元社畜、魔法を教わる

「では、まず魔力制御について教えるぞ!」


「はい!お願いします!」


 ルリと契約をした翌日、シンは自身の恥ずかしいほどに漏れ出している魔力を抑えるために『魔力制御』の訓練を開始していた。


『魔力制御』とは文字通り、自分の魔力をコントロールする技術のことで魔力を体の周囲に留めることができるようになる他、上達すれば魔法を使う際の無駄な魔力消費を抑えることもできるらしい。

 魔法を使うためにも絶対に『魔力制御』はマスターしたい!シンは気合十分だった。


「安心せぇ!『魔力制御』自体そう難しいことではない。」


「『魔力制御』自体は?何か含みのある言い方だけど、問題でもあるの?」


「は、話は『魔力制御』を覚えてからじゃ!ほれ!始めるぞ。」


「わ、わかったよ…」


 ルリの態度に違和感を覚えつつも『魔力制御』の訓練を始めた。


「さっきも言ったように『魔力制御』はさほど難しくはない。昨日魔力を認識した感覚を思い出すんじゃ。」


 シンは昨日と同じように、目を閉じ、意識を体の内側に向け、深く集中して己の魔力を感じた。魔力が体の中を巡っているのがわかる。昨日よりも鮮明に感じることができているのは慣れてきたからだろうか?


「よし、ではそのまま自分の魔力を体の内に抑え込むように意識してみろ」


 シンは言われた通りに自信の膨大な魔力を体の内に収束させるようにさらに集中した。


「くっ!…」


 コツをつかむまでに若干苦労しつつも段々と漏れ出ていた魔力が体の周囲で留まっていくのを感じた。どうやら成功したようだ。


「初めてにしては上出来じゃな!続けていけばそのうち無意識に魔力を留めることができるじゃろう。」


「っ!…はぁ…はぁ…こ、これは中々しんどいね…」


 力を抜いたシンは集中しすぎていたせいかかなりの疲労を感じていた。


「当り前じゃ。普通なら数週間かけて魔力を知覚した後に数か月かけて覚えることじゃ。やはりお前はとてつもない才をもっておるな。」


 他の魔導士と出会ったことがないシンは自分がどの程度才能に恵まれているかはわからないが、ルリがそこまで言うのなら少しは自信を持ってもいいのかもしれないと思った。


「よし!では今日はこのまま続けて『魔力制御』を繰り返せ。魔法については明日から始める!」


「はい!」


 結局その日は陽が沈むまでひたすら魔力制御を行い、夜になると倒れるように眠った。


 翌日


 すっかり回復したシンはようやく魔法を覚えることができることに期待に胸を躍らせていた。


「昨日の疲労が嘘のように無くなってるけど、これも神様の力なのかな?」


「あれだけ魔力があるのじゃから当然じゃろう。」


 ルリは詳しく説明してくれた。

 本来、魔力というのは段々と総量を増やしていくものだという。魔力が空になるまで使い続けたり、器となる体を鍛えることで扱える魔力量が増えていくというのが常識らしい。膨大な魔力を扱うためには相応の体が必要で、不十分な体では魔力に耐えられずに体が爆発四散するという。


 想像するだけで怖い…


「つまり、お主が大量の魔力を宿すことができているということは必然的に体も強化されているということじゃ。」


 なるほど、とシンは納得したが、外見的には変化は見られない。体の内側から強化されているということなのだろうか?考えても仕方のないことなので一旦この話は置いておこう。


「では気を取り直して、今日から魔法の指導を行う!…といいたいところじゃが、少々問題がある。」


 昨日の『魔力制御』を教えてもらう際もルリの様子は少し変だったが、それが関係してると見ていいだろう。一体どんな問題だろうか?


「実は、我は使が使えん…」


「え⁉」


 全く予想していなかった言葉が返ってきた。明らかに魔法を熟知している風のルリが魔法を使えない?じゃあ今までのは知ったかぶりだったってこと⁉軽くパニックになっているシンにルリは言った。


「知っての通り我は精霊じゃ。精霊が使う魔法は『精霊魔法』という特殊な魔法で体内の魔力を大気中に存在する無数の精霊を介して発動する魔法じゃ。一方で人族が使う魔法は己の体内の魔力のみを使って発動する魔法で仕組みが全く違うのじゃ。」


 ルリによると、そもそも精霊は体が魔力で構成された存在で、人とは体の構造が根本的に違うという。なのでシンに人族の魔法を使う感覚などを教えることができないそうなのだ。


「そ、そんな…」


 魔法を使うことを待ち望んでいたシンにとって、ルリのカミングアウトはショックと言わざるを得なかった。


 その場で倒れこむシンを励まそうとルリは言う。


「すまん…、じゃ、じゃが『魔力制御』を覚えたお主なら人族の魔導士に教えを乞うこともできるじゃろう?そんなに気を落とさなくてもよいではないか!」


「うぅ…僕は今日魔法が使えると思って楽しみにしてたのにぃ…」


 楽しみからの落差でシンは涙を浮かべるほど落ち込んでいた。


「じゃあせめてルリの魔法をみせてよぉ…僕まだ魔法見たことないし…」


 教えるのは無理でも見せることぐらいはいいでしょ?とルリを見上げる


「う、うむ。それで気が済むのなら見せてやろう」


 シンの頼みを了承したルリは、シンから距離をとると魔法の準備を始めた。

 ルリの体を覆う魔力から放たれる光が強くなっていき、


「あれが、大気中の精霊ってやつなのかな?」


 光の粒たちがルリの魔力に共鳴するように光を強めた次の瞬間!

 上空に見たこともないほど巨大な竜巻が出現した。木々が倒れるほどの風圧にシンは木にしがみつきながらなんとか踏ん張った。ほどなくしてルリが魔法を解除して竜巻が消滅すると、初めて見た魔法にシンは興奮した様子でルリに駆け寄った。


「すごい!すごいよ!あれが魔法なんだね!」


 褒められたルリは尻尾を振りながら得意げな顔をした。


「そうじゃ!あれが風の上位精霊魔法の『『風狼咆哮撃フェンリルストーム』じゃ!』」


 シンは興奮冷めやらぬといった様子で聞いた。


「じゃ!、じゃあ!さっきルリの周りに浮かんでた光の粒みたいのが大気中の精霊なの?」


 シンの言葉を聞いてルリは目を丸くした。


「お、お、お主!大気の精霊が見えておるのか⁉あれは本来我のような精霊にしか視認することはできぬ存在じゃぞ⁉」


 どうやら大気中に漂う精霊というのは本来人族には見ることができないはずで、唯一エルフ族という種族のみが気配を察知できる程度だという。ちなみに同じ精霊であるルリは魔力で肉体を生成しているため、普通の人でも見えることができるらしい。逆に魔力を抑えれば姿を消すこともできるとか。


「と、とにかく!お主が本当に精霊を知覚しておるのなら、『精霊魔法』が使えるかもしれん!『精霊魔法』ならば我でも教えることができるぞ!」


「本当⁉やったーーーー!!!!」


 今すぐ魔法が学べることにシンは歓喜した。が、ひとしきり喜んだところでシンにはある懸念が浮かんだ。


「人族の僕が『精霊魔法』を使えるのってマズくない?他の人にバレたら面倒なことになるんじゃ…」


 シンの心配は当然だった。本来なら人族が使えるはずのない『精霊魔法』。それを扱う人族がいると知られると生きづらくなってしまうではないかとシンは考えているのだ。


 心配しているシンに「問題ない」とルリは一蹴する。


「精霊というのは普通は同じ精霊にしか見えん。人族の魔導士ごときに人族の魔法と『精霊魔法』の区別はつかんじゃろ」


 だからシンが『精霊魔法』を使ったとしても怪しまれることはないらしい。それを聞いてシンは安心した。これで気兼ねなく魔法を覚えることができる。


「それに『精霊魔法』は何かと利点が多い。」


 ルリは『精霊魔法』のメリットを教えてくれた。人族の魔法の手順は

 ①体内で魔力を練る

 ②発動する魔法をイメージする

 ③魔力を発動したい魔法に対応した属性に変換する

 ④構築した魔法を発動する


 という4つの過程が必要らしい。(ルリは知識として知っているだけで、教えられるほど理解はしていないが)

 一方で『精霊魔法』は③の魔力を属性に変換する行為を精霊が代わりにやってくれるらしい。ちなみに『属性』というのは、基本の『火』・『水』・『風』・『土』の四属性があり、高位の魔導士ならば複数の属性を掛け合わせて特殊な属性を生み出したりもできるとか。


また、魔族のみが『闇』という属性が使えるらしい。これらの属性に当てはまらないものは『無属性』と呼ばれる。

 話を戻すが、『精霊魔法』は通常の魔法よりも発動者が行う手順が一つ少なくなる。この一つの違いが魔法での戦闘で大きな差になるとルリは言う。


「さらに言えば『精霊魔法』のほうが同じ魔力量でも人族の魔法より単純に威力が高い」


『精霊魔法』は補助してくれる精霊たちが魔法の威力を底上げしてくれるようだ。

 何だよ!『精霊魔法』便利すぎだろ!これは覚えるしかない!


「ただ、」とルリはシンに注意する。


「精霊たちも無償で力を貸すわけではない。『精霊魔法』の対価として精霊は発動者の魔力を喰らう。」


『精霊魔法』では魔法の発動後に精霊が発動者の魔力の一部を吸収するそうだ。シンの魔力量ならそうそう魔力切れになることはないが、気を付けるに越したことはない。


だから、『精霊魔法』はできるだけ魔力に余力がある場合でしか使わない方がいいらしい。対価になる魔力が不足していると、代わりに発動者の寿命を吸収するそうだ。恐ろしい。


「注意事項も粗方伝えたところで、さっそく『精霊魔法』の指導に入るぞ!」


「よろしくお願いします!」


『精霊魔法』を使う上で重要な大気中の精霊は至る所にいる。精霊を知覚できる者が近くにいるとその魔力に引き寄せられるように精霊が周囲に集まってくる。集まってきた精霊たちに魔力を渡すように魔力を練ると精霊たちが自分が発動したい魔法の属性に魔力を変換してくれるようだ。


あとは魔法を撃ちだすようにイメージすると魔法が発動する。撃ちだすイメージを明確にするには魔法名を口に出すことが一般的らしい。慣れてくれば魔法名を思い浮かべるだけで魔法を発動できる。


「ではまずお主の属性の適性を調べる。」


 魔法の属性には一人一人適性があり、適性の無い属性の魔法はどんなに努力しても習得できないらしい。例外として『無属性』魔法だけは適性に関係なく習得が可能だという。


「適性はどうやって調べるの?」


「もっとも初歩的な魔法を使えるかどうかで判断するのじゃ」


 基本の四属性の初歩的な魔法は

『火』は『火球ファイヤーボール

『水』は『水球ウォーターボール

『風』は『風切ウィンドカット

『土』は『石礫ストーンショット

 である。


 シンはまず火属性から試した。シンの魔力に集まってきた精霊に魔力を与えるように魔力を練る。続けて『火球ファイヤーボール』を脳内でイメージすると精霊の放つ光が赤くなり始めた。


そして、魔法を撃ちだすようにイメージして『火球ファイヤーボール』と叫ぶとシンの突き出した掌からバレーボール大の火球が放たれた。発射された火球は正面の木に着弾し、あっという間に焼き尽くした。


「で、で、できた!できたよ!僕にも魔法が使えた!」


 待望の魔法を使うことができてシンのテンションは最高潮に達していた。ルリが見ているにもかかわらず嬉しさのあまりその場で謎の踊りを踊ってしまうほどにシンは感動していた。ルリがわざとらしく咳払いをするとシンはようやく正気に戻った。


「どうやら『火』の適性は十分じゃな。では続けろ!」


 気持ちを切り替えてシンは先ほどの感覚を忘れないうちに他の属性も試した。


 結果から言うと全ての基本属性の適性をシンは持っていた。これは中々にすごいことらしく、普通の人族の魔導士は二属性が殆どで、三属性の使い手はごく少数。四属性全ての適性を持つ者は人族やその他の種族を含めても数えるほどしかいない程だという。


これらの知識はルリが封印される1000前のモノであるため、現在では変わっているかもしれないが、それでも十分珍しいことは理解できた。


 ちなみにルリも四属性全ての適性があるらしく「我は超凄い精霊じゃから当然であろう!」と尻尾をぶんぶん振り回しながらドヤ顔で言ってきた。かわいい。


 各魔法を放った後に確かに精霊に魔力を吸われる感覚があったが、特に問題ないように感じた。しかし使う魔法が高位になるにつれて吸収される魔力も増えるため注意が必要だそうだ。


「やはりお主の魔法の才は素晴らしいな。我ほどではないが。このまま修行を続ければ間違いなく世界最強の魔導士に名を連ねることができるであろう。まぁ我には及ばないが。我にかかれば…」


 と、何か余計なことを挟みつつもルリはシンの才能を褒めてくれた。前世では誰かに褒められたことなんて無かった。異世界に来てまだ数日だが、ルリとの出会いで随分と自分の性格が明るくなってきたとシンは思っていた。


この数日だけでもシンはこの世界にやってきて良かったと心から思えるほど満足していた。ルリと始めるこれからの旅が愉快で心躍るものになるだろう、と隣でぶつぶつ自慢話を続けるルリを眺めながらシンは確信したのだった。

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