元社畜、魔族を知る
ギルド長の部屋に通されたシンは、アングリーベアとの戦闘についてロイドに報告した。
シンからの報告を聞いたロイドは驚きを隠せないでいた。
「アングリーベアが魔法だと!?そいつは何の冗談だ!?」
シンはアングリーベアが
「火球の他に
シンは、最初に突進してきたあの速度は異様だと感じていた。ルリもアングリーベアはあそこまで速くは無いと言っていたため、身体強化を使っていたのはほぼ間違いないだろう。
しばらくロイドが唸りながら考え込む。
「…ただでさえ2倍近いデカさが異常だってのにその上魔法まで使うとは…殆ど別の生き物じゃねぇか!」
ぶつぶつ呟いてから深い深呼吸をした後、ロイドはシンに向き直って考えを口にする。
「報告ご苦労だった。まさか初日からこんなハードな事件に出会うとは災難だったな。後のことは王家直轄の研究機関に調べてもらう。ギルドだけじゃ手に負えん案件だからな。」
あと、とロイドが続けて言った。
「殆ど外傷を与えずに討伐してくれたのには感謝する。損傷が激しいと調査が難しくなるからな。…あの強力な個体を無傷で倒した方法は気になるが、詮索するつもりはない。」
冒険者の多くは自身の手の内を明かすことを嫌うらしい。冒険者を目指す者の中には大なり小なり何かを抱えている者が多い。そこをいちいち詮索すればトラブルの原因になったり冒険者を辞めてしまう者が出てくるのだとか。
正直ロイドから追及があると覚悟していたシンはほっとした。
「ありがとうございます。助かります。」
「まぁいずれ話したくなったら話してくれれば良い。お前がギルドに貢献する限り俺はお前を信用する。」
ロイドの寛大さに感謝したシンは部屋を後にした。
そのままギルドを出ようとするとリアに呼び止められた。
「シンさん!ちょっと待ってください!」
「何ですかリアさん?」
「ギルド長からです。アングリーベアの討伐と調査協力への報酬だと聞いています。」
受け取ってみると結構な額が入っていた。心の中でロイドに再び感謝しておいた。
「ありがとうございます!」
「それにしてもシンさんってとてもお強いんですね!初日から大活躍とはこれからが楽しみです!」
シンの将来に期待してくれるリアにお礼を伝えて今度こそギルドから出た。
「(金が入ったな、よし!今日は肉を食うぞ!シン!)」
「(そうだね、お店で料理を買って宿屋で食べようか!)」
トラブルに見舞われつつも冒険者としての初日を終えたシンは、ルリの希望通り肉料理を買い込んでから近くの宿屋で食事をして眠りに就いたのだった。
目が覚めるともう日は高くなっていた。
「う~ん、ちょっと寝すぎたかな」
大きく伸びをしながら起床するシンの横でルリはまだ眠っていた。
「ルリ起きて。もう朝どころか昼が近いよ」
シンの呼びかけで目を覚ましたルリは大きなあくびをして返事する。
「ふわぁ〜、昨日はちと食べ過ぎた。胃がもたれる。」
「よし、じゃあ今日も冒険者として働くよ!」
「もう少し寝ても良いではないか。少なくとも我は寝たい…」
二度寝しようとするルリを引きずってシンはギルドに向かった。
ギルドに到着したシンはリアに依頼が入っていないか聞きに行った。
するとシンの姿を見つけたリアが先に話しかけてきた。
「あっ、シンさん。ギルド長がお待ちですので、ギルド長室までお願いします。」
何だろうと思ったシンだが、十中八九昨日の件に関係する事だろうと察してギルド長室に向かった。
ノックをして入室すると、ロイドが出迎えた。
「よぉ、呼びたててすまなかったな。昨日のアングリーベアの調査で判明した事を一応お前にも伝えとこうと思ってな。」
ソファに腰を下ろすとロイドは早速調査結果を話した。
「単刀直入に言うと昨日お前が倒したアングリーベアの体内から魔石が見つかった。」
魔石というのは魔力を持つ魔物の体内で生成される宝石のような物である。魔石には魔力が蓄積されており、魔導士や研究者の間で重宝されているそうだ。活用方法は様々で、純度の高い魔石であれば高値で取引される。
「お前から奴が魔法を使ったと聞いてから薄々予感していたが…。」
魔石は魔力を持つ魔物、つまり魔法が使える魔物が体内に宿している。しかし、アングリーベアは本来魔法は使えない、魔石を生成できないはずなのだ。
シンが考えているとロイドが続きを話し始めた。
「報告には続きがある。…その魔石から微量に闇属性魔法の反応があったそうだ。」
闇属性魔法。かつて大陸で猛威を振るっていた魔族のみが使うことができた属性。
「…つまり、魔族が関係しているってことですか?」
「おそらくな。闇属性は魔族にしか使えない。それが魔石から検出されたとなると…」
1000年間魔族領から出てこなかった魔族がどうして今になって現れたのか、原因は全く不明だ。
「とにかく、事態は俺の想像以上に深刻だ。最近の大型の魔物もおそらく魔族によるものと考えていいだろう。問題は奴らの目的だが、現状では見当もつかん。」
頭を抱えるロイドにシンは提案する。
「検出された魔力から魔族がどんな魔法を使ったのか調べることはできないんですか?それができれば何か原因を調べるきっかけに…」
言いかけたところでロイドは首を横に振った。
「いや、それはおそらく無理だ。魔族が最後に姿を見せたのは1000年前。闇属性魔法について詳しく記された文献はほとんど残っていない。」
さらに王国はルリによって魔族から護られていたため直接戦った回数が少なく、記録が不足している。知識が伝わっていない現代の魔導士では解析は困難だそうだ。
ロイドが頭を抱える一方でシンはルリに話しかけた。
「(ねぇルリ?何か知らない?)」
「(う~むあの羽虫共の魔法か…魔力を持たぬ魔物が魔法を使えるようにする魔法…)」
しばらく考えたルリが「あっ!」と声を上げた。
「(そういえばかつての魔王が似たような魔法を使っておったはずじゃ)」
「(魔王?)」
「(うむ、文字通り魔族共の王。歴代の魔王は皆同族を強化する固有の魔法が使えたのじゃ)」
ルリが知っている歴代魔王の魔法の中に、魔力量が低い魔族の魔力量を引き上げる魔法、生命力を魔力に変換する魔法、肉体を魔物に変化させる魔法を扱う魔王たちがいたらしい。
ルリの話を聞いた限りだと今回のアングリーベアは肉体を魔物に変化させた魔族だと思ったが、ルリはそれはないと断言した。
「(あの魔物がもし魔族なら我がすぐに気付いたはずじゃ。あれは間違いなくアングリーベアじゃ。)」
ルリの言う魔王たちの魔法と今回の件は微妙に符合しない点はあるものの、力を強化させるという点では共通しているため的外れではないような気がしていた。
シンはロイドに別の提案をする。
「ロイドさん、もっと魔物を倒して調査するべきです。今回の調査だけで結果を判断すべきでは無いと思います。」
シンの言葉にロイドは頷いた。
「お前の言う通りだ。調査する個体が多ければ何か分かることもあるかもしれん。これからギルドとして異様な個体の魔物の討伐依頼を出す。危険度が高い分報酬は弾む上に失敗しても罰則は付けねぇ。手の空いている等級の高い冒険者には俺から直接声をかけよう。」
ロイドの顔に活力が漲っていた。
「シン、お前にも協力を頼みたい。まだ冒険者になったばかりのお前に頼むのは忍びないが、実力のある者には積極的に動いてほしい。もちろん危険と判断した場合はすぐに撤退してくれて構わない。」
ロイドの申し出にシンは答えた。
「もちろん引き受けます。僕の素性を詮索しないと言ってくれた恩がありますし、それに僕に出来ることなら喜んで協力したいです!」
「本当に助かる!報酬は弾むぜ!」
早速魔物討伐に赴こうとしたが、シンは王城に向けて歩き始めた。
「(ん?シンよ、外に行くのではないのか?)」
「(うん、ちょっとディセウムさんに話しておこうと思って…)」
シンはギルド長室でルリが話した魔族のことについてディセウムに報告しようと王城に向かったのだった。
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