一人と一匹の異世界紀行~気ままに生きることを決めた元社畜ですが、どうやら世間は許してくれないようです~
シノ谷
プロローグ
「つまらない人生だったな」
高校を卒業後、ブラック企業に就職した真の日々は自由という言葉の対局にあった。早朝に出社してから遅くまで残業。家に帰るのは深夜になることが殆どだった。
加えて人の頼みを断れない性格が災いし、休みを返上して仕事に打ち込むことも珍しくなかった。そんな生活を続けていれば体がもつはずもなく、真は23歳という若さでこの世を去った。
死因は間違いなく過労だろう。帰宅してから倒れこむようにベッドに入り、そのまま眠るように息を引き取った。
「…というか何で僕はまだ意識があるんだ?」
自分の人生を振り返っていた真は我に返って自分の今の状況に疑問を抱いた。人は死んだらこんな風に意識を保ったままでいることができるのか?それともこれは夢で自分は死んでいないのか?目が覚めたらまた社畜生活が待っているのか?などと考えを巡らせていると、
「いいえ、貴方はすでに亡くなっています。意識があるのは私が特別に許可したからです。」
いきなり聞こえてきた声の方向に真は慌てて顔を向ける。まぁ向ける顔はないんだけどね…っと自分にツッコミながら。視線の先には人型のシルエットに白いもやのようなものがかかっている存在が立っていた。
気付けば今いる場所もさっきまでいた自分の部屋から真っ白な空間に変わっている。
「あ、あの貴方は誰ですか?人ではないですよね?」
声は若い女性のものだが、見た目が明らかに人とは違う。魂?だけの真が言えたことではないが。真の質問に人型の存在が答える。
「おっしゃる通り私は人ではありません。私はこの世界を治める神です。真さんと話をするために真さんの魂を私が住む空間に招きました。」
「神様、ですか。普段なら絶対信じませんけど、今の状況が自分の理解を超えてるので神と言われてもあまり驚かないですね。」
「突然ですみません。私もいきなり信じてくれとは言えませんが、とにかく私の神としての力で死亡した真さんの魂と話す場を設けました。」
状況は全く整理できていないが、常識外のことが目の前で起こりすぎているので真は深く考えることを止めて神と名乗る存在の話を聞くことにした。
「で、神様はどんな用件で僕を呼んだんですか?」
「はい、以前私が下界の様子を眺めていた際に真さんを偶然見つけました。」
顔は見えないが神様が悲しそうな表情をしていると真は感じた。
「貴方は人間としての幸せを一切感じていませんでした。自分を犠牲にして過ごすことが当たり前の生活を送る貴方の心は死んでいるも同然でした…」
神様はとても悲しそうな声で続けた。
「そして貴方は幸せを享受することなく人生を終えてしまった…私はそんな貴方を神として見過ごすことができなかったっ!」
そして一呼吸おいてから神様は真に提案した。
「真さん。もう一度生きるつもりはありませんか?今度は貴方が自由にやりたいことをする人生を歩んでみませんか?」
自由にやりたいことをする人生という言葉に真は惹かれた。しかし、真はその提案に即答することができなかった。第2の自由な人生。それは魅力的な誘いだ。ただ真の前世は辛く苦しいものでしかなかった。
生きるという行為が辛いものだった真にとって再び生きる選択をすることは容易ではない。悩む真に神様は続けて提案する。
「真さんが生き返る世界はこれまでと同じ世界ではありません。全く別の世界、いわゆる異世界です。」
神様の言葉に真の魂がビクンと反応した。「異世界」、その手の単語が出てくる漫画や小説を真は読んだことがある。全く別の世界で主人公が仲間と冒険をしたりスローライフを送ったりする光景に真は少なからず憧れていた。
自分もこんな世界なら違った人生を送れたかもしれないと妄想したこともあった。
「ちなみにその世界は魔法という概念がある世界です。真さんの世界でも魔法が登場する創作物がありますよね?それらとおおよそ同じ技術だと思っていただいて大丈夫です。」
魔法、その単語を聞いて真は異世界に興味津々になっていた。
「あの、魔法は僕にも使えるんでしょうか?」
魔法がある世界に行くなら自分も使ってみたい。魔法を駆使して自由に生きたいと真は考えた。真の質問に対して神様は嬉しそうに答えた。
「もちろんです!真さんが自由に生きていけるように私の力で魔法の適性を高めることもできますよ!」
その言葉を聞いて真は決意した。
「わかりました。僕、異世界で新たな人生を送ろうと思います。そこで前世でできなかった自由気ままな生活をしたいです!」
真が答えた瞬間、真の足元が光り始めた。驚いてる真に神様は語りかけた。
「私の提案を受け入れてくれてありがとう、真さん。私は苦しんでいる貴方を助けることができずに後悔していました。生きている人間に私は干渉することができませんから…。ですが、このような形で貴方の力になることができて少し救われた気持ちになります。私にできるのはここまでですが、次の貴方の人生が素晴らしいものになるようこの場所から祈っています!」
少し涙ぐんでいるような声の神様に真は言う
「僕の方こそありがとうございます!神様がくれた新しい人生を目一杯楽しもうと思います!それじゃあ行ってきます!」
神様に向けて心の中で手を振った真の意識はその直後、光の中へと吸い込まれた…
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