第9話 和やかな食事……かと思いきや

「できたよ~」


 そんなこんなで、祈がキッチンに立ち、しばらくすると祈が鍋を持ってリビングに戻ってくる。

 出雲家の家によくお邪魔していた四人は、せっせと準備を手伝い、既に準備万端である。

 ちなみに、出雲家は食事の際、炊飯器を食卓の近くに置いておく派だ。

 そのすぐ近くに祈が座って、おかわりを所望するものの米をよそう、という状態。

 今回は、祈の隣にエヴァリアがいる状態だ。


「はい、遠慮しないで食べてね~」

「「「「いただきます」」」」

「む、いただきます……?」


 五人がいただきますと言った光景が不思議に見えたエヴァリアだったが、なんとなく食前の儀式か何かなのだろうと瞬時にあたりを付けて、疑問符を浮かべつつも同じようにならう。


「あ、エヴァちゃん取ってあげるね。嫌い物はある?」

「いや、特にはないぞ。妾が魔王になる前と、なった後はあまり贅沢を言えぬ状況だったのでな。食事ができるだけで、ありがたいものよ」

「……ちなみに、当時のエヴァリアちゃんはどういった食生活を?」

「たしか…………野草やらカエルなどじゃな。あとは、カタツムリとか、魔物とか……とりあえず、毒が無い物は食べていたぞ? しかしまあ、毒抜きが可能な物であれば、抜いて食しておったわ。ま、今思えば、なかなかに美味な物もあった上に、よい経験だったが……って、なんじゃおぬしら? 妙に暗い顔になっておるぞ?」


((((まともな物を食べられないほど、きつかったのかッ……!))))


 ちょっとした、笑い話をするかのような話し方でとんでもないことが話された。

 その結果、祈以外の四人はただただ聞いたことを後悔し、やっちまったという表情を浮かべ、


「エヴァちゃん、遠慮しないでいっぱい食べてね~」


 祈はいつになく増して優しい微笑みで、エヴァリアの分をよそった。


「う、うむ? 祈がそう言うのならば、遠慮なくいただこう」


 妙に優しい祈に、一瞬戸惑ったものの、もらえるものはなるべくもらっておく精神のエヴァリアは気にせずもらうことにした。




 それから、ファーストコンタクトの物騒さは一体何だったんだ、と言わんばかりに和気藹々と話す六人。

 その最中、祈への説明のため、誰もが気にはなっていたが、雰囲気的に訊けなかったことに対し、一矢が意を決して口を開いた。


「……ところで、どうして祈兄さんはその……女性の姿になっているのでしょうか?」


 と。


 突然の質問に、祈とエヴァリアを除いた三人が全ての動きを止めた。

 顔は笑顔だが、固まっている。


「あ、これ? えっとね~、昨日ぼく死にかけちゃってね~。実は、エヴァちゃんに助けてもらわなかったら、ぼく死んでたんだ~」


 と、普段のぽわぽわとした口ぶりからは、まったく反対のことが祈の口から発せられ、それはもう四人はさらに固まった。

 しかも、柊華と紫月の二人なんか、徐々に顔を青ざめさせているくらいだ。


 そして、数瞬の後。


「「「「ええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」」」」


 四人は食事中であることを忘れ、驚愕の声を上げた。


 それもそうだろう。

 女体化した理由を尋ねたら、それ以上のとんでもない話が飛び出したのだから。


「? どうしたの? そんなに大きな声を上げて」

「いやいやいやいや!? お前、なんでそんなとんでもないことが起きた翌日に、平気で笑い話のように言えんの!?」

「え? だって今生きてるし……死んじゃったわけじゃないから、いいかな~って」

「……ふぅ」

「ちょっ、柊華姉さん!? しっかり! 紫月姉さん、柊華姉さんを――」

「……ふぅ」

「紫月姉さんんんんんんんんんんっ!?」


 祈が死にかけていたことを知った柊華と紫月は、安らかな笑みを浮かべながら後ろ向きに倒れ、そのまま気絶した。


 大事にしていた祈が、まさかの瀕死の重傷。

 これには、魔物たちと戦う柊華と紫月でも、受け入れがたい事実であり、そして知りたくなかったことだった。


「あ、あれ~?」

「……祈、お前、せめてそれはさ……もっと早く言ってくんね?」

「ん~と……ごめんね?」

「「はぁ……」」


 祈の苦笑交じりの謝罪に、二人はため息を吐くのだった。




 その後、何事もなく食事、と言うわけにはいかず、一旦黙々と鍋を食べて、食後に話を聞くことになった。

 特に、柊華と紫月の両名が鬼気迫る勢いで、祈が珍しくたじろいだため。

 そうして、食後。

 祈が全員分のお茶を淹れてきた。


「はい、どうぞ~。エヴァちゃん、試しに緑茶飲んでみて? 無理そうなら、あとで紅茶淹れてあげるからね」

「うむ、少々気になっていた故、ありがたい。どれ、ずず……ほう、これは今しがた食べた鍋なるものの後に飲むと美味じゃな。気に入った」

「ほんと? よかった~。できれば慣れてほしかったからね~」

「そうじゃな。妾としても、この世界に滞在する以上、この世界――というより、国に慣れておきたいからな」

「そうだね~。わからないことがあったら、ぼくが教えるね」

「それは助かる」


 という、楽し気に話す二人とは対照的に、幼馴染組の方はかなり暗い雰囲気だ。


「……それで、祈。昨日のこと、教えてくれない?」

「あ、うん。じゃあ、簡単に話すね。えっと、昨日の夜――」


 そう切り出し、祈は昨夜の出来事をなるべく簡潔に話した。

 買い物を行くところまではなんとか平常心で話を聞けたが、祈が助けようと間に入った段階で、柊華と紫月の二人が今にも泣きそうなくらい、表情を歪めていた。

 大雅と一矢の二人は、困惑したような顔だった。


 尚、祈の知らない部分に関しては、エヴァリアが補足した。


「――と言う感じかな? ぼくも、あの時は死ぬと思ったよ~。あはは」

「いや、笑い事じゃないわよ!? え、何? むしろ、なんで生きてるの? ってレベルよね!? ねぇ、エヴァリアさん。そのクソ男って強さ的にどうだったの?」

「ん? ふむ……強さ的な目安で言えば、妾の……そうじゃな。ざっと、四割と言ったところか。下手な魔族では太刀打ちできないほどじゃよ。妾も、激務に続く激務のおかげで、後れを取ってしまったしな。それに、あの世界で言えば……まあ、上から数えた方が早いくらいに強いとも言える」

「え、えぇぇぇ? ってーことは何か? 激強のサイコパス男のとどめの一撃をくらって、祈は生きてたってのか?」


 まさかの切った相手の強さに、大雅はドン引き。

 なんだったら、他の三人もドン引きである。

 祈だけは、あまり意味が分かっておらずきょとんとしている。


「そうじゃな。ちなみにじゃが、奴が使っていた剣は、聖剣と言う武器でな。切れ味は世界最高レベルじゃ。どのレベルかと言えば、幼い子供でも軽く触れただけで鋼鉄を切り裂くことができるレベルじゃ」

「それ、普通死にませんか?」

「あぁ、死ぬ。しかし、祈は奇跡的に生きていた。致命傷を避けてな」

「……なんで?」

「あー、状況から推察するとすれば、祈が間に割って入ったことで、一瞬動揺して後ろに下がったのじゃろ。あとは、祈が立った位置もよかったと思う。結果として、あのクソが振り下ろした聖剣は、偶然祈の心臓よりほんの僅か手前を切り裂いた。本当に、運が良かったんじゃよ」

「え、でもそれ、普通に致命傷じゃね……?」

「それは、人間の価値観じゃ。我々魔族……いや、魔王からすれば、心臓さえダメージを受けていなければ問題はない。祈が最も幸運だった点は、助けた相手が妾であったことじゃな。おかげで、妾は窮地を脱し、祈を助けることができたのじゃから」


 そう締めくくり、ずずず、と茶を啜る。

 祈の方も、ハテナを浮かべているが、気にせず茶を飲んでいる辺り、本当に気にしていないのだろう。


「……私、人間って何だっけ、とか思ったわ……」

「ですね……。ですが、これで少しは祈兄さんの幸運力がわかりましたね」

「だ、な。普通、そんなやべー奴の攻撃受けて生き残るとか、幸運ってか、奇跡に近いだろ」

「……祈ちゃんが積んできた善行、どれくらいあるんだろうねー」


 紫月のそのセリフと共に、四人は今もほんわかとお茶を飲んでいる祈に目を向ける。

 心なしか、ぴょこぴょこアホ毛が動いているように見えた。


「……んでよ、どうやってそんな危機を抜け出したんだ? 祈の話じゃ、レティヌスさんは瀕死だったんだろ? どう考えても、祈が割って入ったくらいじゃ死ぬだろ」

「簡単なことじゃ。これも、奴の悪癖が裏目に出た結果じゃ」

「悪癖?」

「うむ。奴はな、祈を切った後、すぐに祈から吹き出した血液を除去しなかったのじゃよ」

「……血液を除去しなかったことの何が問題?」

「妾は、半分吸血鬼なんじゃよ」

「マジか!? 吸血鬼って、血を吸うあれだろ? 日光とか苦手な……」


 エヴァリアが明かした種族に、四人は揃って目を見開き、大雅は驚きでしどろもどろになりながらも、自身の知る吸血鬼の情報を口にした。

 エヴァリアは、その情報に頷くと語りだす。


「うむ、その解釈で問題ない。妾の母上が吸血鬼でな。その特性を半分受け継いでいるのじゃよ。そして、祈が割って入ってきたことに気付いた妾は、驚きで口を開けていた。そこに、祈の血が入った。祈の血は上質な美味であり、半分吸血鬼の妾ですら、わずかな血で妾の力をほぼ完璧に取り戻すほどであった。で、妾が回復している間もだらだらと話していて、その内容に祈を殺す、というアホなことを言った結果……一目惚れしていた妾が魔法で元の世界に吹き飛ばし、事なきを得た、というわけじゃ」

「「「「なるほど…………って、一目惚れ!?」」」」

「ん? 何かおかしいか?」

「え、ま、待って? 祈はそのこと、知ってるの……?」

「うん、知ってるよ? あと、普通にプロポーズもされたね~」

「「プロポーズぅぅ!?」」


 さらなる爆弾に、柊華と紫月の両名は、語尾が変に上がったことで、まるで怒ったかのような感じになった。


「うん、プロポーズ」


 にこにこと、いつもの調子で肯定する祈。


「え、もしかして……OKしたの?」


 柊華のその質問に、他の三人はごくりと生唾を飲み込んだ。


「ううん? OKはしてないよ?」

「な、なんだ……してないのね…………って、『は』? 『は』ってどういうこと?」

「ん~、ぼくとしても、エヴァちゃんには感謝しているし、何よりせっかく好きになってくれて、本気で告白してくれたんだもん。無下にするのは可哀そうだな~、って思ったのと、ぼくとしてもエヴァちゃんはいい人だと思ったから、まずはお友達からというお返事をしたよ~」

「「はぁっ!?」」

「……こいつ、マジですげーわ」

「ですね……さすが、祈兄さん、と言ったところでしょう」


 女性二人は驚愕し、男二人は畏怖した。

 そもそも、魔王と知っていながら、求婚をほぼ受けたようなものなので、ある意味驚くのも無理はないし、畏怖する理由としても十分だ。


 つまり、祈はおかしい。


「……い、祈が……あの、恋愛ごとに興味がなさそうな祈が……まさか、異世界の魔王の求婚を受けるなんて……」

「あ、あー、柊華さん? 祈がちょっとアレな方に行ったのはわかるけどさ、どんだけショック受けてんの?」


 四つん這いになって、うわ言のように呟く柊華に対し、大雅は接しずらそうにそう言うと、柊華は顔を上げる。

 その顔は、特にショックを受けているような状態ではなかった。


「あ、いえ、別にショックを受けたわけじゃないわ」

「そうなのか?」

「えぇ。というか、むしろ喜ばしいことよね? まあ、魔王ってところに関しては、少しだけ複雑な心境だけど……このままじゃ、祈ってば私たちにばかり気を遣って、好きな人ができないんじゃないか、なんて心配してたのよねー。ほら、祈の場合、告白されたとしても、あまり通じなさそうだし」

「「た、たしかに」」


 今までの祈を振り返りながら、語る内容に、大雅と一矢の二人は苦笑しつつ頷いた。

 二人にも思い当たる節があるようだ。


「でしょ? だから、今回の件は祈にとってもかなりプラスじゃない? まあ、祈はほら。異世界に関する情報を知らなかった結果、あまりおじさんたちとは触れ合えなかったわけだし。そう言う意味では、祈は多分……年上と相性がいいと思ってね。エヴァリアさん、外見は高校生から大学生に見えるけど、実際は年上だし」

「まあ……それに関してはわかる気がします。祈兄さん、同年代、もしくは年下相手には甘やかし傾向にありますからね。実際、柊華姉さんや紫月姉さん相手は、甘やかされる側に立ちますし。見たところ、レティヌスさん相手にも甘えているみたいですからね」

「む、そうなのか?」


 一矢の話す内容に、エヴァリアは首をかしげる。

 まだ出会って一日であるため、エヴァリアはほとんど印象からしか祈のことを知らない。


 エヴァリア的には、割と甘え上手なのかもしれない、と思っていたほどである。


「あー、言われて見りゃそうだなー。祈は、オレたちがいたからまだマシだったけどさ、やっぱ両親との触れ合いが少なかったからな。一人でいる日も多かったし。そう考えりゃ、レティヌスさんみてーな存在は嬉しいんだろうな」

「そうなのか? 祈よ」

「あ、うん。みんなの言う通りかも? お父さんやお母さん、いない時多かったからね~。だから、エヴァちゃんは一緒にいると落ち着くのかも?」

「ふむ、そう言われて悪い気はせんな」


 ぽわぽわとした笑顔で言われ、エヴァリアはまんざらでもない表情だ。


「……むー、お姉ちゃん的には、少し寂しいなぁ……」


 と、紫月が頬を膨らませながら呟く。


「でも、これからも紫月お姉ちゃんの家にはいくつもりだよ? 普通に」

「……ん~、それはそうなんだけど……祈ちゃん、一応プロポーズを受けたような状態でしょ? だから、そんな状態の人が、果たして別の女の人の所に行ってもいいのかなー、って思って……」

「そういうものなの?」

「……そういうものかなー」


 祈はまったく気にしていない様子だが、確かに世間一般的に考えれば、恋人がいる身で他の者の家に家事をしに行く、というのは少々問題かもしれない。いや、少々ではないとは思うが。


 昨日までは普通に男だったからこそ、思う事でもある。

 しかし、そんな紫月の悩みとはよそに、エヴァリアは何でもないように告げる。


「ん? 別に気にしなくてもよいぞ?」

「……え?」

「見たところ……おぬし、普通に祈のことを好いておるな?」

「……んにゃっ!?」


 いきなりとんでもないことを指摘され、紫月の表情が珍しく大きな動揺を見せ、さらには顔を真っ赤に染めた。


「何、気にすることではない。そもそも、妾は自身の伴侶を好く者が存在しようと、一切気にせぬ。むしろ、もっとやれ、とも思う。……まあ、相手が男であったら、全力で拒否したが、おぬしは女じゃ。であるならば、妾としても異論はない」

「なぁ、それって普通に浮気OKって言ってね?」

「いや、浮気ではない。側室のような存在……いや、それでは変じゃな。妾の方が後故。であるならば……ふむ。第二夫人のような存在じゃな」

「……さ、さすがに、それは……」

「何を遠慮する必要がある。……祈よ。一つ訊くのじゃが、祈的にこの者――紫月は恋愛対象に入るのか?」

「え? 紫月お姉ちゃん? ん~」


 エヴァリアに尋ねられて、祈は紫月を見ながら考える。

 いきなり好意を抱いていることがバラされ、紫月はドッキドキであり、顔は真っ赤っかである。


 そして、一言。


「……入るかなぁ?」

「……にゃ!?」

「ふむ。理由は?」

「理由……ん~、柊華お姉ちゃんの場合は、なんと言うか……実のお姉ちゃん、って思えるんだけど、紫月お姉ちゃんはちょっと違うな~って」

「ふむ。それで?」

「紫月お姉ちゃんは、結構一緒にいる時も多いし、何より楽しいからね~。あと、さっき柊華お姉ちゃんたちに言われたから、っていうわけじゃないけど、甘やかしてくれる時もあったから、かな?」


 などと、ぽわぽわしつつも、しっかりとした考えを話した。

 祈的に、紫月は恋愛OKらしい。

 まさかの返事に、紫月、ぼんっ! とさらに顔を赤くした。

 もう、完熟トマトのようである。


「……い、祈ちゃん、本気?」

「うん、そうだね~。紫月お姉ちゃんのこと、ぼく普通に好きだよ?」

「…………ごふっ」

「ちょっ、紫月姉さん!? 今、普通に吐血しなかった!?」

 いきなり口元を抑えて倒れこむ紫月を、床に落ちる直前で柊華が受け止めた。

「……ま、まさか、祈ちゃんに好きと言われるなんて……」

「ま、まあ、全然そんな素振りなかったから、わかるけども。……っていうか、一応大人なんだから、しっかりしてよ、紫月姉さん」

「……ご、ごめん。わたしの学生時代、基本音楽を聴いたり、寝たり、日向ぼっこしたり、戦ったりで、まともな学生時代じゃなかったから、こういう免疫無くて……」


(((か、悲しい……!)))


 相変わらず、感情に乏しい眠たげな顔をしているが、その口から飛び出た学生時代のことは、現時点で学生の三人(祈は除く)に、地味にダメージを与えた。

 もし、紫月のように少しだけ年の離れた幼馴染同士だったら、間違いなく紫月に似た生活だっただろう、と。

 そんな生活を想像すれば、ダメージくらい受ける。


 ……妙に、ラブコメや異世界転生・転移物の主人公っぽいが、気にしてはいけない。


「ちなみにじゃが、祈よ」

「なぁに?」

「仮に、おぬしのことが好きな女子が複数人いたとしよう。おぬし的に、全員が恋愛対象であった場合、誰かを一人を選ぶか?」

「んーと、恋人として、っていうことかな?」

「うむ」

「ん~…………ぼくとしては、あまりいい答えじゃないかもしれないけれど、普通に受け入れてあげたいかな~、とは思うよ? もちろん、相手の意志を尊重するけど」

「祈、その価値観は……大丈夫なの?」

「え? まずいかな?」

「まずいってか……日本じゃ、恋人が二人以上いたら、確実に白い目で見られるぜ?」

「たしかにそうかもしれないけど……大事なのはその人たちの気持ちだと思うな~。お互いがちゃんと好き同士なら、全然ありだと思うよ? ぼくはね、そうやって気持ちを貫き通せる人が、一番好きだからね~」


 柊華と大雅のやや否定的な言葉に、祈は自分の持つ価値観を持って否定した。

 今までの祈の言動や行動を見てわかる通り、祈に常識は通用しない。

 たとえ、周囲が白い目で見るようなことがあろうとも、気にするくらいならそれまでと思っている。

 勿論、限度があるが、今の例のような場合では、祈は基本的に気にせず本人たちを尊重する。

 まあ、良くも悪くも寛容なのだ。


「……お、おぉぅ……」


 そんな、真っ直ぐな祈の考えに、紫月は思わず顔を覆った。


「ちなみにじゃが、こちらの世界において、恋人などが二人以上いるというのは、問題なのか?」


 一連の会話の内容から、こちらの世界において恋人等が複数人いるという事は一般的ではないのでは? そう感じ、エヴァリアはこの場にいる者に尋ねる。


「えぇ、まあ……国によっては、そう言うのが合法的に認められていたりするけど、この国じゃ基本一夫一妻、もしくは一妻一夫だから。……まあ、稀にそう言う人達がいる、というのは否定できないけどね」

「なるほど。だから、おぬしら……あー、いや。祈以外は、どこか非常識な者を見る目をしていたのか。納得じゃ」

「いやまあ、非常識だからなぁ……」

「ふふ、まあよい。そも、妾はこちらの世界の人間ではないし、それ以前に人ですらない。そのようなルール、妾には当てはまらぬ。故に、妾は特に問題ない、と考える」

「なるほど~。エヴァちゃんは、心が広いんだね~」

「これでも、魔族一寛大で寛容と言われておるからな。小さいことは気にせぬ。故に、妾に切りかかってきたことさえも、気にせぬ」

「うっ、す、すみません……」


 笑いながら告げる内容に、遠回しに責められた気分になった柊華が申し訳なさそうに謝る。


「ははっ、冗談じゃ。もともと、祈を心配してのものであったと理解しておる。大事な者のために戦うと言うのは、信用するためにも必要な要素じゃからな。むしろ、それのおかげでおぬしらを信用できた、とも言う」


 柊華の謝罪に対して、本当に気にしていないように笑い飛ばす。


「……そうなのね」

「うむ。妾の世界じゃ、そのような者は割かし少数でな。いや、正確に言えば強き者の戦う理由のほとんどが、戦いを楽しむか、憎しみのために戦うか、のどれかであったからな」


 どこか寂しそうに語るエヴァリア。

 祈たちはなんとなく、エヴァリアを襲った男が頭に浮かんだ。

 祈は直接会ったものの、ほんの一瞬だったためさほど覚えていないが、それでもかなり嫌な人間に見えた。


 他の者も、エヴァリアの語る内容からして、祈を殺そうとした男はどうしようもないクズで、似たような存在が異世界にいたんだろうな、という想像をした。


「だからじゃろう。妾の世界における勇者と言う役割は、大体が戦闘狂のバカ。人類のために、などと綺麗事を抜かしながら勇者をしていた人間なぞ、歴史上数えるほどしかおらん」

「「「「えぇぇぇ……」」」」


 祈以外の四人は、ドン引きした。

 少なくとも、年頃の男女。

 柊華がかなりの娯楽好きであり、アニメやマンガ、ラノベ等、よく幼馴染に布教していたのだ。


 そのため、幼馴染グループは好みこそあるものの、異世界系は割と受けた。

 まあ、自分たちが知る異世界の存在が、化け物しかいないため、せめて想像の世界だけでも、と言う意味だ。


 とはいえ、自分たちが知るのは、あくまでも化け物だけであり、きっと勇者的存在はいい人なんだろう、とかちょっとは思っていたが……どうやらそれは間違いだったとあって、ドン引きした。


 ……近頃の異世界系作品の勇者は、大抵ド畜生か人間のクズであることが多いため、現実は違うだろう、とか思っていたのもあり、余計にドン引きしたというわけだ。


 現実もこんなものだ。


「……魔王の方が性格いいってどういうことよ」

「あぁ、勘違いするでない。クソなのは勇者や、勇者を擁する国々の王たちであって、まともな者もおる。しかし……悲しいかな。性格が良い者ばかりが弱く、性格が悪い者ばかりが強いのじゃ、妾の住む世界は」

「そうなの?」

「うむ。おぬしらのような性格の人間は少ないからな。亜人族は、比較的マシじゃが。あやつらはあまり差別せぬ。同時に、対話を望むからこちらもやりやすい」

「……人間はどういう感じ?」

「そうじゃな……少なくとも、対話をしようとはせぬ。いや、しようとする者が中にはいるが、そんな者は割と暗殺される」

「物騒すぎじゃね!?」

「うむ、かなり物騒じゃな。実際、妾との交渉を持ちかけた者は、原因不明の病死を遂げた」

「こっわっ! 異世界の人間怖っ!」


 エヴァリアの口から明かされた、異世界人のとんでもない情報に、大雅がそう叫んだ。

 尚、さすがの祈も少し顔を強張らせているいる辺り、祈的にもかなりアウトである。


「まあ……小国ともなれば、話は別じゃがな。とはいえ、向こうの世界の人間国家は大体六割がクソじゃ。他の四割は比較的まともであり、妾としてもそちらは好ましかった。他は許さぬ」


 と、なかなかに怒気が籠った声で話した。

 エヴァリアにとって、人間の大半は心の底から嫌っているようである。

 その内容に、祈以外はそれはもう仕方ないと思った。

 まあ、祈でも多少は同情しているのだが……。


「なるほどなぁ…………んで、話が逸れまくったけどよ、祈が女になった理由って、結局なんなんだ?」

「おっと、すまぬ。つい脱線してしまった。簡単なことじゃ。祈の怪我や体の不調を治すために使った魔法が、まあ禁術の類でな。一生に一度しか使用できぬものなのじゃ」

「ですが、治癒魔法は使えるんですよね? それで、どうにかならなかったんですか?」


 エヴァリアの簡単な説明に、率直な疑問をぶつける一矢。

 うむ、と一つ頷いて理由を述べる。


「傷を塞ぐだけであれば、さほど問題はなかった。しかし……傷跡が残ってしまってな。さすがに、それは後々問題だと思ったこともそうじゃが、何より聖剣による傷のせいで少々体に不調もあった。後遺症として残すわけにもいかぬ。そも、妾を助けたというのに、それくらいできないで、何が魔王か。そう思い、妾はその魔法を使用した。というわけじゃ」

「なるほどね。……それで、本音は?」

「ほう?」


 柊華の指摘に、エヴァリアはスッと目を細めた。


「いやだって、隣の祈が不思議そうな顔をしてるし。多分、祈が聞かされた内容と違うんじゃないか、そう思ってね。で、本音は?」


 なるほど、よく見ている。

 柊華の洞察力に目を瞠り、エヴァリアはここで話さないのも不誠実か、そう思い少し悩みながらも理由を話す。


「……あー、祈にも話したが……妾の恋愛対象は女なのじゃ」

「「「「……ん?」」」」

「初めて祈を目にした時は、それはもう一目惚れしたのじゃが……ほれ、この者は男じゃろ? なので、まあ、助けるという名目で、つい……な」


 気まずそうに、目を逸らしながら理由を告げるエヴァリア。

 さっきまでの不敵な表情は一体何だったんだ、という顔である。


「……ちなみに聞くけど、どれくらいの傷跡だったの?」

「左肩から右腹部にかけて、じゃな。治癒魔法で治したとはいえ、肺や肋骨にもダメージがあったのでな。それ故、私情6の治療4くらいの気持ちで魔法を使用した。……知らなかったとはいえ、おぬしらに言わずに実行したこと、申し訳なく思っておる。すまなかった」


 魔王とは思えない、誠実な謝罪に、四人は再び慌てた。

 祈は、飲み物が無くなりそう、ということで再びお湯を沸かしに行っている。


「き、気にしないでいいわよ!」

「し、しかしじゃな……」

「いやいや、こればっかりは柊華さんの言う通りだぜ? 祈を助けてくれた、ってことに変わりはねーし、後遺症が残らないようにしてくれたんだろ? なら、それでいいぜ。祈も怒ってねーし」

「……祈ちゃん、たまーに『女の子になりたいなぁ』とか言ってたし」

「そもそも、祈兄さんの場合、あっちの方がしっくりくると言いますか……」

「? ぼくがどうかしたの~?」


 と、にこやかな笑みでお茶のおかわりを運んでくる祈の姿は、とても昨日まで男だったとは思えないほどに、妙にしっくりきていた。

 むしろ、今まで女だったのでは? と勘違いしてしまうレベルである。


 あと、服装がYシャツであり、ボタンを全て止めているわけじゃないので、前かがみになった際、深い胸の谷間が見えてしまうのは……少々問題だと思う、五人は思った。


「あー、レティヌスさんが祈を女にしたことを謝ってきてな。それで、気にしないでくれって話をしてたんだよ」

「あ、そうなんだ。エヴァちゃん、別に気にしなくていいからね~。女の子になったことは普通に嬉しいと思ってるし」


 一応、昼食後に気にしないでいいとは言っていたが、改めて祈はそう告げた。


「……ありがとう」

「いいよいいよ~。……あ、もう結構いい時間だね。みんなは帰る? それとも、泊まってく?」


 時計を見ると、既に九時前だった。

 さすがに、これ以上いるのは明日の学校に差し支えるということで、祈は泊まっていくかどうか、四人に尋ねた。


「あー、今日は言ってないからパス。着替えもないし」

「同じくだ」

「僕も、泊まるための道具も持ってきていませんし、帰りますよ」

「……わたしは……一応、祈ちゃんの家に着替えとかあるけど、普通に帰る。……色々考えたいし……」

「うん、わかったよ。じゃあ、もう帰る感じかな?」

「そうね。これ以上長居するのも悪いし……お暇させてもらうわ」


 そう言いながら、四人は軽く荷物を整えて立ち上がる。


「うん。またね、みんな」

「えぇ、またね、祈」

「じゃあなー」

「では、また」

「……またね、祈ちゃん」

「うん。気を付けてね~」


 祈の言葉に軽く手を上げるなりして返した四人は、そのまま家に帰って行った。


「……さて、妾も寝床を探しに、そろそろ出るか」


 全員が帰宅した後、エヴァリアがそう呟く。


「あれ? エヴァちゃん、どこか行くの?」

「さすがに、おぬしの世話になるのも申し訳ない。妾は、半分吸血鬼故、夜の時間は特に問題ない。……まあ、せめて屋根のある場所を探したいがな」

「え? エヴァちゃん、一緒に住まないの?」

「……ん?」

「エヴァちゃん、異世界の人だし、ぼくにプロポーズしたんだよね?」

「う、うむ……面と面向かって言われると、少々気恥しいな……」

「それなら、一緒に住むべきだと思うの、ぼく」

「うむ……うん? それは少しおかしくないか?」

「そうかな? ぼくとしては、一緒に暮らして、エヴァちゃんのことを知りたいな~って思うんだけど……エヴァちゃんは嫌、かな?」


 と、潤んだ瞳+上目遣いの凶悪コンボ。

 元男とは思えない仕草に、エヴァリアの心臓はズキュン! した。


「……本当に、よいのか?」

「うん、いつまでもいていいよ~」

「し、しかし、金銭面のことだって……」

「そっちは気にしなくて大丈夫。ぼくはぼくで、貯蓄があるからね」


 決して心配させまいと見栄を張っているようには見えず、本当に貯蓄があるように見える。


「う、うむぅ……」

「それに、エヴァちゃんが野宿するのも心配だし、こっちの世界には危ない人もいるからね。だから、一緒にいた方が、ぼくも安心だな~、って思って。……もちろん、一番はエヴァちゃんと一緒に過ごしたいな~、っていう気持ちだけどね」

「おぅっ!」


 にこっ、と少し恥じらいながらの笑顔に、エヴァリアは変な声を出して胸を押さえた。

 全ての動作、全ての仕草、全ての表情がもう、エヴァリアにはドストライクだったのである。

 むしろ、ここまで自分の好みにぶっ刺さる存在に会わなかった反動でもある。


 ……同性愛と言うのは、エヴァリアのように、とある種族のハーフでなければ、魔族の中ではほとんど存在しないためでもあるのだが。


「……わかった。その申し出、ありがたく受けよう」

「うんっ! それじゃあ、これからよろしくねっ!」

「うむ! 改めて、よろしく頼む」


 そうして、祈の少女としての生活一日目は、女体化したことと自身の家の事実と、幼馴染たちの家業のこと、そして異世界の魔王との同棲が決まると言う、なかなか濃い~日となった。

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