第13話 霊術・能力の訓練 上
それから翌日。
早速と言わんばかりに、祈は両親とエヴァリアと共に近くの山中にあるちょっとした広場に来ていた。
「さ、まずは……そうだね。霊力の扱い方を学ぼうか」
「能力が先じゃないの?」
「そうだよ。魔物相手に戦うと言うのは、まずは霊力の基礎を覚えてから。これは、異戦武家の人たちが最初にすることなんだ」
「それはどうして?」
「魔物と戦うという事は、命のやり取りをするということでもある。しかし、いくら異戦武家とは言っても、身体能力はどうしたって人間の枠に収まっているんだ。鍛えればそれなりにはなるかもしれないけど、どうしたって強力な力を持つ魔物には太刀打ちできない。そこで、霊力の出番なんだ」
「えっと……?」
「霊力はね、別に霊術を使うためだけにあるわけじゃないんだ。昨日、『体霊術』というものを話したね?」
「うん。たしか、体に直接作用させる霊術、だっけ?」
祈は口元に指を当てながら、昨日のことを思い出し、蓮太郎の問いに答える。
それを聞いて、蓮太郎は一つ頷き、説明を続ける。
「その通り。その中には、霊力を体に循環させて、身体能力を大幅に向上させることができるんだ。そしてこれが、魔物と戦う上で必ず必要になる霊術なんだ。だから最初は、この霊術から学んでもらう」
「うん! えっと、そうなると、霊力を感じ取るところから、かな?」
「その通り。祈は理解が早くて助かるよ。いいかい? 霊力は、体の中にある――」
蓮太郎は霊力のことについて、説明していたが、祈は自分の体に意識を集中させていた。
周囲の音が一切聞こえなくなるほどの集中力だ。
しばらく体の中に意識を向けていると、ふと、暖かくも力強い何かを祈は感じ取った。
すると、祈はその何かを試しに動かしてみようと思い、蓮太郎が話した通り、体を循環させようとした。
果たして、それは成功した。
「わわ、すっごく体が軽い!」
「というもので――って、い、祈!?」
説明に集中していた蓮太郎だったが、目の前で起こっている光景に、思わず大きな声を出して瞠目した。
なんと、祈が明らかに人外の動きをしていたのだ。
少し跳べば十メートル以上は跳び上がり、軽く走ろうとすれば、陸上選手もかくやと言わんばかりの速度で走り回っていた。
明らかに、人間離れした身体能力だ。
「お、驚いた……祈、もう霊力を扱えるようになったのかい? それとも、実はこっそり練習していたとか?」
「ううん? 今初めて使ったよ~」
驚く蓮太郎とは正反対に、祈はぽわぽわとした笑顔で答える。
「そ、そうかい。……才能があったのかな?」
「……ふむ。かなりの強化率。向こうの人間でも、いきなりあのレベルで強化するものは滅多におらぬ。すごいぞ、祈よ」
「ほんと? ありがとう」
えへへ、とエヴァリアに褒められて嬉しそうに笑う。
ちなみにだが、エヴァリアが話したことは事実であり、実際、向こうの世界でも魔力を使って身体能力を強化できるが、最初は今の祈ほどではない。
というか、割と熟練の者がするレベルだ。
「じゃあ次は私ね~。祈ちゃん、霊術の練習よ~」
「うん!」
というわけで、一瞬で霊力の扱いができるようになってしまったので、予定を大きく前倒しして、霊術を学ぶことに。
「いい? 霊術はね、霊力を自分が望む形にして使うの。例えば、火にしたいと思えば、そう望みながら霊力を変換させて、火を出すの。試しに……水を出してみましょうか。水なら被害も少ないから」
「うん。やってみる」
雪葉に言われるがまま、祈は先ほど霊力を操作した要領で、水を出そうと望んでみる。
しかし……。
「あれ? 出ない……」
水が出ることはなかった。
水を出したいと思っても、上手くいかず、何も出現しない。
霊力の操作はできているのだが、そこまでで終わってしまう。
うーん? と首をかしげると、軽く笑いながら雪葉がアドバイスをする。
「祈ちゃん、霊力を操作して望むだけじゃ霊術は使えないの。まずは、体の中の霊力を体外に出して、それを操作するの。そして、それを自分が望む形にして、ようやく霊術の初歩になるのよ~」
「なるほど……やってみる!」
祈は、雪葉のアドバイスを受けて、言われたとおりにしてみる。
自分の体の中にある、霊力を操作し、手の平から放出するように動かしてみる。
最初は、出した瞬間に霧散するか、コントロールから離れてどこかへ行ってしまったが、何度も回数を重ねるごとに、徐々に体外の霊力を操れるようになってくる。
大体数時間ほど経った頃には、祈はすでに体外の霊力を上手く操れるようになっていた。
しかし、今回するのは霊力の操作ではなく、霊術の使用。
ここから、水に変化させなければならない。
一度昼休憩を挟んでから再開し、祈はなんとか水にしようと試みた。
そうすること、さらに二時間。
祈が体外に出していた霊力に変化が訪れる。
「あ、できた……できたよ!」
なんと、祈の手の平に野球ボールほどの水の球が浮かんでいたのだ。
これには、二人も思わずびっくり。
「も、もうできたのかい?」
「うん! でも、結構時間がかかっちゃった。もうすぐ夜だし……」
と、祈は時間がかかったと思っているが、むしろ逆である。
本来、霊術を扱うには、かなりの時間を必要とする。
それこそ、大雅たちが幼少の頃から戦いを教わるように、長い時間がかかるのだ。
たしかに、祈のように短い時間で霊術を少なからず使えるようになる者もいる。
実際、紫月なんかがそうだ。
しかし、そんなのは稀であり、そうそうあることではない。
他の異戦武家や補佐の家の者も、かなりの修練を積んである程度の使用が可能になるのに、こうも短時間で扱えるようになるのは、はっきり言って異常である。
が、この状況に関して、蓮太郎は心当たりがあった。
(これ、どう見ても雪葉さんの遺伝子だよなぁ……)
と。
異戦補佐としても異常なまでに強い雪葉の遺伝子は、こういう形で祈に表れていたようである。
「そうだね……ただ、時間的にはちょうどいいか」
「ちょうどいい?」
「うん。もうすぐ夜。この時間帯になると、この山では幽霊が出るんだ」
これ幸いにとばかりに、蓮太郎は幽霊が出ると告げる。
一般的な感性の者なら、これを聞いたら多少なりとも怖がるのだろうが、相手は祈である。
「おばけっているの?」
このように、まずお化けが存在するのかどうかを気にした。
「もちろん。幽霊とは、言ってしまえば魂が成仏しきれなくて残る存在なんだ。成仏しきれない理由はいろいろあるけど……まあ、大体は未練だね。もしくは恨みとか」
「よく聞くお話だね。じゃあ、ここに出る幽霊もそうなの?」
「ん~、その辺りはまちまち。恨みで残っている場合もあれば、なぜ残っているのか不明な場合もある。自分の未練を憶えている場合の方が少ないからね」
「憶えてないの?」
「あぁ。幽霊はね、基本的に一番強く印象に残っている光景を憶えているんだけど、大体は自分が死ぬ時と、強い恨みに起因することを憶えているんだ」
「へぇ~」
初めて聞く幽霊事情に、祈は興味深そうだ。
よく見れば、どこかわくわくしているようにも見える。
「それで、この話がどう関係するかと言えば……俺と祈の浄化の力は、幽霊相手にも通用するんだ」
「幽霊にも? そもそも、浄化ってどういった人に効くの?」
「あー、そうだね……大きく効くのは、幽霊や魔物かな。後は、エヴァリアさんのような、魔族と呼ばれる人たちにも有効だね」
「エヴァちゃんに効くの?」
「ん? そうじゃな……まだ、その浄化の力とやらを見たわけではないので、効くかどうかはわからぬが、浄化という能力名から察するに、おそらく効くと思うぞ」
「そうなんだ~」
能力名からある程度の効果を予測し、効くと答えると、祈は割と軽い反応だった。
まあ、祈もよく知らないので。
「っと、そう言えば祈は、幽霊を見たことはあるかい?」
「おばけ? ん~…………そういえばないかも? 霊感がないのかな?」
蓮太郎に尋ねられた祈は、自分の記憶を掘り起こしてみるも、特に幽霊を見たという記憶がなく、霊感がないかもしれないと答える。
「そうなんだね。でも、霊感は間違いなくあるはずだよ?」
「え?」
「だって君は、異戦武家だ。そもそも、霊感というのは、霊力の保有量によって強さが変わってね。君はかなりの量を持っているから、間違いなく持っているはず。おそらく、はっきり見えすぎたせいで、幽霊を幽霊だと認識していなかっただけで、実は見ていたのかもしれないよ?」
「あ、そういうのもあるんだ。それじゃあ、もう一回思い出してみるね」
「そうするといいよ」
蓮太郎の説明を受けて、祈は再び記憶を探る。
しかし、自分が幽霊だと断言できるような存在は思い浮かばなかった。
なので、ちょっと変わった人を上げることにした。
「えっと……幽霊かどうかはわからないけど、鬼みたいなとっても怖い顔をした女の人に、全身傷だらけの男の人に、手足がおかしな方に曲がっちゃってる女の人、公園のベンチにずっといる男の人に、武士? みたいな恰好をしてた男の人に、びしょびしょに濡れてて道路にいつも立ってた女の人に、他にも――」
「「それ幽霊っ!」」
やや上を見ながらちょっと変わった人(祈から見て)を上げていくと、その途中で両親からのツッコミが入った。
「そうなの?」
祈はきょとんとした。
「むしろそれでどうして幽霊だと思わないんだい……?」
幽霊だと認識していなかった祈に、蓮太郎は苦い顔をした。
自分の息子、鈍感過ぎない?
と。
「え~っとね? ぼくが見たその人たち、なんだか怖い雰囲気を纏ってたんだけど……」
「「「けど?」」」
さすがにこの話はエヴァリアも気になったのか、二人と一緒に興味深そうに聞いていた。
「ぼくが話しかけると、みんな険しい表情とか怖い雰囲気を消してくれるの。それで、すごく優しくなってくれて、ぼくが笑顔でお礼を言ったりするとそのままどこか行っちゃって……もう一度会いに行こうとすると、いなくなっちゃってたの」
にこにこと、当時のことを話すと、
「「「いやそれ幽霊!?」」」
三人揃ってツッコんだ。
「そうだったんだ~」
祈は特に動じなかった。
というか、すごいね~、くらいの反応である。
感情が薄いのかと思われてもおかしくないくらいだ。
「……それにしても、あなた? 今の話を聞く限りだと多分……」
「あぁ、そうだね。……祈」
「なぁに?」
「君は多分、無意識で浄化の力を使っていると思う」
「……え、そうなの!?」
ド直球に力を使っていると言われた祈は、さすがに驚いた。
まあ、無理もないだろう。
何せ、つい先日知った家の事情且つ、自分に存在する能力を、既に使用していると言われたのだから。
「だから多分、祈ならコツを掴めばすぐに使えると思うよ」
「ほんと?」
「ほんとさ。だから、すぐにできると思うよ?」
「うん! じゃあ、早速お願いします!」
「うん、任せて」
というわけで、早速能力の使い方の講義が始まった。
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