元社畜、決意する
緑竜との戦闘から一夜が明けた。
昨日は初めての実戦に加えて怪我を負った騎士たちの治療に相当の魔力を消費した
ため、
シンは泥のように眠った。
疲労困憊だったシンはディセウムの計らいで馬車の中で休ませてもらったのである。
目が覚めると少し不安げな表情のアリシアの顔が見えた。
「あっ!おはようございます!シン様!あれからずっと目を覚まされなかったので
心配でしたが、お体は大丈夫でしょうか?」
とろんと眠気が残った声でシンも挨拶をする。
「うぅん…おはようございます、アリシア様。おかげさまでゆっくり休めました。」
現在の時刻は昼頃で、昨日騎士たちの治癒を終えてから軽く食事をとったのが
お昼過ぎだったから、殆ど丸1日眠っていたことになる。
やはり初めての戦闘と治癒魔法の行使は想像以上の疲労があったようだ。だが、
神様によって与えられた丈夫な体のおかげで、体調は万全である。
シンの様子を見て不安げだったアリシアの表情は安堵の表情に変わった、、、が、
一変して不満げな表情に変わり、頬をぷくっと膨らませた。
「もぉ~シン様ったら!私のことはアリシアと呼んでくださいと昨日言ったでは
ありませんか!様は不要です!」
どうやら名前の呼び方が不満だったようだ。しかし、一国の姫様を呼び捨てにするの
はシンにはハードルが高かった。
「いやいや!流石に一般庶民がお姫様を呼び捨てにはできませんよ!」
アリシアはそれでも納得できない様子だった
「私が良いと言っているのですから良いのです!」
しばらく押し問答が繰り返された後に結論は出た
「じゃ、じゃあ、アリシアさん、で。」
何とか「さん」で許してもらえた。
「まぁ今はそれで構いませんが、いつか呼び捨てにしてもらいますからね♪シン様♪」
アリシアがシンのことをシン様と呼んでいることに突っ込むべきか悩んだが、
これ以上話が拗れるのが面倒だったので、シンは言葉を飲み込んだ。
アリシアが馬車から出ていくと、ルリが念話で話しかけてきた。
「ふぁ~、まったく人族は騒がしいのぉ、おかげで目が覚めたわ。」
若干不満げなルリの声にシンは謝る。
「ごめんルリ、起こしちゃったね…」
「別に構わんが、もし今後我の眠りを妨げるようならば、ついうっかり魔力を多めに
吸ってしまうかもしれんな。」
起こされたことを根に持っているようだが、ルリの声色から昨日の疲労が残って
いないことがなんとなくわかった。
ルリは治癒魔法の補助としてシンの魔力制御を手伝った。いくら高位の精霊
とはいえ、慣れない人族の治癒には相当の疲労があったに違いない。
「起こしたことは本当に悪かったと思っているけど、ルリが元気そうで良かったよ。」
シンの言葉にルリはフンと鼻を鳴らして答える。
「あの程度のことでこの我が疲れるわけなかろう!余裕じゃ!余裕!」
得意気に話すルリだったが、急に真面目な声で言う。
「じゃがシンよ、昨日も言ったがあのような無茶苦茶な治癒は今後使うな」
シンもルリの言葉を真摯に受け止めた様子だった。
ルリが続ける。
「本来魔力というのは物質化に適しておらん。それをお主は膨大な魔力量で無理やり
物質化させて治癒をしたのじゃ。今回は魔力制御を我が手伝ったから最小限の魔力消
費で済んだが、同じような治癒を頻繁に使えばいくらお主でも体が保たん。無理な命
令を与えられた精霊達もかなりの魔力を要求してくる。間違いなく命を削ることにな
るぞ。」
ルリの言葉はもっともである。今回は些か軽率な行動だったかもしれない。普通なら
ば他人のために自分を犠牲にするべきではない。
せっかく神様にもらった第二の人生。早死にはしたくない。でも…
「僕は見捨てることはできないよ…」
目の前の自分の手で救えるかもしれない人たちを見殺しにできるほどシンは冷酷では
ない。むしろ過剰なほどに優しいのである。この優しさがかつての自分を苦しめたと
わかってはいても、シンは手を差し伸べてしまうのだ。
「はぁ…我は面倒な相棒を選んでしまったようじゃなぁ」
呆れながらもルリはシンを鼓舞するように言った。
「ならば強くなれ!我が心配せずともお主の理想を叶えられる程の力を身につけ
よ!」
異世界に来てからシンは自由気ままに生きることを求めていた。今でもその思いに
変わりはない。だが、当初は生きていくためにある程度の強さがあれば良いと考えて
いた。
不自由なく暮らしていける程の力さえあれば構わないと。しかし、その考えは甘かっ
た。
昨日のことでシンは自分の過剰なまでの優しさは直すことができない性分であると
再認識した。
前世ではその性格が災いして苦しめられたが、ここでは違う。この世界の自分なら、
自分の理想を叶えられるだけの力を手に入れることができるのだ。
自分の信念に従って自己犠牲ではない手助けをできるほどの強さを手に入れる。
そうして初めて自由気ままな異世界での生活を送ることができるのだとシンは考えた。
自身の理想が簡単ではないことを理解したシンはポツリと零した。
「自由気ままって難しいね…」
ルリが意気揚々と言う
「当り前じゃ!自由に生きるなど我のように超強い者にしかできんからな!」
シンは改めてルリに頼んだ。
「ルリ、僕をこの世界で自由に生きられるように強くしてほしい。」
ルリは少し満足気な声で答えた。
「よかろう。お主に死なれては我も困るからな!ビシバシ鍛えていくぞ!」
「お願いします!師匠!」
シンのこの世界での明確な目標が一つ決まった瞬間である。
決意を新たにしたシンとルリが馬車から降りると何やら外が騒がしいことに気付いた。
「一体これはどういうことだ!?」
ディセウムの声が辺りに響いた。
騎士達も状況が飲み込めないといった雰囲気である。
「前回訪れた時には確かにあったはずですが…」
レベッカも困惑の表情を浮かべていたため、シンは何があったのか尋ねた。
「あの、何かあったんですか?」
シンに気付いたディセウムが振り返る。
「お、おぉ!シン君!体はもう大丈夫かね?」
取り繕った様子でディセウムは話しかけてきた。
「はい、おかげさまで元気です、それより何かあったみたいですけど、」
シンの言葉で再び暗い表情に戻ったディセウムが事情を話してくれた。
どうやらシンがいた森は王家の聖域で、ルリが封印されていたあの場所で定期的に祈りを捧げているのだという。
今回もいつものように森に入ろうとした際に緑竜と遭遇、そしてシンと出会い、今日ようやく森に入ったのだ。
しかし、いざ森に入ってみると封印の岩が忽然と消えていたらしい。
王家には狼が国を救ったという伝承が代々伝えられており、守護神として長年信仰を捧げてきたのだそうで、その狼が封印された岩が消えたとなれば国の一大事だとディセウムは狼狽した。
「どういうことなのだ、、以前来た際には間違いなくあの場所に、、あぁ、、」
魂が抜けたようにディセウムが膝から崩れ落ちる。
「陛下!お気を確かに!」
レベッカがディセウムを支える。
一方、話を聞いたシンも正常ではなかった。何とか平静を保とうとするが背中は冷や汗でびっしょりである。
周りに不信感を抱かれないように念話でルリと作戦会議を始めた。
「(ど、どうしようルリ!なんか大事になってるみたいなんだけど!)」
「(我は別にどうでも良いわ)」
慌てるシンとは対照的にルリは平然としていた。
「(どうでもよくないよ!君は当事者でしょ!?)」
「(そう言われてものぉ、あやつらが勝手に聖域だの守護神だのと言っておるだけじゃし)」
確かにルリにとってはそうかもしれないが、封印を解いてしまったのは紛れもないシンである。このことがバレたらどんな目に遭うか想像できない。
「(封印解いちゃったの僕だし、バレたら絶対にまずい)」
「(そうか?バレたら全員倒して逃げればよいじゃろ)」
「(なんで最初に出る案が暴力なの!?そんな事したくないよ!)」
ルリは若干めんどくさそうな様子だった。
今はこの場にいる全員が岩が無いことに気を取られているが、森の近くにいたシンのことを疑い始めるのは時間の問題である。
シンがあれこれ策を練っていると、ルリが言った。
「(しょうがないの、では我が自力で封印を解いたことにすれば問題なかろう)」
「(えっ!?)」
ルリの提案のにシンは驚いた。
「(でもそれを僕が説明しても信じてもらえるか怪しいというか多分信じてもらえないよ?)」
「(我が直接言えば良かろう。他ならぬ本人なのじゃからな。)」
つまりそれはルリが王族の前に、人前に姿を現すということだ。
「(いいの?王家の人たちに姿を見られても)」
「(この際仕方なかろう、このままじゃとお主と旅をすることが叶いそうもないしの)」
続けてルリは「何かしようものなら吹き飛ばしてやる」と言っていたが、それはシンが全力で止めようと決意した。
そしてシンは意を決してディセウム達の前に立った。
「あの、ディセウム陛下。」
憔悴しているディセウムにシンは真剣な表情で話しかけた。
「なんだい…シン君。すまない、今は少しだけ休ませてくれないか…」
話す気力のないディセウムにシンは構わず続ける。
「封印の岩のことについてお話ししなければならない事があります。」
シンの言葉にディセウムをはじめこの場にいる人間全員の目の色が変わった。
「どういうことだね?シン君。君は一体…」
「あとは我の口から話そう」
ディセウムの言葉を遮ってルリがシンの隣に姿を現した。
「!?」
突如として現れた白銀の毛並みを持つ美しい狼の姿に誰もが言葉を失った。
「これはどういうことだねシン君!?この狼、いや、このお方はまさか…!」
「我が名はルリ、この森を治める白狼族の精霊にしてこのシンの相棒である。」
これまで見せてこなかった威風堂々とした姿にディセウム達と同様にシンも息を呑んだ。
しばらくルリに圧倒されていたディセウムがやっとのおもいで口を開く。
「その白銀に輝く毛並み、全てを見通すかのような深い青の瞳、代々王家に伝わる伝承通り…まさしくあなた様は我が国の守護神であらせられる賢狼様…!」
ルリの圧倒的なオーラに全員が動けないでいた。そしてそのままルリはシンへの追及が起こらない内に話を始めた。
ルリと考えた話はこうだ。
封印は1000年の間に弱くなっていたこと、そのため自力で封印解くことができたこと、元々人間を襲うつもりもなく、縄張りを守るためにおとなしく封印されていたことなど、事実を若干改変しつつこれまでの経緯を話した。
ルリの話を真剣な表情で聞いたディセウムがルリに言った。
「なるほど、そうでしたか。我ら王家に伝わる伝承とは少し異なる箇所もありますが、伝承とは伝わるうちに変化も生じてくるものです。賢狼様のおっしゃることは事実でありましょう。」
なんとか封印の件についてシンへの疑いは生まれなかったが、今度はシン自身が問題になってくる。
シンの想像通りにルリの相棒として紹介されたシンの正体についてディセウムは聞いてきた。
「封印のことについては理解した。次にシン君。君は一体何者なんだい?」
シンは先程の念話での話し合いでこの場合の回答も用意していた。
「はい、僕は異世界からの使者です。」
シンの答えに全員が固まった。
「僕は別の世界で死に、一か月前にこの世界にやってきました。そこでルリと出会い今に至ります。」
シンは包み隠さず全てを話した。下手に嘘をついても追及されればぼろが出る。昨日のシンの力を見た者達はシンの正体を探ろうとするだろう。
そうした状況で嘘をつきながら生きていくよりも正直に話した方が今後のためになると二人で決めた。
「異世界からの使者…御伽噺の類だと思っていたが実在するとは…」
ルリの登場とシンの正体をいきなり告げられたディセウムは頭を整理するためにしばらく考え込んだ。
そして、
「突拍子がなさ過ぎて普段なら信じることができないが、昨日の魔法といい、賢狼様の事といい、どうにも信じるしかなさそうだね。何より私たちを命がけで救ってくれた恩人である君を疑うことはこの国の王として、人としてあってはならない。」
「信じてくださりありがとうございます。」
シンの話を信じてくれたディセウムに深く頭を下げたシンにディセウムは明るく言った。
「おいおい、よしてくれたまえ。さっきも言ったように君は我々の恩人だ。それに私のことを陛下と呼ぶ必要もない。もっと気軽に接してくれて構わないよ。」
こうして諸々の問題は一件落着となり、ルリのオーラに気圧されていたレベッカ達も徐々に落ち着きを取り戻した。
そして昨日の治癒にルリも協力していたことを伝えるとルリは全員に感謝をされ満更でもない様子だった。
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