元社畜、巨大熊と戦う

「さてさて、どんな依頼があるかな、」


掲示板の前に立ったシンは冒険者として初仕事をすべく、依頼を物色していた。


だが、シンは眉を顰める


「3等級以上、4等級以上、、、2等級以上、」


掲示されている依頼は全て4等級以上が受けられるものしか残っておらず、5等級のシンではどれも受注することが出来なかった。


出鼻を挫かれたシンは受付のリアに相談しようと考えた。


「すみません、リアさん」


「あらシンさん、どうされました?」


シンは受けられる依頼が無いことを伝えた。


「申し訳ありません。最近低等級の冒険者さんに紹介できる依頼が減少しておりまして、、」


リアは理由を説明してくれた。


「ここ数か月の間に通常よりも大きく凶暴な魔物が確認される事案が増えておりまして、弱い魔物の討伐依頼が入ってこないんですよ」


元々、低等級でも倒せる弱い魔物は大きな被害を生む危険性が低く、緊急性もないためそれほど多くの依頼は入ってこないらしい。それに加えて先程説明された凶暴な魔物の出現によって、現状シンが受けられる依頼は全く無いのだ。


リアの説明を聞いたシンはお礼を言ってからギルドを後にした。


「(で、どうするのじゃ?シンよ)」


ルリが聞いてきた。


「(うん、依頼は無いから適当に魔物を倒して素材を売ろうと思うよ。そのうち依頼も入ってくるだろうから今は修行に専念しようと思う。)」


シンはロイドとの模擬戦で初めて武器を使った。何とか勝利を収めることはできたがまだ扱いには慣れていない。


そこで、魔物と戦闘を繰り返すことで一日でも早く魔法と武器を併用した戦闘スタイルを確立したいと考えたのだ。


王都の西門に向かって歩き、道中の店で短剣と食料を買ってから外に出た。


王都の西側は平原で、出てくる魔物も比較的弱い。初心者のシンにはもってこいの場所だった。


「よし!まずは剣だけで戦おう。」


気合十分のシンの前に早速獲物が登場した。


現れたのは額に一本の角が生えているウサギの魔物「ホーンラビット」だ。この付近に出るのはこのホーンラビットと「ワイルドボア」というイノシシの魔物のみらしい。


シンは即座に身体強化を発動。角を突き刺そうと突進してくるホーンラビットを躱して短剣の一振りで首を刎ねた。


「これぐらいの相手には問題なく勝てるね」


「この程度の雑魚を何匹倒したところで修行になるのか?」


ルリの疑問にシンは答える。


「最初から強い魔物に挑むよりも弱い魔物で剣の扱いに慣れておくのが安全だよ。」


「それに、」とシンは続けた。


「あまり強い魔物を倒してそれが僕の仕業だとバレたら面倒でしょ?」


シンは今日登録したばかりの新人冒険者である。その新人がいきなり強力な魔物を倒したと知られれば悪目立ちするのは想像に難くない。


ルリに説明を終えたシンはそれからしばらくホーンラビットとワイルドボアの討伐を続けた。ちなみにワイルドボアは殆ど普通のイノシシと同じだった。


修行を始めて2時間ほどが経過した。特にすることがないルリは眠っているようでシンは黙々と討伐を続けた。


段々と短剣の扱いにも慣れ、この辺りの魔物なら全く苦戦することは無かった。


あまり狩りすぎるのも悪いと思ったシンはそろそろ街に戻ろうとした。


すると、遠くから何やら気配を感じた。


ルリも気配に気付いて目を覚ました。


「シン、何か来るぞ」


「うん、何だろう」


しばらくすると“それ”が見えた。


大きな黒い塊のような者がこちらに向かって走ってきたのである。


「あれは、、、熊?」


見た目はシンもよく知る熊だが大きさが違う。大型トラック並みに巨大な熊だった。


真っ黒い逆立った毛並みに血走った目。明らかに攻撃の意思を示している。



「ルリはあの魔物を知ってる?」


ルリに聞いてみると


「うむ、あれはおそらくアングリーベアじゃが、、、ちと大きすぎるな」


ルリの知るアングリーベアという魔物は森林に生息する魔物である。攻撃性は高いが住処を離れてまで襲ってくることは無い上にこの個体は通常より倍近く大きいらしい。


聖域で倒した緑竜やディセウムとリアが言っていた最近発見される巨大で凶暴な魔物。おそらくこのアングリーベアもそれらと関係があるのだろう。


このまま放置するわけにはいかないと判断したシンは討伐を決意した。


「ルリは手出ししないで、こいつは僕が倒してみる」


本日の修行の仕上げとして一人で相手をしたいと言うシンにルリは頷いた。


まっすぐ走ってくるアングリーベアは見た目からは考えられない程速かった。


さっきまで点に見える距離にいたが既に数十メートルの距離に迫っている。


いつものように身体強化を発動して相手の動きに即座に反応できるように構えた。


シンは距離が詰まりきるまえに火球ファイヤーボールで先制攻撃を仕掛けた。


攻撃は見事にアングリーベアの顔面に命中したが、火傷すら負っていない様子だった。


「奴の毛皮は魔法を散らす特性がある。下手な威力では牽制にすらならんぞ」


ルリの言葉通り、アングリーベアにダメージは全くない。何事もなかったかのように突進を続ける。


しかし、シンも冷静だった。突進攻撃を紙一重で躱し、続く前脚の振り下ろしも回避した。


しばらく回避が続くとアングリーベアは攻撃を変えてきた。


常に相手の観察をしていたシンはその様子の変化に気付く。


「こいつ、魔力を練っている。魔法が使えるのか。」


シンの予想は的中し、アングリーベアは魔力を高めて火球を撃ってきた。


シンは水球ウォーターボールを放って火球を打ち消した。


特に危な気のない攻防だがルリは驚いていた。


「どういうことじゃ?」


ルリはシンに異常を伝える。


「シンよく聞け。アングリーベアは本来魔法など使えぬはずじゃ。それに奴の魔力には微量に魔族の残滓を感じる。」


魔族は大陸の北部に棲んでいる種族だということは以前ルリに聞いた。詳しいことは知らないが、大陸の支配を目論んでいたとも聞いたことがある。そんな危ない奴らがこの魔物の異常に関係している可能性があるというのか。


シンはさらに気を引き締めてアングリーベアの討伐を続行した。


中途半端な魔法は通じない。短剣による攻撃もこの巨体には効果が薄い。作戦を練るシンにアングリーベアは火球と爪による同時攻撃を仕掛けてきた。


爪を躱し、火球を弾き飛ばしながらシンは作戦を思いついた。


シンは自分とアングリーベアの間に大地の護りアースウォールによって壁を生成した。


そして続けざまにアングリーベアの四方を塞ぐように壁を生み出す。


以前の緑竜戦では咄嗟の発動により強度が足りなかったが今回は違う。アングリーベアの攻撃でもひびすら入らない。


シンは止めを差すために跳躍した。そしてアングリーベアの顔に向けて水球を発射する。


着弾した水球は弾けることなくアングリーベアの顔を覆った。毛皮に魔法を散らされないように通常よりも魔力を込めて放たれた水の塊はアングリーベアから呼吸を奪った。


息ができず暴れるアングリーベアだが、壁に阻まれ身動きが取れない。


しばらくすると動きは鈍くなり、そしてピクリとも動かなくなった。


死亡を確認すると魔法を解除したシンはルリに聞かれた。


「なぜこんな回りくどいやり方をした?もっと手早く倒す方法もあったじゃろ?」


「たしかに方法はあったかもしれないけど、こいつはできるだけ損傷がない状態で倒したかったんだ」


シンは理由を語る。


「こいつは最近話題の異常個体の魔物だと思う。ならこいつの死骸を調べれば原因が分かるんじゃないかと思って、」


ルリが言っていた魔族の残滓というのも気になるし、外傷が少ない状態でギルドに提出すべきだとシンは考えたのだ。


「なるほどのぉ、こいつの肉はそこそこ美味いが今回は諦めるとするかの。」


食べるつもりだったルリに少し呆れながらもシンはアングリーベアを担いで王都に戻った。


身体強化で筋力を上げているため、担ぐことは問題ないがギルドに向かうまでにバカでかい熊を担いだ姿を大勢に見られたため目立ちまくっていた。


ギルドに到着すると騒ぎを聞きつけたロイドが慌てて飛び出してきた。


「おい、何事だ?ってシン!それにこいつはアングリーベアか!?」


「はい、王都西の平原で遭遇したので討伐しました。気になることがあるので調べてもらおうと思って運んできたのですが…」


「討伐ってお前…こいつは新人が倒せるレベルの魔物じゃねぇ。それにこのデカさ、報告に上がっている異常な個体だな。」


とにかく詳しい話を聞かせろ、と言われたシンはギルドの中へと入っていった。

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