第11話 温かな時間と両親の帰宅

 そして、祈が定めた範囲の勉強を終えた祈は、簡単なおやつを作ってエヴァリアと食してのんびりとしていた。


 その途中、ぽかぽかとした陽気に当てられたのか、祈はうつらうつらとし始め、今にも眠ってしまいそうな、そんな状態になっていた。

 眠そうな祈を見たエヴァリアは、一瞬だけ考える素振りを見せ、意を決して祈に話しかける。


「祈よ。眠いのならば、妾の膝を貸すぞ」

「エヴァちゃん……?」

「たしか、膝枕という奴だ。どうじゃ? おぬしがよければいくらでも貸すぞ」


 ぽんぽんと自身の太腿を叩き、微笑みを浮かべながらそう言うエヴァリア。


「あ、うん……じゃあ、お言葉に甘えて……」


 そんなエヴァリアの提案に、割と睡魔が限界に達していた祈は、その言葉に甘えてエヴァリアの膝に頭を預けた。


「どうじゃ?」

「うん……なんだか、おち、つ……く…………すぅ……すぅ……」


 頭を預けた直後に、柔らかく、それでいて安心するエヴァリアの膝枕に、祈はすんなりと眠りに落ちた。


 本人的には、男から女の体になったことを喜んでいたものの、それでも慣れない環境に疲れは溜まるもの。

 実際、一日の間で生活してみて、精神的疲労も割とあったのだ。


 それにより、祈はエヴァリアの膝でぐっすりと眠りだした。


「ふふ、寝顔が可愛いな……。まさか、異世界の地にて、こうも好みドンピシャの者と共に暮らせるようになるなど、思いもしなかったな」


 安らかな表情で眠る祈の頭を優しくなでながら、独り言を零す。

 その声には、嬉しさが多分に含まれていた。


(そもそも、妾に対等な存在など、今はもう、いないからな……)


 元の世界のことを思い出し、エヴァリアは心の中で呟く。


 エヴァリアは生まれてから、所謂貴族的な立場の存在……というわけではなく、二つの種族の間に生まれた存在で、言ってしまえば庶民のような立場であった。

 しかし、エヴァリアには生まれに似合わず、強い才覚が眠っていた。


 それを自覚したのは、幼少の頃。

 試しに魔法を使用してみたら、基礎魔法の時点で強力な一撃となったのだ。

 それから、エヴァリアは住んでいた町を治めていた者に見出され、魔法やそれ以外の知識を学んだ。

 その結果、その町で最も強い存在となった。


 町において、エヴァリアはかなり慕われ、頼られる存在へと成長し、いつしか魔王が直接治める地へ行くことになる。

 そうして、魔王の元で働きつつ、給金を実家に送り生活していた。

 ……そんな折、エヴァリアは故郷の町が、別の町に住む魔族たちに攻め滅ぼされるという話を偶然にも耳にする。


 それを聞いた瞬間、エヴァリアは仕事を放り出し、大慌てで故郷へと向かった。


 そこには、穏やかだった町とは思えないほどに、凄惨な光景と化した町の姿があった。

 家は燃え、倒壊し、ところどころにピクリとも動かずに倒れている魔族たちの姿も数多く存在した。


 そんなボロボロの街を見て、エヴァリアは強く絶望した。

 思わず膝をついて打ちひしがれ、茫然と見つめる。


 しかし、エヴァリアは気を持ち直して、諦めずに生存者がいないかを確認して回った。

 その結果、何とか自身の母親を含めた数名の魔族が何とか生き延びていた。


 ……だが、エヴァリアの父親や、彼女と親しかった者など、町のほとんどの命は失われてしまっていた。

 なぜ滅ぼされねばならなかったのか、そんな疑問が頭をよぎったエヴァリアに、生き残った者たちが話した。


『魔王の命令だった』


 と。


 つまり、攻め滅ぼされたのは今の魔王の命令で、しかもその理由が、この一件を人間に扇動された魔族たちの暴挙に仕立て上げ、人間への恨みを植え付けることで、エヴァリアを完全に自身の配下に置くためだったのだ。


 これに激怒したエヴァリアは、こんなことを二度とさせないために、いつか魔王を打倒することを誓った。

 それから、表面上では魔王に従いつつも、着々と力を身に着けていったエヴァリアは、ついに魔王を凌駕するほどの力や技量を長い時間をかけて身に着けることに成功。

 その力を持って、魔王を討伐し、現在の魔王となった。


 魔王となってからは、激動の時を過ごした。

 自身の地位は最高のものとなり、誰もがかしずく、そのような状態へ変化し、気が付けば魔族のほぼ全てが対等ではなく、魔王と配下という関係になってしまっていた。


 以来、エヴァリアにあった唯一の対等であり、甘えられる存在は母親だけだったのだが……母親は、病に倒れてしまい、それ以降は一人となってしまった。


 故に、異世界へ来た経緯自体は癪なれど、好みの相手と共に暮らせるようになり、尚且つ平穏で、対等な関係でいられることが、酷く嬉しく思っているのだ。

 自身の足にある重みも、なんとも心地よく、ずっとこうしていたいと思えるほどだ。


「ふむ……時折変装して城下町に行き、膝枕をする魔族を見ることがあったが……なるほど、する方はこのような安らかな気持ちだったのじゃな」


 などと呟く。


 エヴァリアはたまに、自分が治める国が大丈夫なのかどうかを確かめるために、お忍びで街に降りることがあった。

 その際に、魔族のカップルがこうしているのを見て、どんな気持ちなのか気になっていた。

 それを今、祈を膝枕することで実感したのである。


「……本当に、おぬしは優しい存在じゃな。妾の心の穴も埋めてくれた。僅か一日で。……向こうの人間の国々も、祈やあの者たちのような者ばかりであれば、どれほどよかったことか……」


 向こうの世界の人間を思い出し、苦い顔をする。

 真っ先に思い浮かんだのは、自身を闇討ちし、祈を殺そうとしたあのクソ勇者である。

 その次は、勇者を雇った国の王。

 次に別の国……と、自身が知る限りの最悪な国や人間を思い浮かべた。


 まともなのは小国のみで、取引も魔族の国に近い小国のみ。

 小国の人間たちはまともどころか、心優しい者たちが多く、エヴァリアは心底喜び、安堵した。


 しかし、そんな小国を差し引いてもあまりあるクソっぷりが、他の国々にあった。

 割合的には、善が3に対し、悪は6。

 本当にこのレベルだ。


 幸い、中立に位置する亜人族たちは冷静で、穏やかなのが救いだろう。

 というか、その亜人族たちはほぼほぼ魔族……というより、エヴァリアに協力的なのだが。


 それを思い返すだけで、エヴァリアは残念な気持ちになる。

 こっちと向こう、一体何が違うのか、と。


「まあよい。しばらくは帰れそうにない。ならば、こちらの世界を満喫するとしよう。……帰還したら、あのクズにはお灸を据えねばな」


 くくく、と悪い笑みを零すエヴァリア。

 自身が殺されかけたことよりも、祈を殺そうとしたことに対しての方が、かなりご立腹なようだ。


「…………む? 祈たちに似た気配がこちらに向かっているな……これは一体……」


 ふと、祈たちに似た気配をエヴァリアは感じ取った。

 距離的には、もう数十メートル程度。

 その気配を感じながら、祈の頭を撫でていると、


 ガチャ――


 と玄関の扉が開く音が聞こえた。

 それと同時に、


「ただいま」

「ただいまー!」


 二人の男女の声が響いてきた。

 だが、聞こえてきたのは声だけではなく、バタバタ! と慌ただしい足音。

 何かに焦って、急いで帰ってきたような、そんな感じだ。


 そして、徐々にその音が近づき、バンッ! と勢いよく、リビングのドアが開け放たれた。


 ドアの向こうには、二十代後半ほどにしか見えない男性と、二十代前半ほどにしか見えない女性の二名が立っており、二人の表情は共通して、まさに親の仇を見つけたかのような、そんな威圧感のある表情だった。


「おいお前! 俺たちの可愛い息子に、なにしてる!」


 その言葉を皮切りに、男性は右手に聖なる物を感じさせる光を発し、一瞬でエヴァリアに肉薄する。

 同時に、隣にいた女性も鋭い踏み込みをしたと思ったら、こちらもエヴァリアに一瞬で肉薄。


 二人はエヴァリアに殴り掛か……ろうとした瞬間、攻撃をいなされ、反撃をくらう。


 男性は、手以外の場所を掴まれ、そのまま床に背中から叩きつけられたが、女性は反撃が来ることを見切り、薄くそれでいて頑強な透明な壁でガードしていた。

 一応手加減していたとはいえ、まさか反撃を防がれるとは思ってなかったエヴァリアは思わず目を見開く。


「ほう、妾の攻撃に対応するとは……なかなかに強いようじゃな」

「……それはどうも~」

「しかし、祈が起きてしまうじゃろ。せっかく、眠り始めたところだと言うのに」


 ちらり、と自分の膝で眠る祈りを見ながら、苦言を呈す。


「お前、祈に何をしたんだ!? その禍々しいオーラ、特異級の存在が!」


 エヴァリアの口ぶりに、男性は怒りを隠しきれない声で、エヴァリアに祈に何をしたのか問いただす。


「ふむ。その口ぶりと、祈に似た気配から察するに……祈の両親じゃな」


 しかし、エヴァリアは男性の問いを返すのではなく、二人が祈の両親であるとあたりをつける。


「……あなた、祈ちゃんとどういう関係?」

「あー、どういう関係、か……むぅ、そうじゃなぁ……とりあえず、親密な関係、とでも言えばよいか――」


 エヴァリアが返答に困り、とりあえずなんとか形容できなそうな言葉で応えた瞬間、倒れていた男性が起き上がりざまに、エヴァリアに攻撃を仕掛け、エヴァリアは片手でそれを受けると、


 ドンッ!


 という、大きな音が鳴り、リビングにある家具類がガタガタと揺れる。


「ふむ。まだ言葉を言い終える前だったのじゃがな」

「お前の話を聞く意味などない!」


 と、さらに拳をエヴァリアへとぶつけるが、それによって発生するのはエヴァリアへのダメージなどではなく、拳が衝突した際に発生する衝撃波だけである。


 そんな、衝撃を何度も受けたからか、


「ん~……んにゃぁ…………はれぇ? どうしたの……? エヴァちゃん……」


 むくり、と寝ぼけまなこを擦りながら、祈が起きた。


「んぅ……あれ? お父さん? お母さん? 何してるの……って、あぁ! お父さんっ!」


 起き上がった祈は、部屋にいた男女をお父さん、お母さんと呼び、嬉しそうな表情を浮かべたものの、エヴァリアに攻撃したであろう体勢を見て、祈は珍しく父親に向かって大きな声を出した。


「あぁ、俺だぞ、祈! って、ん……? なんか、君おかしくないかい……?」

「そんなことはいいのっ! というか、エヴァちゃんに何してるの!?」

「え、エヴァちゃんっ?」

「この人は、ボクの命の恩人なの! なのに、どうして攻撃してるのっ!」

「い、いや、これは、祈が危ない目に遭っているのかと……」

「言い訳しない! お父さん、そこに正座っ!」

「は、はいっ!」


 祈は、父親に向かって正座をするよう促し、それを見た母親は『あらら~?』と首を傾げた。

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