元社畜、冒険者を目指す

ガリアとのやり取りを終えた後は、城で盛大な宴を開いてくれた。


シンはこの世界に来て初めてのご馳走を目にし心が躍った。


何の肉かは分からないが、大きな肉の塊の香草焼きのようなものが特においしかった。


食事の後、シンはディセウムの自室に呼ばれた。


「シン君、君はこれからどうするつもりかね?」


ディセウムの問いにシンは答えた。


「この世界をいろいろ見て回って自分の好きなように生きていこうと考えてます。」


シンの答えに納得したように頷くと、ディセウムはある提案をしてきた。


「そうか。では君は冒険者になったほうが良いかもしれない。」


「冒険者、ですか?」


冒険者とは主に魔物を討伐してその素材を換金したり、討伐依頼による報酬によって生計を立てる仕事である。冒険者に依頼を斡旋する「冒険者ギルド」は各国に存在し、世界中どこでも活動することができるのだ。


加えて、冒険者に発行される「冒険者免許」は身分証として有効であり、他国への入国も容易になる。


これからの暮らしにはどうしても金が必要になる上に一つの場所に定住するつもりのないシンにとって打って付けの職業だった。


「僕、冒険者になりたいです!」


「よし、ではこちらで用意できるものは揃えよう。」


冒険者になるために必要なものは2つ。冒険者の登録料と身元を証明できる書類である。


「あ、あの僕に身元を証明できるものなんて…」


異世界から来たシンにこの世界で身分を証明できるものなんてあるわけがない。


「なぁに、そこは心配ない」


ディセウムが自信満々に胸を叩いた。


この王都には国が運営する孤児院があるらしく、シンをそこの出身ということにしてくれるらしい。職権乱用の極みのような行いだが、今回は非常にありがたい。


「ありがとうございます!ディセウムさん!」


「これくらいお安い御用だよ。君にはこの程度では返しきれない恩がある。」


元々、ディセウムからシンへの謝礼には目がくらむような大金が用意されていた。

しかし、これからの旅にそんな大金を持ち歩くことは危険すぎるため断っていたのである。その代わりとして今回の身分と少々の生活資金を頂くことにした。


改めてディセウムに感謝をしたシンは王城で一泊した翌朝、王都にある冒険者ギルドを目指して城を後にしようとしていた。


「昨日はありがとうございました。とても楽しかったです!」


シンを見送るためにアリシアが降りてきていた。


「シン様、またいつでも来てくださいね♪私は歓迎いたしますわ♪」


アリシアに続いてエルザとディセウムも見送りに来てくれていた。


「まだしばらくは王都にいると聞きましたわ。何か困ったことがあればいつでも訪ねてくださいね。」


「そうだとも、このイスタリア王家は君の助けとなることを約束しよう。」



ディセウム達に頭を下げてシンは城門に向かった。そしてルリはディセウム達にだけ聞こえるように「世話になった。機会があればまた来よう」と礼を言った。


城門を抜けるとすぐ近くに騎士団の訓練場があった。軽く覗いてみるとガリアとレベッカが訓練をしていた。レベッカは実に真剣な様子で剣を振り、ガリアはレベッカの打ち込みを捌きながら指導していた。


挨拶をしようと思ったシンだが、レベッカの真剣な表情を見ると水を差すのは良くないと思い軽く会釈をして出ていった。


城から真っ直ぐ西に大通りを進んでいきしばらくすると大きな石造りの建物が見えてきた。正面に「冒険者ギルド ルーパス支部」と書かれた看板があり、シンの目的地はここで間違いないようだ。


(ここが冒険者ギルドか…)


少し緊張していると


「(なにを緊張しておるのだ。お主の実力なら何も恐れる心配はないじゃろ)」


「(実力とかじゃないんだよ。初めての場所に行くって緊張するの!なんか就活を思い出してきた…)」


「(シュウカツとはなんじゃ?)」というルリの疑問を無視して前世のトラウマが少しフラッシュバックしつつも何とか平常心を取り戻し、意を決して扉を開けた。


一歩中へ踏み入れるとそこは大勢の冒険者で賑わっていた。ギルド内は受付と魔物の解体所窓口と酒場が併設されており、シンは正面の受付に向かった。


「おはようございます!冒険者ギルドルーパス支部へようこそ!本日のご用件は何でしょうか?」


丁寧な挨拶で応対する受付の女性にシンは用件を伝える


「冒険者の登録に来ました。こちらでできると伺ったのですが…」


女性は元気に返事をする。


「はい、こちらでできますよ。ではまず適正審査から行っていただくことになりますが、よろしいですか?」


適正審査とは冒険者を志望する者の実力を測る試験である。冒険者稼業は常に危険と隣り合わせだ。魔物を相手にするためいつ命を落としてもおかしくない。そのためある程度の実力が認められないと冒険者にはなれない決まりになっている。


「はい、問題ありません。よろしくお願いします!」


「承知しました。では、奥の訓練場までお願いします。本日の審査官は当ギルドのギルド長です。」


いきなりギルドのトップと会うことになるとは思っていなかったシンは若干緊張してきた。


シンの緊張具合を察した受付の女性が声をかけた。


「あまり緊張なさらなくて大丈夫ですよ。審査は模擬戦を一戦していただきます。決して勝つことが全てではありません。力を抜いてご自身の実力を発揮してくだされば結構です。」


「はい、ありがとうございます。頑張ります。」


女性に会釈してから廊下を抜けて訓練場に向かう。シンが緊張していた理由は、自分の力が通用するかとか、実力が発揮できるかという不安からではない。


緊張していたのである。


ルリによって精霊魔法を習得したシンは元々の才能も相まってどんどん力を付けている。森での修行から毎日欠かさず魔力制御を続けているため、無意識に魔力を体の周囲に留めることもできるようになっていた。


昨日会ったガリアの強さは間違いなく世界でも上位の部類である。シンはルリやガリアといった自分よりな強大な存在しか知らないため、新人の冒険者がどの程度の実力を持っているのが普通なのか知らない。


「(どうやって切り抜けよう…)」


シンの不安など気にしない様子でルリは言った。


「(難しいことを考えずに全力でやってしまえ!)」


「(そんなことできるわけないでしょ!僕は極力目立ちたくないの!)」


ルリとのやり取りのおかげで少し気持ちが落ち着いたシンは


(まぁやるだけやってみるか)と開き直ることができた。


訓練場に入ると、中央に大柄な男が立っていた。


服の上からでも分かるほど筋肉が隆起し、スキンヘッドと無精ひげという威圧感しかない男がシンを出迎えた。


「来たな。お前が冒険者志望者だな。俺はロイド、このギルドのギルド長を務めている。」


「僕はシンといいます。本日はよろしくお願いします。」


挨拶を済ますとロイドが聞いてきた。


「お前は武器を持っていないようだな。」


「はい、僕は魔導士ですので」


シンの答えにロイドは言った。


「なるほど、魔導士か。だが、いくら魔導士とはいえ剣の一つも持っていないのは感心できんな。」


「どういうことですか?」


ロイドは教えてくれた。


「確かに魔法は強力だ。離れた位置から一方的に攻撃できるのは魔導士の特権。だがな、いつでも魔法が使える状況とは限らねぇだろ?狭い場所での戦闘、見方を巻き込んじまう危険や魔力切れの心配もある。」


ロイドの言葉にシンは感心した。ロイドの言うことは正しい。いくら規格外の魔力を持つシンでも魔力切れはある。魔力消費の大きい精霊魔法を使うなら尚更だ。


「お前もこれから冒険者としてやっていきたいなら武器の扱いを覚えるべきだな」


「分かりました。忠告ありがとうございます。」


話し終えるとロイドが審査を始めようと言った。


「よし、じゃあ話もそこそこにして審査を始めるか。今日は魔法だけでも構わんがどうする?武器を使ってみるか?」


訓練場に置いてある武器を指さしながらロイドは聞いてきた。


少し考えてからシンは答えた。


「剣をお借りします。今のうちから慣れておきたいので。」


「良い心がけだ。好きなのを選ぶといい。」


シンは一本の短剣を手に取った。はじめは騎士団が使っているような剣を使おうかと思ったが、長さがある分、経験のないシンが扱うのは厳しいと判断したのである。


短剣を持ち、シンはロイドの前に立った。


「よし、準備はいいな?ではこれから審査を始める。時間は10分間。俺に一撃を与えられたらその時点で合格。もしくは俺がお前の実力を見て、適正アリと判断した場合も合格だ。」


お互いに構えた。武器の扱いには慣れないが何としてでも冒険者に成りたいという意志がシンを鼓舞する。


「では、冒険者適正審査始めっ!」

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