王国編

元社畜、王国の守護神と出会う

 目を覚ますとそこは森だった。

 神様の力で異世界で第二の人生を送ることになった蒼井 真あおい まことは、鬱蒼とした森の中に立っていた。


「てっきり新しく生まれ変わる転生だと思ってたけど、これは転移ってやつかな?体も前世の俺とほとんど同じだし…」


 真が前世で読んでいた漫画や小説の設定では、主人公は貴族の家系や優しい両親の元に転生してチートスキルを駆使して活躍する作品が多かったため、自分もそういった境遇に生まれ変わるものだと思い込んでいた。しかし、転移というのも悪くないと真は考えた。


「転生だと自立するまで時間がかかるだろうし、家柄が邪魔して自由にできない可能性もあるよな…なら転移の方が気楽で良いかもしれないな!」


 見知らぬ世界でいきなり独りぼっちという不安もあるが、自由な人生が待っていると考えると気持ちも前向きになる。前世の真では考えられない思考だった。


「よし!じゃあまずは何から始めようか?…あっ!そうだ魔法!僕魔法が使えるんだよね!」


 この世界には魔法が存在すると神様が言っていた。それに神様から魔法の適性が与えられているらしい真はさっそく魔法を使ってみようと考えた。…しかし…


「…で、魔法ってどうやって使うんだ?」


 魔法の使い方なんて真が知るわけがない。何しろ前世には存在しない技術だ。使い方がわからなければせっかく神様にもらった力も宝の持ち腐れである。真はどうにかして魔法を使おうと試行錯誤した。


漫画で登場する魔法の呪文を唱えてみたり、頭で念じてみたり、周りに人がいたら確実に不審者扱いをされそうな行動を数十分続けたところで真は冷静になった。


「はぁ、はぁ、一旦落ち着こう…我武者羅にやっても無理そうだ。魔法のことは後回しにして周囲を見て回ろう。」


 転移直後にいきなり魔法を試していたが、よくよく考えればここは深い森の中である。周りに何がいるかわからない。もしかしたら凶暴な肉食動物が潜んでいるかも…なんてことを考え始めると不安な気持ちが襲ってくる。


だが、いつまでもここに留まっている訳にもいかない。不安を抱えつつ真は行動を開始した。


「うぅ…ここは何処なんだ?神様も転移させるならもうちょっと人気のある場所にしてくれてもよかったのでは?」


 この場にいない神様へ少し愚痴をこぼしながら歩いていると森の中から抜け出して、開けた空間に出ていた。厳密にいえば森からは出ておらず、森の中にぽつんとできた公園ほどの土地に辿り着いた。


「わぁ…なんだここ…」


 ここだけ草木が生えておらず、土地の中心には石畳と、その上に置かれた身の丈よりも大きな岩が特徴的な空間だ。


「石畳…ここだけ明らかに人の手が加えられているよな…ってことは近くに人が住んでいるのかも!」


 などと淡い期待を抱いた真だが、ここに来るまで人はおろか動物の一匹すら見ていない。もっと言うと鳥の鳴き声一つ聞こえてこない不気味なほど静かな森である。聞こえてくるのは風の音だけ。


「はぁ…やっぱり誰もいないよな~」


 っとがっかりして真は石畳の上の大きな岩に手をついた。その瞬間、岩に亀裂が入り隙間から光が溢れ出した。


「えっ⁉な、なに⁉僕、何かしたの⁉」


 驚きのあまり真はその場で腰を抜かしてしまった。岩から漏れ出す光が段々大きくなり、次第に岩の形が変化していった。巨岩からの閃光によって真は目を開けていられなくなり、手で目を覆い、顔を背けた。


暫くして光が落ち着くと、真の目の前には先ほどの岩の姿は無く、代わりに…


「えっ?い、犬?」


 真の視線の先には大型犬ほどのサイズをした犬?のような生物が佇んでいた。美しい白銀の毛並みと長い尻尾、吸い込まれそうな程の深い青色をした瞳が目立つその存在は真の発言に怒りを覚えたようで声を荒げた。


「貴様!犬とはなんだ!犬とはっ!狼も知らんのかこの阿呆!」


 いきなり狼が喋り始めたこと、怒鳴りつけられたことに真の脳は処理に手間取っていた。


「す、すみません!えっ、狼?狼ってこんな見た目なの?昔図鑑で見たときとは随分違う感じがするけど…っていやいや!そもそも動物が話せるわけなくないか⁉」


「何を訳のわからんことをごちゃごちゃ言っておるのだ!我をその辺の犬畜生と同じにするでないわ!我は神聖な白狼族!精霊であるぞ!言葉を話せて当然だろ!」


 怒鳴られた挙句に白狼族だの精霊だの言われて真の頭はパンク寸前だった。続けて狼は真にギャンギャンと吠えているが真の耳には届いていなかった。


目を閉じて状況を理解することに努め、ここが前世と違うファンタジーの世界であることを理由にして、目の前の喋る狼のことも「ファンタジーの狼だから喋るのは普通、普通」と無理やり理解した。再び目を開けると狼はまだ吠えていた。


「―であるから…って貴様聞いておるのか!」


「すみません!実はこの世界に来たばかりで混乱しておりまして…」


 深々と頭を下げる真に対して調子が狂ったのか、狼は怒鳴るのを止めて落ち着いた口調で話し始めた。


「ほぉ…貴様異世界からの使者だったのか。通りで我の封印が解かれたわけだ。」


 狼は一人で勝手に納得している様子だったが、真にはさっぱり理解できなかった。異世界からの使者?封印?どういうことだろう。


「あ、あの僕は使者なんて大層な者じゃなくてただ単にこの世界に転移してきただけの人間です!そ、それにさっきの封印って何ですか?」


真があたふたしていると、狼は呆れた様子で言った。


「質問は一つずつにしろ。ではまず使者についてじゃが、異世界からこちらに渡ってくる者は総じて使者と呼ばれておる。役割の有無に関係なくな。異世界から来た者は強大な魔力を有していることが多い。貴様もそのようだな、小僧。」


 なるほど、では自分はこの世界では「異世界からの使者」という存在なのか。ふむふむと頷く真に狼は続けた。


「そして封印というのは、我が封じられていた岩のことじゃ。我は1000年ほどここに封印されていた。人族の王によってな。貴様はその封印を解いたのじゃ。」


 封印を解いた?僕が?…って何もしてないけど⁉岩ってさっきちょっと手を付いただけだし、そんなことで解けるくらい脆い封印だったの⁉


あっ、でもさっき異世界から来た人は魔力が多いとか言ってたような気がするからそれが関係してるのかな?全く考えが追い付かないけど。真が理解ができないといった顔をしていると、


「小僧、貴様は自分の力に気付いていないのか?」


「僕の力?確かにこの世界に送られるときに神様から魔法の適性は与えられましたけど、魔法の使い方が全くわからなくて…それに岩にも少し手を触れた程度ですよ?そんな簡単に封印って解けるんですか?」


 すると、


「あっはっはっはっはっ!」


 真の発言に狼は大笑いした。


「貴様は愉快な奴だな!それほどまでの魔力を持ちながら魔法の使い方がわからないと言うかっ!」


 さっきも言ってたけど僕の魔力?ってそんなにすごいの?魔法を使うためのエネルギーのようなものってことは前世のオタク知識で何となくわかる。でも自分がどの程度その魔力を持っているかはわからない。


それに魔力って見えるものなの?まださっぱり理解できていない様子の真に狼は説明した。


「よいか?魔力というのは魔法を行使するための力の源のことで魔法の適性に関わらず全ての生物が体内に有しておる。その魔力を己の意志で自由に扱う者のことを魔導士と呼ぶ。魔導士は魔力を視認する技術を身に着け、魔力の量から相手のおおよその力量を把握することができるのじゃ。まぁ我は人と違って精霊じゃから生まれつき魔力を見ることができておるがな。ちなみに貴様から溢れ出る魔力量は人の域を軽く超えておる。神でも殺すつもりか?」


 狼の言葉に真は言葉を失った。えっ…僕ってそんなにヤバいの?

神様…確かに僕は魔法を使いたいと言いました。


…でも、ここまでしろとは言ってません!!!!!!!!サービスしすぎです!自由な人生を送るどころか人じゃなくなってます!!!!!!

 

心の中で絶叫する真を無視して狼は説明を続ける。


「とにかく我の封印は貴様の膨大な魔力に当てられて無理やり解かれたのじゃ。まぁ1000年前の封印というのもあって多少なりとも劣化はしていたじゃろうが、それでもあと1000年は破られない強度をしておったはずじゃ。」


 狼の説明に本日何度目かわからない脳のパンクを経て、真の頭には一つの疑問が浮かんだ。

 

そんな頑丈な封印をされていたこの狼ってもしかして相当ヤバいやつなんじゃ…

 背中に冷や汗を滲ませながら真は狼に恐る恐る質問した。


「あ、あの~そもそも何であなたは封印されていたんですか?」


 真の質問に狼は涼しい顔で答えた。


「することなくなって暇になったから封印されてやった。封印中は腹も空かんしな。」


 予想外の答えに真は目を丸くした。流石に説明が足りなさすぎるだろ!それって理由になってるのか?この説明だけでは何もわからないので、真は詳しい説明を狼に求めた。狼はしぶしぶ詳細な説明を始めた。


 聞いたところによると、古くからこの森は狼が支配する土地だったらしい。土地に侵入する外敵を倒していたところ、この森の南に位置する人間が治める国「イスタリア王国」を結果的に守っていることになっていたのだとか。そしてイスタリアの王家から勝手に王国の守護神として拝められていたのだ。


森の遥か北には「魔族」という凶暴な種族が住んでおり、古くから人々は魔族からの侵攻を恐れていた。イスタリア王国は狼の森が盾になっていたため魔族の侵攻を受けなかった。そして1000年前、魔族を束ねる「魔王」が死亡。魔族は侵攻を中止し、人々の恐怖は消え去った。


しかし、今度は魔王に変わる脅威として狼が王国の民に恐れられた。魔族の次は自分たちが狼の獲物になることを恐れた王家は狼を封印すべく森を訪れた。狼は魔族の侵攻も無く暇で、することもなかったので、封印の提案をすんなり受け入れたらしい。


さらに言えば、狼はいつでも自力で封印を解くことはできたらしく、今日まで解かなかったのは単に寝ていただけらしい。


「つまり貴方は何か悪さをしたわけではなく、自分の意志で封印されていたというわけですね?」


「うむ、そういうことじゃな!安心せぇ!人の子など食わんわ!食通の我を見くびるでない!」


 何はともあれ危ない奴ではないことがわかり真は安堵した。そして狼が真に尋ねる。


「我のことは話したぞ。今度は貴様の番じゃ!」


 相手のことばかり根掘り葉掘り聞くのはフェアじゃないと判断した真は自分のこれまでの経緯について話した。


前の世界で若くして死んでしまったこと。神様に異世界で自由な人生を送ることを勧められたこと。目が覚めると森の中にいたこと。一通り話し終えた真に狼は言う。


「自由に生きると言ってもな小僧、このままでは人として生きていくことはできんぞ」


 それは真も理解していた。先ほど真の魔力は人の領域を超えていることを知らされた。魔力を見ることができるのは魔導士だけらしいが、このままだと確実に面倒なことになる。どうしたものかと頭を悩ませていると、


「我が魔力の制御方法を教えてやってもいいぞ」


「ほ、本当ですか⁉」


 狼からの提案に真は興奮した。


「ただし、条件がある。」


「条件、ですか…何でしょう?」


「我も貴様の旅に連れていけ」


「へ?」


 予想外の条件に真は間抜けな声を出してしまった。


「我はここにいても特にすることがない。それに1000年間封印されていたから世界がどのような変化を遂げたのか気になる。だから貴様に同行し共に世界を見てみたいのじゃ。」


それに貴様といると面白そうじゃしな、っと言う狼に真は答えた。


「わかりました。じゃあ一緒に世界を見て回りましょう!ちょうど一人だと心細いと思っていましたし。」


「決まりじゃな。ならば契約じゃ。」


「契約?」


 契約とは何のことだろうと首を傾げていると


「我のような精霊は基本的に生まれた土地で生涯生きていく。豊富な魔力に満ちている土地から力を得ることで存在を保っているんじゃ。我にとってはこの森じゃな。」


「じゃあここから動けないじゃないですか!」


「話は最後まで聞け!例外もあるんじゃ。土地の代わりに他者の魔力を得ることでも生きていくことができる。ただ《《普通の》》魔力量なら相手が干からびて死ぬがな。」


 そこで真はピンときた。


「僕の魔力量なら大丈夫ってことですね?」


「そうじゃ。小僧の魔力量なら問題なく我も存在することができ、小僧も死ぬことはない。そして両者の間に魔力を受け渡す道をつくる儀式が契約なのじゃ。」


「わかりました。じゃあ契約しましょう!どうやってするんですか?」


「お互いの魔力をお互いが取り込むことで契約は成立する。」


 魔力を取り込むと言われても真は魔力を見ることも感じることできない。手詰まりかと思われたが、


「貴様ほど魔法の適性があるものならすぐに魔力を知覚することができるはずじゃ。意識を自分の内側に向けて集中しろ。そして力の流れが血管を通って全身を巡ることを想像するのじゃ」


 言われた通りに真は集中した。血の流れのように魔力が体全身を循環するイメージを強く持つと何かを感じ取ることができた。目を開けると淡い光のようなものが全身から立ち上っているのが視認できた。


…これヤバくね?この光一体どこまで伸びてるの?真の光は空高くに伸びていた。目立ちまくりである。狼の方を見てみると、狼の光は体の周囲に留まっていた。これが魔力の制御というものだろうか?


「見えたか?それが魔力じゃ。自分がいかに規格外かわかったか?貴様も修行すれば我のように魔力を制御することができる。では、このまま契約に移るぞ!」


 狼は自分の魔力の一部をシャボン玉のように切り離して真の前に差し出した。


「では、目の前の我の魔力を飲み込め!貴様の魔力は勝手に我がかじり取る!」


 指示された通りに真は狼の魔力を飲み込んだ。狼も真の魔力の一部にかみついて魔力を吸収した。その直後、真の中に狼の魔力が入ってくるのを感じた。温かみのある狼の魔力が体に浸透していくのがわかった。


「よし、これで契約完了じゃな!では、我に名を付けてくれ。」


「名前?」


「契約者に名を付けられることで両者の結びつきを強固にするのじゃ。名づけによって魔力の受け渡しの効率も良くなる。」


 なるほど、そういうことなら立派な名前を付けてあげねば。どんな名前がふさわしいだろうか。白いから「シロ」というのは安直な気がするし、狼にちなんだ名前にした方がかっこいいだろうか。あれこれ考えていると、狼の綺麗な瞳と目が合った。そして、


「…『ルリ』。ルリって名前はどうだろう?」


「ルリ?それはどういう意味の言葉だ?」


「僕の元居た世界で青を意味する言葉の一つだよ。君の綺麗な青の瞳からとったんだけど…ダメですか?」


 少しの沈黙の後に狼は答えた。


「よい!よいぞ!気に入った!我はこれからルリと名乗ろう!」


「良かったぁ~名づけとかしたことないから緊張した~」


 ルリは新しい名前を気に入ったようで長い尻尾をぶんぶん振り回していた。ちょっとかわいい…///


「では小僧、貴様の名前も付けてやろう!」


「えっ?僕も?」


「なんだ?我に名付けられるのは不満か?」


 ルリは不機嫌そうな顔をする


「いやいや!ぜひお願いするよ!」


「よーし、立派な名を考えてやる!」


 ルリは数分考えた後に口を開いた。


「よし!決めたぞ!貴様の新たな名は『シン』だ!」


「シン?」


「あぁそうだ!自分に正直に、新しく生きよという意味を込めたぞ!どうだ?立派な名だろう?」


 狼の言葉に真は無意識に涙を流していた。元々の名前の「真」と意味は被る部分があるが(というか真の読み方変えただけだけど)、たまらなく嬉しかった。


「ありがとうっ…!立派な…名前を付けてくれてっ…!!」


「泣くほど喜ばれると照れるではないか…///」


 ルリは深呼吸をしてシンに言う


「ではシン!これから共に世界を旅するぞ!貴様の自由な人生とやらを我が見届けてやる!」


「うん!一緒にいろんな所を旅しよう、ルリ!」


 こうして元社畜と王国の守護神という奇妙な組み合わせの一人と一匹による異世界を巡る旅が幕を開けるのだった…



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