元社畜、就職する

開始の合図と同時にシンは身体強化ブーストを発動した。


シンはたった今剣を手にした素人である。技術ではロイドに敵わない。


自分にできることで足りない剣技を補いつつ、力を出しすぎないようにするという非常に困難なことをシンは強いられていた。


一方ロイドは剣を構え、じっくりとシンの動きを観察している。


シンは覚悟を決めると、短剣を構えながらロイドに突進した。


一見無謀な攻めに見えるが、身体強化によって向上した速度は尋常ではない。ガリア程の速度は出せずとも相手の不意を突くには十分…のはずだった。


ロイドは高速で突っ込んできたシンの斬り込みを顔色一つ変えることなく受け流した。続けざまの攻撃も容易く躱され、さながら暴れ牛と闘牛士の攻防のような光景が繰り広げられた。


「どうした、いくら速さに自信があってもその程度じゃ俺に一撃入れるのは不可能だぞ!」


「くそっ!」


ロイドは余裕で躱しているように見えるが本人の心中はそうではなかった。



(なんだこの速度は?冒険者志望レベルの速さじゃねぇ。どうなってやがる)


今は持ち前の技術と経験によってシンの攻撃を捌いているが、油断できないとロイドは気を引き締めた。


相手の虚を突いたと思っていたシンも思考を巡らせていた。


(やはりギルド長ともなればこれくらい躱せて当然か…)


いくら剣の扱い方に慣れていないとはいえ、あの速度で斬りかかればかすめる程度はできるかもしれないと考えていたシンの思惑は外れた。


初めは、剣で戦うことに特化して使う魔法は身体強化のみにしようと考えていたシンだが、このままでは良いところがないと思い他の魔法も使うことにした。


この判断が後々シンを面倒ごとに巻き込む原因となるが、今は知る由もない。


ロイドは最初の攻防でシンには確かな資質があると判断し、合格を出すつもりでいた。しかし、シンは自分の攻撃を余裕で捌かれていることに焦って冷静さを欠こうとしていた。


わずかに残った平常心で使う魔法を低位に抑えることだけを意識して再び攻撃に出た。


(まずは隙を作らないと…)


シンは相手の足元に「火球ファイヤーボール」を放った。


シンの思った通りに火球はロイドの足元付近に着弾し、目くらましとして機能した。


一方ロイドは度肝を抜かれていた


(なんだこの威力は!?今のがまさか火球だと!?)


シンは着弾地点に小規模の爆発と火炎を起こすものを「火球」として認識し使っているが、一般的に火球というのは焚火程度の炎が起こるレベルであり、ロイドは唖然とした。


何とか回避したものの、土煙と火炎の隙間からシンが再び突っ込んでくる。


ここもロイドは長年の経験で回避に成功するが、先程までとは明らかに反応が遅れていた。


(くそっ!これでも当たらないのか、じゃあ次はもっと速く!)


受けきられたシンは即座にロイドから距離を取り、ロイドを中心に円を描くように走った。身体強化の出力を上げたシンの姿を目で追うのは至難だが、ロイドは何とか視認できていた。


(さっきのが全力じゃなかったのか)


続けてシンは移動しながら「石礫ストーンショット」を放った。四方から飛んでくる石を剣で打ち落とすロイドはまたも驚いた。


(さっきからこいつの魔法はどうなってる?低位魔法にしては高すぎる威力、発動の速さ、さらに身体強化を常時発動しながら他の属性の魔法も使う器用さ。どれをとっても練度が高い。)


放たれる魔法の対処に追われながら思考するロイドは段々と視野が狭まり、ここで初めてシンの姿を見失った。


大量の「石礫」を弾いたことによる土煙りに乗じてシンは姿を眩ませた。これまで全て正面からのみの斬り込みをしてきたが、今回は違う。身体強化で強化された跳躍力を活かしてシンはロイドの頭上に跳んだ。


今度こそ完全に相手の隙を突くことに成功した。シンはロイドの肩に目掛けて短剣を振り下ろした。


シンの一撃は見事にロイドに命中し、模擬戦はシンの勝利に終わった。


シンの作戦が見事にハマった。剣ではあまり活躍できなかったが、魔法と組み合わせれば現状でも何とか戦うことができることが分かったのは大きな収穫である。


勝利したシンに対してロイドは何事もなかったかのように立ち上がり言った。


「見事な一撃だった。これが本物の剣なら致命傷だっただろう。」


今回使用した剣は刃の部分が潰された訓練用の剣であるため、斬れはしないが、鉄の塊で殴りつけられればただでは済まないはずだ。ロイドが平気なのは鍛え上げられた筋肉によるものだろうとシンは思った。


「シン、文句なしの合格だ!」


「やったーーー!!!!!」


喜びのあまりシンは叫んだ。


歓喜に打ち震えるシンにロイドは言った。


「しかし、お前の魔法はとんでもないな。」


ロイドの一言にシンは急に冷静になると同時に冷や汗をかいた。


「そ、そうですかあ?」


動揺するシンだが、そんな様子など気にもしていないようにロイドは続けた。


「あぁ、お前の魔法の腕前はとてもじゃないが新人レベルじゃない。」


完全にやりすぎてしまった。途中から勝つことに意識を取られてしまいムキになっていた。


まずいと思うシンに向かってロイドは笑顔で言った。


「よほど素晴らしい師に鍛えられたようだな!」


想定外の言葉にシンはキョトンとしてしまったが、


「は、はい!師匠のおかげで強くなれました!」


と、胸を張って言った。


ずっと静かに様子を見ていたルリが尻尾を振り回しながら「(まだまだこんなものじゃ無いがな!)」嬉しそうに念話を通して言った。


幸い低位魔法までしか使わなかったため大事にはならなかったが、もしあれ以上に熱くなっていたらどうなっていたかわからない。


シンは心の中で反省した。


「何はともあれお前は今日から冒険者だ!あとはリアから説明を受けてくれ」


リアというのは受付にいたお姉さんのことらしい。


ロイドに礼を言ってからシンは再び受付に戻った。


受付に到着するとリアが笑顔で声をかけてきた。


「シンさん、合格おめでとうございます。ギルド職員を代表してお祝い申し上げます。」


「ありがとうございます!」


続けて、リアから冒険者についての詳しい説明を受けた。



冒険者には階級が存在し、高い階級になればなるほど危険度の高い依頼をうけることができる。危険度の高い依頼はそれに見合うほどの高額報酬を得られるため、一攫千金を狙う冒険者達はこぞって上の階級を目指すらしい。


階級は最低の5等級から1等級までの5段階存在する。1等級の上には特等級と呼ばれる一国の存亡に関わるほどの困難な依頼を請け負うことができる伝説の階級があるらしいが、ここ数十年特等級の冒険者は誕生していないとのこと。


一般的な冒険者の最終目的は1等級のになることらしいが、これもかなり困難なことらしく、到達できるのはごくごく限られた強者だけだとリアは教えてくれた。


「ちなみに当ギルドのギルド長のロイドは元1等級冒険者として活躍していた過去があります。」


どうりで強いはずだとシンは納得した。


リアの説明を続けた。


「シンさんは5等級からスタートとなります。一定以上の依頼をこなしてギルドへの貢献が認められると4等級へ昇格出来ますので、まずはそこを目指して頑張ってください!」


ちなみに依頼を介さない魔物の討伐でも隣の解体窓口で解体をして換金してもらえるらしい。


さっそくシンは依頼を受けるべくギルド内の掲示板に足を向ける。


過労で死んだ元社畜は再び就職に成功したのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る