元社畜、魔族と出会う

「よぉシン!また会ったな。お前が来てくれるなら心強い。」


レベッカ達騎士団と王都北門に到着すると、冒険者達を率いてきたロイドも時を同じくして到着していた。


「まさかこんなに早く事態が動くとは思っていませんでしたよ。」


「全くだ。こっちも急遽動ける奴らをかき集めてきたところだ。」


ざっと30名程の冒険者がその場にいた。2等級と3等級を中心に集められた精鋭達は実力と経験に秀でている猛者であるとロイドは教えてくれた。


「そちらの方は冒険者ギルドの長であられるロイド殿ですね。私は王国騎士団長代理のレベッカ=ブレイズです。この度の助力に感謝申し上げます。」


「こちらこそ今日はよろしくお願いします。団長代理殿。俺は前線から引退した身だが、今回ばかりは剣を振るうつもりで来ている。自分達の家は自分で守らないとな!」


互いに挨拶をして握手を交わした。急遽集められたメンバーであるため連携に不安はあるが、後衛はレベッカ率いる騎士団を中心に構成し、前線は魔物との戦闘経験が豊富な冒険者をロイドが率いることになった。


シンも冒険者として前線に加わることになった。


「シン殿。決して無理はしないように。」


「わかっています。ここで死ぬわけにはいきませんから。」


レベッカからの忠告を胸に刻んでシンは前線に向かった。


「(シンよ、流れてくる魔物の気配にはやはり闇魔法の力を感じる。)」


「(…やっぱり。ルリ、用心して臨もう。)」


しばらくすると魔物の姿が見えてきた。おそらく数百体は下らないであろう圧倒的な物量で着実にこちらに歩みを進めていた。


あまりの数に委縮する者もいたが、ロイドが檄を飛ばした。


「お前ら怯むな!相手は数だけだ!一人一人の力量ならお前達は決して劣っていない!俺の背中に続け!仲間や家族を助けたいなら覚悟を決めろ!」


ロイドの言葉で全員の表情が引き締まった。シンも皆と同様の思いだった。


この国に来て日は浅いが、王族の人や騎士団の面々、ロイドをはじめとした冒険者ギルドの人々など、多くの人と出会ってきた。シンにとって大切な異世界での友人達。せっかくできた繋がりを守るためにシンは剣を握る手に力を込める。


向かってくる魔物の姿がはっきり見えたところでいよいよ戦いの火蓋が切って落とされた。


「攻撃開始ぃぃぃーーーーーー!!!!!」


号令とともにロイドを先頭にして走り始めた。


ロイドは身の丈ほどの大剣を携えていた。適正審査の際は片手剣だったが、おそらくこちらが本来のロイドのスタイルなのだろう。前回戦った時よりも覇気に満ちている感じだった。


ロイドは大剣を持っているとは思えないほどの速度で魔物の群れに斬りこんだ。


「オラァァァァァーー!!!!」


群れにめがけて振り下ろされた一撃は魔物を粉砕し、そのままの勢いで地面に突き刺さると巨大なクレーターを生成した。


元1等級冒険者の肩書は伊達ではなかった。ロイドの先制攻撃に勢いづいたシン達も討伐に加わった。


「ギルド長に続けぇぇぇーー!!」


誰かの咆哮に皆声を上げて応えてどんどん魔物を駆逐していった。


ベテランの冒険者達は相手の数などものともしない様子で戦った。


ロイドも相変わらず最前線で剣を振るって皆の士気を高め続けていた。


シンも討伐に貢献しようと奮闘した。幸い、全力を出さずとも倒せるレベルの魔物しかいなかったため、シンが目立ちすぎることもなかった。


一つ疑問だったのが、魔物たちが魔法を使ってこないことである。シンは昨日のアングリーベアのように今回の魔物も魔法を使ってくることを警戒していた。ルリは魔物から闇属性魔法の力を感じていると言っていたが、この状況でも使ってこないあたり全ての魔物が魔法を使えるわけではないのかもしれない。


レベッカの指示も相まって陣形を維持したまま順調に討伐を進めていた。このまま押し切れると誰もが思い始めたとき…


「(シン!来るぞ!)」


ルリが声を上げた。次の瞬間、視界の端で爆発が起き、悲鳴が聞こえた。


爆発が起きた方に目をやると土煙の中で何人か倒れているのが見えた。


ピクリとも動かない様子からもう絶命していることが伺えた。


一気に緊張が走る現場でシンは土煙を凝視した。


良く見えないが一人だけ立っているのがわかった。


(威力を限界まで落として…)


「『木枯らし』」


シンは土煙を晴らすために極小の竜巻を起こした。即興で思いついた風魔法である。倒れている亡骸を傷つけないように調整された風は煙を晴らし、犯人を衆目の目に晒すことに成功した。


現れたその人物の姿を見た者達は絶句した。


血のように赤い瞳と褐色の肌が特徴的な青年がそこには立っていた。


ただ立っているだけなのに異様なプレッシャーを青年から感じた。ガリアやロイドから感じたものとは全く異質な威圧感。その青年が尋常の存在でないことは明らかだった。


「(シンよ、あれが魔族じゃ。)」


「魔族…」


ルリから正解を聞く前にシンはなんとなく彼の正体を察していた。


それは彼の容姿によってではなく、本能的なものによるものだった。


たった今彼は数人の騎士と冒険者を殺害したにも関わらず、その表情からは何の感情も読み取れなかった。人を殺めたことに何も感じていなかった。


シンを含めたその場の全員が彼の空気に呑まれて身動きが取れなかった…いや、一人だけ真っ先に動いている者がいた。


「貴様ぁぁぁぁ!!!!!」


大剣を構えたロイドが全速力で魔族の青年に向かっていった。


「ロイドさんっ!!」


シンも一歩遅れて動き始めた。


ロイドの突進にも無表情の魔族は一歩も動かなかった。


ロイドは先ほどまでとは一線を画す速さで剣を振った。大剣を軽々と扱うロイドの姿に感心する皆を嘲笑うように、魔族の青年はその強力な一撃を素手で受け止めた。


「何だとっ!?」


剣を受けた腕には傷一つ負っていなかった。


動揺するロイドとは対照的に、その魔族の青年は退屈そうな顔をしていた。


「今の人族はこの程度か…わざわざ俺が出る必要もなかったかな。」


初めて口を開いた青年は、続けざまにロイドに攻撃をした。


「あまり舐めるなよ?」


さっきまで動揺していたロイドは、一瞬で気持ちを切り替えて攻撃を回避した。


「ほぉ、うまく避けたじゃないか。」


明らかにロイドを舐めていた魔族は攻撃が回避されたことで初めて表情が変わった。


追撃を悉く回避するロイドの動きはさらに洗練されていった。


おそらくまともに食らえば致命傷になり得る極限の状態でロイドは現役時代の勘を取り戻しつつあるのだ。


「へっ!ようやく体が起きてきやがった。リハビリに付き合ってもらうぜガキ!」


ロイドは確かによくかわしている。しかし、一つ問題があった。


「おじさん、防御はうまいけどそれでどうやって俺を倒すの?」


魔族の言う通りだ。いくら攻撃を回避しても肝心の攻撃が通用しないのでは埒が明かない。


回避し続けるのにも限界がある。ジリ貧状態のロイドには打つ手がなかった。


「なぁに、別に倒すのが俺である必要はねぇよ。俺が回避すればするほど、お前は手の内を晒すことになる。それを見た他の奴らがお前を攻略する。実に合理的な作戦だろ?」


「なるほどね。なら早いとこおじさんを殺さないとね。」


そう呟いた途端に魔族の魔力が高まるのをシンは感じた。


「ロイドさんそいつから離れて!何か魔法を使う気だ!」


「もう遅いよ。」


黒霧クロギリ


シンの叫びも空しく、黒く禍々しい魔力がロイドを包んだ。


「ゴホッ!?」


すると突然ロイドが吐血して膝から崩れ落ちた。


「ロイドさん!」


「この魔法は毒のような効果を与える。これ自体には直接相手を殺せる程の威力はないけど、動きを封じるには十分でしょ?」


倒れこむロイドに止めを刺そうと魔族の拳に力が込められる。


「じゃあねおじさん、中々楽しい余興だったよ。」


打ち下ろされる拳に誰もが絶望したが、その凶拳はロイドに届かなかった。


「硬いね、君。」


間一髪でシンはロイドを庇うことに成功した。身体強化ブーストを全力で発動し、全身を鎧のようにして攻撃を防いだ。


「この人は殺させない。お前の相手は僕が引き受ける!」


シンは今までにないほど闘志に溢れていた。自分が世話になった人の窮地に体が自然に動いた。身体強化も無意識に発動させるほどの研ぎ澄まされた集中力で魔族の前に立つ。


「そうなんだ、まぁ頑張って。僕はアブル。見ての通り魔族さ。」


「僕はシン。ただの冒険者だ。」


「そうかシン君、では君の相手をしよう。そこのおじさんより踊れるように頑張ってくれよ。」


この世界に来てシンは初めて敵意を持って全力で戦うことを決意した。

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