第5話 仲良くなっている二人の裏で

 時間を少し遡り、朝。

 まだ祈が自宅のベッドで眠っている時のこと。

 クラス内で、大雅は自分の席で考え事をしていた。


「祈の奴、今日はいつもの時間に来なかったな……」


 大雅は、祈が来る時間帯に合わせて、いつもの十字路で待ち伏せていた。

 これは、学園に通い出してからのことであり、最近始まったことではない。

 というより、この待ち伏せ自体、祈を除いた四人の幼馴染と叔母である鏡子、そしてもう一人――祈から見て、親戚のお姉さん的存在の人物がこの学園にいる――の間で決められたことである。

 もちろん、当人である祈は知らない。


 だが、今日はいつもの時間に祈が来ることはなかった。

 さすがに遅刻することは問題だと思い、大雅は先に学園へ向かうことにしたのだ。


 もしかしたら、先に来ているかもしれないと期待しながら学園へ登校したのだが……祈が来ることはなかった。

 もしかしたら、寝坊して遅れているのかもしれないとも思い、さらに待ってみたものの、予鈴が鳴っても祈は登校してくることがなく、気が付けば担任である鏡子が教室に入ってきて、HRを始めた。


「あー、HRするぞー。……ん~? 祈が来てないな……おい、大雅。何か知らないか?」

「いえ、なんも聞いてないっす」

「そうか。連絡も入ってないんだよな……祈が無断欠席とは考えにくいし、遅刻かもな。まあいい。とりあえず、出雲に関してはこっちで連絡してみる。さて、連絡事項だ。昨夜、スーパー近くの路地裏にて、血痕が発見された」


 まさかの情報に、クラス内は一気にざわついた。


 この街――季空市は、不思議な噂があるものの、至って普通の街だと、この街に住む十人や、市外からこの学園に通う生徒は思っていた。

 ところが、そんな平和な街でまさかの血痕。

 高校生であるならば、それが気になりざわつくのも仕方ないと言えよう。


「で、だ。普通に怪我をした割には、明らかに血の量がおかしかったので、警察が今調査をしている。もしかすると、通り魔がいるかもしれないので、生徒は夜に街を出歩く際は気を付けるように。以上だ。今日も真面目に授業を受けろよー」


 最後にそう言い残して、鏡子は教室を出て行った。

 鏡子が教室からいなくなるなり、教室内は路地裏の血痕の話で盛り上がる。


「なぁなぁ、どう思うよ?」

「あれじゃね? 不良が路地裏で喧嘩してたとか」

「いやいや、多分違うだろ。御影先生も言ってたけどさ、怪我の量じゃないって言ってたぜ? だったらやっぱ、通り魔か何かでもいんじゃね?」

「うへぇ、こえぇこえぇ。気を付けないとなー」

「夜道歩くの怖いなぁ」

「あんた、彼氏いんじゃん。その彼氏に守ってもらいなよ」

「そうしてもらいたいけど、私の彼氏ビビりなんだよねぇ……」

「でも、やる時はやる男じゃん?」

「そうなんだけどさぁ、ちょっと心配だなぁ……」


 などなど、大体は通り魔怖い、みたいな反応である。

 そんな中、約一名……というかまあ、大雅なのだが、大雅だけは怪訝そうな表情を浮かべていた。

 そして、そんな様子を見計らっていたかのように、


「大雅、ちょっと来て」


 柊華が教室に顔を出し、大雅を呼び出した。


「柊華さん? 今行く」


 何の用だ、と疑問に思ったがなんとなく思い当たる節があり、大雅は柊華のところへ。


「とりあえず、付いてきて。保健室行くわよ」

「保健室……ってことは、やっぱあれか?」

「そう、あれよ。大雅でも気づいていたのね」

「いや、あれで気づかねーなんてことがあったら、オレは親父たちから相当しごかれちまうって」

「ま、それもそうね。……みんな先に来てるわ」

「了解だ」


 そんな会話をしながら、二人は保健室へと向かう。




 保健室へ到着し、中へ入ると、そこには既に、一矢と紫月の二人がいた。


「連れて来たわ」

「来ましたね。それで、集めた理由は……昨夜のこと、ですね? 柊華姉さん」

「えぇ、そうよ。紫月姉さん、昨日のことって……」

「……ん、みんなが感じた通り、昨夜こっちの世界に向こうの存在が来た。それも、特異級」

「うっわ、マジかよ……。第一級じゃなくて、特異級とか、この街どころか世界がやべーだろ……」


 紫月が特異級と口にした瞬間、大雅が頬を引き攣らせながら、嫌そうにそう口にする。

 それは、他の面々も同じなようで、あまり表情の変わらない紫月ですら、心底嫌そうな顔をしていた。


「……しかも、現れたのは二人だったらしいねー」

「二人ですか!? それでは、かなり危ないですよ!?」

「……そう。かなり危険。だけど、どういうわけか片方は少しして向こうの世界に送還されたみたい。跡形もない」

「そう、二人じゃないのね。まだ、マシだわ」

「マシじゃ無くね? 一人でも十分やべーだろ。ラスボスと裏ボスが同時に現れて、戦う前に片方が消えたようなレベルだぜ? それ。さほど脅威は変わってねーだろ。どっちが残ったかはさておきさ」


 柊華のマシという発言に、大雅はそう言い返す。

 たしかに、と頷く他の二人。


「はぁ……まさか、こんなことになるとは思いませんでしたね。僕たちがまだ、高校生の間に特異級の出現とは……死ぬかもしれませんね、これ」

「冗談でも、そういうことを言うのはやめて、一矢」

「……ですが、過去の記録では、僕たちの先祖が束になってようやく撃退したような相手ですよ? まだまだ未熟な僕たちで、果たして勝てるかと言えば……否でしょう。一級ならともかく」

「それは……そうだけど」


 冷静だが、どこか焦りが混じった声で一矢が話すと、柊華は何も反論できなかった。

 自分たちが勝てるわけがない、そう思っているのだ。


「はぁ、難儀な家に生まれたもんだよなー、オレたち。異戦武家に生まれるとか……」

「仕方ないわ。その家に生まれてしまった以上、家業を継がないといけないもの。……まあ、祈だけは関わらずに生きているけど」

「……祈ちゃんは、向いてないからねー。あれは多分、幸運でも死んじゃう可能性あるし。それなら、参加させない方が吉。全家も合意してる」

「出雲家らしいといえば、らしい存在ですよね、祈兄さんは」

「そうね。できることなら、祈には参加させたくないもの、こっちの世界のことには」

「だな……。っと、そうだ。祈で思い出した。なぁ、祈から連絡貰ったやついねーか? あいつ、今日学園に来てないんだよ。しかも、連絡もねーし」


 祈の名前が出てきたことで、大雅は今朝のことを話した。

 ここにいるメンバーは全員、祈の連絡先を当然持っているからだ。

 自分含め、四人もいるのだから、誰か一人くらいは祈から連絡があってもいい、と思っての質問だったのだが……。


「私はもらってないわ」

「僕もです」

「……同じく」


 答えは、全員否だった。

 誰一人として祈から連絡を貰っていないようで、むしろ今知ったという様子だ。


「祈、来てないの?」

「あぁ。鏡子さんも知らねーんだとよ。俺の方にも連絡ねーし……」

「……マジかー。祈ちゃん。体調不良?」

「かもな。あいつん家、今は祈一人だからな。おじさんやおばさんは、こっちの家業で遠出してるし。結構重症で連絡できねーのかも」

「そう言えば、今はたしか……北海道の方でしたか、おじさんたちは。そう考えると、今は祈兄さん一人……お見舞いに行った方がいいでしょうか?」

「たしかに必要かもしれないけど、昨日の祈を見る限り、そこまで重症じゃないと思うわ。下手に行って風邪を貰えば私たちの仕事の方に支障が出る。しかも、今はこの街に特異級もいるみたいだし、誰一人として欠けるわけにはいかないわ」


 酷く冷たいことを言っているように見えるが、実はこれ、祈を超心配してのことである。


 今現在、大雅たちが口にしている特異級なる存在が、この街に出現しており、もしかすると自分たちを察知してしまうかもしれず、仮にそのような状態が起こり、自分たちが祈の見舞いに行って、その時の襲われでもしたら、と考えるととても厄介だ。


 この四人的には、祈が一番優先すべき存在で、次が自分たちの命、的な考えをしているため、祈が重要視される。


「はぁ……祈が、あそこまでぽわぽわしてなきゃ、こうも困ることはねーんだろうけどさー」

「何言ってるの、祈はあんな感じにぽわぽわしてるからいいんじゃない! むしろ、ぽわぽわしていない祈は祈じゃないわ!」

「……柊華姉さん、本当に祈兄さんが好きですね」

「あったり前よ。ねぇ、紫月姉さん」

「……そうだねー。祈ちゃんはもっとも可愛らしい存在だと思うなー、わたし」


 女性陣二人は、祈が可愛らしい存在であることを、強く断言していた。

 この五人グループ、大雅と一矢の両名は危なっかしい祈のフォローに回ることがほとんどなのだが、柊華と紫月の二名はフォローと言うより、過保護に守る側だ。

 どちらも似たようなものに思えるが、全然違う。


 前者は、祈が何か危険なことをしそうな時は、それをある程度肯定しつつ、微妙に手助けをする感じだが、後者は手助けするのではなく、代わりに全てこなそうとしてくるのだ。


 昔など、祈が包丁を持とうとしたら、危ないからダメ! とか言って、代わりにやっていたものである。

 今現在は、祈の家事能力が五人の中で最も高くなったので、そうなってはいないが。


「……しかし、祈兄さんのことですから、重症な状態でも何らかの連絡はすると思うのですが……何かあったんでしょうか?」

「さぁなぁ。だが、俺たちはとりあえず、特異級の探索が先じゃね? あれ、野放しにできる存在じゃねーぞ?」

「そうね……今は、家から連絡が来るのを待ちましょう。一矢、昼休み以降公欠して」

「それはつまり……僕の能力を使う、ということですね?」


 柊華の指示で、一矢は昼休み以降公欠するよう言われる。


 この四人……というより、この学園に在籍する何名かの生徒や教師・職員などは、とある理由により早退や欠席が認められている。

 条件付きではあるが、今回はその条件に該当するという事で、一矢の公欠は実際可能だ。


「えぇ、そうよ。あなたが一番適任だし。本当は、祈の方が色々な意味で向いてそうなんだけどね、祈には秘密だからね」

「だな。んじゃ、かず、頼むぜ」

「任せてください。すぐに見つけますよ。……見つかり次第、皆さんに連絡、と言う形でいいんですよね?」

「……そうだねー。お願いね、かずちゃん」

「はい。……さて、そろそろ授業も始まりますし、戻りますか」


 一矢のその言葉を皮切りに、紫月を除いた三人はそれぞれのクラスへと戻って行った。

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