に来た魔族も、確かに強力ではあったが、国を堕とすには些か小規模だ。彼らは王国の戦力を侮っていたのか、それとも、


「もしかして今回の刺客全てが捨て石前提の情報収集が目的だったのでは?」


シンが思ったことをレベッカが口にした。


「僕もレベッカさんと同じ考えです。」


事態はより複雑かつ深刻になった。


「つまり此度の魔族は他国の支配に乗り出し、我が国がその標的にされたということか…」


魔族はシン達の想像以上に慎重かつ狡猾に国盗りの算段を整えている可能性がある。


「陛下、私は敵を一人取り逃し、情報を持ち帰らせてしまいました…申し訳ございません!」


ガリアが深々と頭を下げる。


「良い、敵の狙いが本当に情報収集ならば逃げる手筈を整えていたはずだ。お前に非はない。むしろ城の者に犠牲者が出なかったのはお前のお陰だ。感謝する。」


「もったいなきお言葉…!」


とりあえずの王国としての方針は魔族に先手を取られる前に急いで対策を講じることとなった。


「もうすぐエドとレオナルドが戻ってくると報せが入った。」


ディセウムの言葉にガリアとレベッカの表情が変わった。


エドというのはアリシアの兄でこの国の王子であると以前教えてもらったが、レオナルドとは誰だろう。


「すみません、その、レオナルドさんというのは…?」


「そうか、シン殿にはまだ伝えていなかった。レオナルドというのは我が王国騎士団の団長だ。」


レベッカが教えてくれた。


レオナルドは平民出身でありながら騎士団長に登り詰めた傑物らしい。今では本気で戦えばガリアよりも強いとか。完全な化け物だ。


「とにかく殿下と団長が帰ってくるなら心強いです!」

よほど信頼されているのだろう。二人の話になった途端、場の空気が明るくなった。


「よし、では今日はこのあたりにしておこう。皆も疲れただろう。シン君も本当にご苦労だった。」


ディセウムが気を遣ってくれ本日は解散となった。


シンも若干疲れがあったので早めに宿に戻って休もうと城を出ると、レベッカに話しかけられた。


「あ、あの!シン殿…」


「?どうしましたレベッカさん。」


少しレベッカの様子が変だとシンは思った。目が泳いでもじもじしている。


なにやら言いづらそうにしているレベッカの次の言葉をシンは黙って待った。


「…つ、疲れていることは承知しているのだが、こ、この後付き合ってもらえないか?」


何か大事な話でもあるのだろうか。特に断る理由もないのでシンは了承した。


「構いませんよ。どこに行くんですか?」


「わ、私の部屋、だ…」


「え」


予想外の言葉にシンは固まった。

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