元社畜、強者に出会う

「王よ!ご無事でしたか!」


部屋中に響き渡る大声で赤髪のオールバックが特徴的な男がやってきた。男の姿を見た瞬間、シンは体が震えあがるような感覚に襲われた。


「(…っ!、なんだ…この人は…!)」


この男から発せられるプレッシャーはこれまで出会った人々から感じたものとは桁違いだった。年齢はディセウムと同じくらいに見えるが、年齢による衰えなど一切感じさせない覇気。


実際の体格以上に大きく見えてしまうほどの存在感。加えて特異だったのは彼の周りを精霊たちが漂っていることだった。


戦闘経験がほぼ皆無のシンですら一瞬で力の強大さを理解する程にその男の強さは疑いの余地がなかった。


「(あの人間、中々の力を持っているようじゃな。)」


一早く気配に気付いたルリは男に見つかる前に姿を隠していた。


「(シンよ、あの男の周りを精霊が囲んでいるのが見えるじゃろ、あやつは精霊に祝福されておる)」


「(精霊に祝福?)」


「(左様、精霊に祝福されるとは、力の強い者が無意識に精霊を引き寄せ、引き寄せられた精霊が勝手に力を貸す現象のことじゃ)」


彼の周りの精霊たちは、男から発せられる力に惹かれて集まり懐いているのだという。さらに、集まった精霊達は彼が魔法を使う際に、シンが使う精霊魔法と同様に魔法の強化を行ってくれる。


この力の強力な点は、精霊に対する対価が必要ないということである。シンは精霊に命令を出して力を貸してもらうため対価として魔力を差し出すが、祝福を受けたものは、一方的に力を貰う事ができるのである。


しかし、万能というわけではない。あくまで精霊から祝福を受けた者への一方通行な関係であるため、魔法を使う側の意思で自由に力を使える訳ではない。


属性変換の補助は受けられないため、一般的な魔法と同じように発動までの手順に変わりはない。だが、それでも無償で魔法を強化する効果があるだけで非常に強力である。


赤髪の男騎士がシンに気付いた。


男の鋭い視線が突き刺さる。


ディセウムに向ける態度とは違い、シンのことを警戒しているのがひしひしと伝わってきた。油断すると飲み込まれそうな気迫に抗いながらシンは口を開いた。


「私はシンという者です。先日、王家の聖域近くでディセウムさん達が緑竜に襲われているのを発見し手助けした者です。本日はディセウムさんに招待を受けてこの場にいます。」


シンの回答を聞いた男の魔力がみるみる高まり、一段とプレッシャーが増したことをその場の全員が感じ取った。


「なるほど…貴様が…。我が王の窮地を救ってくれたことには感謝する。貴様の魔力は上手く制御されているな。相当の才と鍛錬によって身に着けたものだろう。実力は本物だと認める。だが…」


男は今にも爆発しそうな程魔力を溢れさせていた。まるで制御ができていない。感謝の気持ちなど毛ほども感じない。刺すような殺気がシンを貫く。


「だが…貴様…!陛下のことを言うに事欠いてディセウム…さん、だと!何たる不敬!万死に値する!!!」


腰の鞘から剣を抜き、切りかかろうと突進してきた男を避けようと身体強化を瞬時に発動して備えたシンだったが、


「(速いっ…!)」


男は瞬きする間にシンの懐に入り込んでいた。驚異の速度だった。はっきり言って今のシンでは実戦経験と戦闘技術に雲泥の差があった。喉元に剣が突き刺さりかけたその時、


「止まれガリア!」


ディセウムの声に反応した男はギリギリで剣を止めた。


「しかし、陛下!この者は陛下に対してとんでもない不敬を…!」


「二度は言わんぞ」


「…!しっ、失礼しました…」


ガリアと呼ばれた男が剣を鞘に納める。そしてシンに謝罪する。


「いきなり斬りかかってしまい申し訳なかった。」


さっきまでの怒りが嘘のようにガリアは冷静さを取り戻していた。


「いえ、あなたの対応は正しかったと思います。自分の主の名誉を重んじることは何より重要であると理解しているつもりでしたが甘かったようです。私の方こそ、この場で軽率な発言は控えるできでした。」


お互い謝罪し何とか事なきを得た。あそこでディセウムが止めてくれなければ間違いなくシンは殺されていた。…いや、実際にはルリは反応できており、シンに剣が届く前にガリアを倒していただろう。しかし、シンは自分の実力不足を痛感していた。


(もっと強くならないと)


自身の無力さを悔いているシンにガリアは衝撃的なことを口にした。


「いやしかし、さっきは確実に隙をついたつもりだったが、直前で凄まじい殺気を感じた。攻撃を防がれるどころか、あのまま斬りかかれば私がやられていたと思わされるほどの殺気だった。やはり君の力は本物だ。」


おそらくガリアが感じた殺気とはルリのものだろう。姿を消して気配を完全に絶っているルリの殺気をガリアは察知したのだ。もちろんガリアはそれをルリのものだとは気付いていないが、達人の感覚の鋭さは凄まじいと実感した。


これにはシンも「ハハハ…」と苦笑いで答えるしかなかった上、ルリも少し驚いた様子だった。


「(まさか我の気配が気取られるとは。我も少し鈍ったか。)」


「シン殿、此度の聖域での件、改めて貴殿に謝罪と感謝をさせてほしい。」


改まった様子でガリアがシンに頭を下げる。


「本来なら私が常に陛下のお傍に控え、危険から陛下を守るべきだが、今回は我が娘の成長のために私は王城に残ったのだ。」


ガリアのいう娘が誰なのかはすぐに分かった。


「レベッカさんのことですか?」


シンの言葉にはっとした顔をしたガリアが自己紹介をした。


「おっと、名乗るのが遅れてしまった。私はガリア=ブレイズ。ブレイズ家当主にして王の剣。そして察しの通りレベッカの父親だ。」


自己紹介を終えたガリアが話を続ける。


「レベッカは現在騎士団長代理を務めている。実力はまだ私に及ばないが日々鍛錬に励み、他の騎士からも信頼されている。今回は団長代理として指揮を執り、仲間を率いる力を育むことを課していたのだ。」


話によると、本来の騎士団長はアリシアの兄である王子と共に各地の視察で長期間王都を離れているらしく、レベッカは代理として騎士団を取りまとめているそうだ。


しかし、ガリアの思惑は失敗してしまった。本来なら王都と聖域の間には強力な魔物は出現することはなく、簡単な魔物討伐の指揮をしてレベッカの成長を促すつもりだったらしい。今回遭遇した凶暴化した緑竜も普段は聖域の反対側に生息する魔物のはずで、完全にガリアの想定外だった。


不測の事態ではあるものの、ディセウムとアリシア、そしてレベッカをはじめとした騎士団を危険に晒してしまった自身の采配をガリアは悔いているのである。


先程のガリアの怒りもディセウムへの忠誠心の他に自責の念などの様々な感情によって爆発してしまったのだろう。


シンが全く気にしていないことを告げるとガリアは「ありがとう」と感謝し、ディセウムに向き直った。


「ガリアよ、今回の一件、お前に責はないと理解している。緑竜のことといい最近の王国では不審な事が多い。だがもし、まだお前が責任を感じているというのなら、今後の働きでより一層の成果を示せばよい。」


「寛大なお言葉ありがとうございます。このガリア、王の剣として御身と祖国にこの身を捧げることを改めて誓います。」


ガリアはディセウムに跪き益々の忠誠を誓ったのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る