第1話 平和な日常から 上
――さて、いきなりわけのわからないことから始まったため、ある程度の状況説明をするべく、時間を冒頭時間から朝に戻そうと思う。
日本にあるとある街、
少年の名前は、
もう名前からして、女性のような名前だが、男である。
外見がそれはもう、美少女のようにしか見えないとしても、れっきとした男である。
とある理由で、真っ白で雪のようなさらさらの髪に、綺麗な紅の瞳という、日本人離れどころか、え、本当に日本人? みたいな容姿の祈だが、別段気にした風もなく、いつも柔和な笑顔を浮かべている、そんな少年である。
身長は百六十センチ弱で、男にしてはやや身長が低く、体はかなり華奢。
肌も白く、きめ細かい。
頭頂部にぴょこん、と生えているアホ毛がトレードマークである。
とまあ、見ての通り容姿はかなり女性寄りである。
というか、雰囲気からして、それはもう癒し系のオーラを放ち、どこかぽわぽわ~、とした謎の雰囲気も持っているため、見ていて非常に和む。
そんな、美少女のような少年、出雲祈は今年で高校二年生になった、十六歳の少年である。
今は、朝食を食べ、家を出発したところだ。
「~~~♪ ~~♪」
祈はにこにこと笑顔を浮かべながら、鼻歌交じりに歩く。
現在祈が向かっているのは、
翠蒼学園は、季空市という街にある私立の高校で、この街に住む中学生のほとんどがこの学校に進学する。
その学園に向かう道中、祈は商店街を通るのだが、祈は人気者だったりする。
「お、祈君、今日も元気そうだね!」
「八百屋のおじさん、おはようございます。はい、元気が一番ですから~」
「祈ちゃん、今日豚肉が安いから買ってって! おまけするよ!」
「わぁ~、本当ですか? じゃあ、放課後買いに行きますね~!」
「祈君、こっちもいい魚入ってるぜ?」
「お魚かぁ~、それもいいですね。帰り、寄らせてもらいますね~」
と、こんな風に、商店街の人たちからにこやかに声をかけられるほどである。
祈は商店街の人気者であり、こうしていつもにこやかに接している。
ちなみに、毎朝こんな感じである。
商店街を抜けると、今度は住宅街に。
とある十字路を通り過ぎると、
「オッス! 今日も元気そうだな、祈!」
「あ、
大雅と呼ばれる、やたらとガタイの良い男が、元気な声を出しつつ現れた。
この男は、
黒の短髪に、黒目の純日本人と言った顔で、イケメンと言うより男前な顔立ち。
運動が好きであり、そのため筋肉質。
大男と言っても過言ではなく、身長は百八十越え。
クラスメートなどから、ゴリラ呼ばわりされることもある。
ゴリラと呼ばれる、筋肉質の男子と、見た目どう見ても美少女にしか見えない祈の二人が一緒にいるという姿は、ちょっとアレな感じではある。
そんな二人は、仲良く一緒に学園に向かって歩く。
特に待ち合わせをしているわけではないが、二人は大体この辺りで合流しなんとなく一緒に登校している。
他にも何名か一緒に登校する場合があるのだが、今日は大雅だけのようだ。
二人は他愛のない話をしながら、学園へ。
その道中、色々な人から祈は挨拶される。
祈はとある理由で、この街じゃ有名人のようなものなのだ。
「なぁ祈」
「なぁに?」
「実は最近さ、この街で不審者が出てるっつー、話があってな」
「そうなんだ?」
「おう。で、それが夜の時間帯で結構危ねーからよ、あんまり出歩かないようにな」
「ん~、でも、お買い物があるし……」
「買い物が優先かよ」
祈の返答に、大雅は苦笑いを浮かべる。
「もちろん。ぼくのお父さんとお母さん、夕方頃からお仕事だからね~。二人のために、夜ご飯を作らないとだもん。まあ、今は出張中だけど」
祈の両親は、特殊な仕事をしており、その仕事は基本夕方頃からなのである。
そのため、それ以降の時間帯の家事は祈がこなしている。
それ以外は、両親がこなしているので、決して放っておかれているわけではない。
現在は、先週から出張に行っているため、祈一人である。
帰宅時期は不明だが、明後日か明々後日という連絡が入っている。
「……まあ、それくらいの時間なら大丈夫か」
「ほんと~? それならよかったよ」
大雅の言葉に、祈はぽわぽわとした笑顔を見せる。
そんな、あまり忠告を聞き入れてなさそうな祈に、大雅は真面目な顔でさらに注意を促す。
「だが、もし襲われそうになったらすぐ逃げろよ? あと、襲われている人を見かけても絶対に近付くんじゃねーぞ? その場合は、すぐに警察を呼べ。いいな?」
「でもぼく、襲われている人を見かけたら多分助けちゃうよ?」
「お前……というか、そりゃ出雲家の人はみんなそうじゃねーか」
「えへへ」
「笑い事じゃねーし、褒めてないぜ?」
「そうなの? 褒められてるかと思っちゃった」
などなど、性格の悪い部分が全くない言葉を吐く祈。
祈の幼馴染たちは、祈のこんな反応を見てついつい笑みがこぼれてしまう。
まあ、それは幼馴染たちに限ったことではなく、祈に関わるものが基本そうなのだが。
「それにしても、不審者さんかぁ。そう言えば、前に誘拐されかけたよ?」
「マジで!?」
祈のとんでもないカミングアウトに、大雅は思わず大声を上げる。
そんな大雅に、祈は何でもない世間話をするように話す。
「うん。でも、『悪いことしちゃだめですよ~』って言ったら、警察に自首しちゃって。きっと、踏みとどまれたんだね、あの人~」
「あー……うん、そうか……まあ、お前はそうだよなぁ……家の関係上」
「ぼくの家がなぁに?」
「いや、なんでもねぇ。……ともかく、だ。もし、変な奴が出てきても、近寄ったり、助けたりするなよ? お前、天然でぽわぽわしてっから、心配だしさ」
「天然? ぼく、お父さんとお母さんの間から生まれたから、人工じゃないのかな?」
「そういうことじゃねーよ。……まあいいや。話は終わりだ。っと、祈、宿題やってきたか?」
やれやれと肩をすくめ、話題転換。
「もちろん」
「お、じゃあ見してくんね?」
大雅は祈が宿題をやってきたことを聞き出すなり、両手を合わせて拝むように祈に頼む。
そんな大雅を見て、祈はわずかながらに頬を膨らませる。
「もぉ、またやってこなかったの?」
「いやー、昨日は急用が入っちまってさー、やる暇がなくて寝ちまったんだよ。だから、な? オレを助けると思って、このとーーりっ!」
両手を合わせながら、まるで神様に拝むかのような姿勢を取る大雅。
「……はぁ。見せるのはだーめ」
「そんなっ」
溜息を一つ、祈は普通に断った。
この世の終わりのような表情を浮かべ、がっくりと大雅は項垂れた。
「でも、宿題のことについては教えてあげるから、一緒に休み時間に終わらせよ?」
にこっ、と可愛らしい笑顔を浮かべながら、そう告げた。
この笑顔だけ見れば、男女関係なく勘違いしそうである。
「おぉ! さっすが祈! マジ助かるぜ」
「ふふ、でも今度からは気を付けてね?」
「おうよ! ……まあ、あれが入っちまったらどうしようないんだけどな」
「あれ?」
「あぁ、いや、気にすんな。こっちの話。……そういや、最近はオレたちだけで登校するよなー」
「他のみんな、忙しいもんね。特に、柊華お姉ちゃんと紫月お姉ちゃんは大変だもん」
「まあなー。かずくらいは、一緒に登校してもいいんじゃねーかとは思うんだがなぁ」
「かずくんはかずくんで、弓道部のホープだもんね。大会に出るかもしれないって話だから」
「あいつめ、ほんと恵まれてるよなー。聞けば、もう既に告白されたー、なんて話だぜ? オレなんて、こんなんなのによー。オレ、こんなんだからモテないんかねぇ……」
「そう? ぼく、大雅くんはすっごくモテそうだと思うんだけどな~」
「そ、そうか?」
「大雅くん、カッコいいし、優しいもん」
相変わらずのにこにこ笑顔で、お世辞抜きに褒める。
それにより大雅は、
「お、おう。ありがとな」
やや頬を赤くし、照れ隠しにそっぽを向いた。
何度も言うようだが、祈の容姿はそれはもう男には見えないレベルの可愛さを持つ。
そんな祈がにっこにこ顔で褒めれば、大抵の男女はノックアウトである。
実際、高校入学当初、祈の性別を知らない男子生徒が、祈に告白したことが何度もあり、その都度『男です』と言って断っている。
一応、そのことはあまりにも衝撃的すぎる情報だったため、学園内に瞬く間に広まったのだが、それでも告白するものは後を絶たなかった。
ちなみに、当時、学園一のイケメンと噂されていた男子生徒が、祈に告白して撃沈したこともあるなど、祈の人気ぶりは凄まじかった。
その際、イケメン男子のファンクラブに所属する女子生徒が、祈に逆恨みし、いじめの対象にしようとしたのだが……異常なまでの祈の幸運により、それらは未然に回避された。
しかも、失敗する際、転んだファンクラブ女子に対し祈が、
『大丈夫ですか? 怪我していますけど…………あ、これよければどうぞ~。ばいきんが入ったら、綺麗なお肌に悪いですからね~』
と、柔和な笑顔と共に自然に治療を施すなど、その行為によりファンクラブ女子の嫉妬心や敵愾心は浄化されたかのように優しくなるなど、それはもう、人気になった。
その後は、女子すらも祈に告白しまくっている。
まあ、どれも撃沈しているが……。
「……お前、ほんとに男じゃなくて、女だったらどうなってたんだかな……」
「ん~、多分今と変わらないと思うかな~。いつものように、家事をして、いつものように勉強して、いつものように困っている人を助けてるかな?」
「あー、容易に想像つくわー……。まあ、そんなことが起こるなんてねーし、たらればだな。あ、そういや祈、お前今日体育あるけど、体操着ちゃんと持ってきたか?」
「うん、持ってきたよ~」
「ならいいや。今日はマラソンだし、楽だな」
「マラソンを楽って言えるから、大雅くんは凄いよね~」
「ま、オレだからな」
そんな、他愛のない話をしながら、祈たちは学園へ向かった。
「おはよ~」
「おーっす」
学園に到着し、二人は自分のクラスへ。
二人が入ると、他のクラスメートたちがそれぞれ挨拶を返す。
それぞれの席に座ると、男子は大雅の所へ行き、何人かの男女は祈の所へ。
「ねぇねぇ、出雲君。今日英語で抜き打ちの小テストがあるらしいんだけど、範囲どこだと思う?」
祈の所へやってきた数人の男女の内、一人の女子生徒が、祈に抜き打ちテストの範囲がどこかと訪ねてくる。
一応言っておくが、祈は別に抜き打ちの範囲を知っているわけでもないし、抜き打ちテストがあることを知らない。
「知っていたら抜き打ちって言わないと思うよ?」
「それはそれ。で、どうどう?」
「ん~……えっとね、七ページの上から三行目から六行目。あと、単語の方は五ページ目の上から四つかな?」
一瞬考える素振りを見せた後、祈は教科書と単語ワークを開き、自分の直感で予想を話した。
「おっしゃ、そこ覚えとくか。ありがとな! 出雲!」
祈の予想を聞いたクラスメートたちは、各々ノートやメモ帳などに嬉しそうに予想をメモ。
「いいよいいよ~。でも、違うかもしれないから、ちゃーんと他の所も勉強しておくことをお勧めするよ~」
一応、予想した場所が出るとは限らないので、しっかり勉強するようにと釘をさす。
しかし、祈の忠告を聞いたクラスメートたちは、自信ありげな表情だ。
「あはは、大丈夫だって。だって、出雲君の勘よく当たるしね!」
「たまたまだよ~」
たまたま、と本人は言っているが、実は結構祈のこういう感はよく当たる。
テストで山を張れば、確実にそこが出題され、神経衰弱などでどこがいいか、と尋ねて祈が場所を指定すると、数字が揃うなどなど、祈の勘はよく当たる。
と言うより、運が良い、と言う意味合いの方が強いかもしれない。
「あ、じゃあぼくちょっと大雅くんのところ行ってくるね~」
「おけおけ。ありがとね~」
「ううん、これくらいならいつでも聞いてね」
そう言って祈は自分の席を離れて、大雅のもとへ。
「大雅くん、はいこれ」
「お、さんきゅ。で、どこだっけ?」
「えっと、十ページの問い三~六までだね。わからないところは教えてあげるからちゃちゃっとやっちゃお?」
「おう。いやー、ほんと助かるぜ。昨日は忙しくってさー」
「それ、登校してる時も訊いたけど、何かあったの?」
「あー……えーっとだな……ま、まぁ、あれだよあれ。ネトゲだ、ネトゲ。ちょうど、新イベントが来ててさ、報酬が超美味いんだ。んで、やりどおし」
「もぉ、ゲームをしないでとは言わないけど、それで学業をおろそかにしちゃだめだよ?」
「わかってるって。じゃ、早速教えてくれ」
「うん」
注意もほどほどに、祈は大雅の宿題を手伝う。
ちなみに、祈は割と頭がよく、テストでは学年でも上位をキープしている。
普段から予習復習を欠かしていない、優等生である。
今現在も、躓きながらも問題を解く大雅に、ヒントを出したり、解き方を教えたりしている。
祈の教え方はなかなかに上手いため、テスト前などは教えてほしいという生徒が地味に多い。
むしろ、教師より上手いのでは? と思われるほどだ。
とまあ、そんなこんなで二人で宿題をしていると、ガラッと教室の前のドアが開き、一人の女性が入ってきた。
「よーし、お前ら席に付けよー。HR始めんぞ」
教室に入ってくるなり、クラスの生徒たちに座るよう指示するのは、このクラスの担任、
クール系の美人であり、担当科目は国語だ。
さばさばとした性格をしており、生徒としても接しやすく、人気のある教師である。
ちなみに、この鏡子、実は祈の叔母に当たる人物で、母親の妹だ。
年齢は二十七歳。
そんな鏡子だが、口に何か細い棒状のものを咥えていた。
「せんせー、また飴ですか? それともタバコですか?」
「飴に決まってんだろ? 教室にタバコ咥える教師とかやべー奴じゃん? 今時うるせーんよコンプライアンス的に」
「飴はありなんですか?」
「あぁ、ありだぞ? 糖分を摂取することで、頭の回転をよくしてるんだ。ってか、教師だって飴くらい舐めるだろ」
「普通、HRや授業では舐めないと思いまーーす」
「いいんだよ、うちは生徒だけじゃなく、教師も自由だからな」
生徒のツッコミに、柳に風と受け流す。
鏡子は、学園でも二番目くらいに自由な教師だ。
授業中だろうがなんだろうが、基本的に飴を舐めている。
理由としては、口に何かを咥えていないと落ち着かない、というもの。
「んじゃ、HRな。えーっとだな……お、あったあった。近頃、夜になると不審者が出るみたいだ。まだ実害はでちゃいないが、もしも不審な人物を見かけたら警察に通報するように。間違っても、助けようなんざ思うなよー。特に、祈」
「朝、大雅くんにも言われました」
「さっすが幼馴染。あたしの甥のことをよくわかってんねー。まあ、大雅だけじゃなく、柊華とか一矢、あとは紫月なんかもよくわかってるし、昼休み辺りに全員から言われそうだな」
からからと笑いながら、そう話す鏡子。
今しがた鏡子が口にした三人の人物は、軒並み祈の幼馴染である。
柊華が三年生で、翠蒼学園の生徒会長。
一矢は一年生で、生徒会所属且つ弓道部員。
紫月はこの学園の養護教諭だ。
全員、祈に対して同じような心配をする。
「ぼく、そんなに心配されるようなことしてるかなぁ?」
「……あたしとしちゃ、自覚がないぽわぽわとした甥が心配だよ。おい、大雅。ちゃんと見とけよ?」
「わかってますって。ってか、御影先生、HRHR」
「おっと、脱線したな。えー、他に連絡事項はー……あー、ないな。とりあえず、市内で不審者が出ている、ってことくらいだ。お前ら夜出かける時は気をつけろよー」
「「「うーっす」」」
「よし、進級から一ヶ月経ってるが、気を抜かず、しっかり勉強するように。以上だ」
そう締めくくって、鏡子は教室を出て行った。
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