第2話 魔法使いの憂鬱

五年前だが、親友が死んだ。

あまりにも呆気ない別れだった。

妊娠が分かり、私もできる限り彼女をサポートした。

親友が夜な夜なうめき声をあげて滝のような汗を流してはそれを拭いてやり、食べ物がまともに喉を通らない時は粥を食べさせてやった。

そんな日々の中でも見たことない程にオロオロしていたカミヤの野郎を鼻で使えたのはストレスの発散になった。

だが、一向に元のハツラツとした笑顔を浮かべる彼女には戻らなかった。

そんな日々の中で彼女に言われた。

「のぉ、一つお願いがあるんじゃが」

息も絶え絶えな彼女にローブをすがるようにして掴まれた。

正直その時の彼女を見ていると苛立ちと嫌悪感すら覚えた。

「なんだよ、お前らしくない」

感情が言葉にのってぶっきらぼうに言い放ってしまった。

それでも彼女は疲労で隈のできた顔で不器用に笑顔を浮かべていた。

「はぁ、分かったよ」

なんだかんだ20年の付き合いだ、まぁ聞いてやるぐらいは、と考えた。

「もし、妾が死んだときは妾達の子の面倒を見ておくれ、あやつには少々、荷が重いかもしれんからの」

「そんな勝手なーーー」

私が言葉を発する前に彼女はぐったりとして寝入ってしいまった。

聞くんじゃなかったと彼女の着ている薄衣の浴衣を戻してやって布団もかけてやる。

「なんなんだよ、子供の面倒ぐらい自分で見やがれってんだ」

自分の中で感情が膨れ上がって頭が爆発しそうになる。

私はそのまま処理しきれない感情を抱えて家を出た。

途中でカミヤから声をかけられたが無視してやった。

何度か後ろ髪を引かれるような感じがして家を振り返っては言い過ぎただろうか、いや、あれぐらいいいだろうと自分の中で言い訳と反省を繰り返した。

しばらくは彼女とは顔を合わせないと心に決めて魔法と霊術の研究に没頭して気を紛らわせていた。

そんないじけた私の家にいきなりカミヤが飛び込んできた。

彼女が産気づいて子供が産まれそうだと言って私に助けを求めてきた。

私は嫌な予感がしてすぐに家を出る準備をしてカミヤの後ろを走った。

カミヤは家が見えた瞬間に走る速度を上げた。

元冒険者である彼の足の速度に追いつけるはずもなく私は置いてけぼりになり、私は彼の後を遅れて追いついた。

私が家の庭についた時、カミヤの泣き声と赤子の鳴き声が私の耳に届く。

その声で彼女が死んだことを察し、私の足元から力が抜けて雨で濡れた地面にへたり込んだ。

私の頭の中には何度も何故あの時、と繰り返し思考しては後悔が積み重なっていく。

後悔が積み重なるたびに目尻から水滴があふれてはこぼれていく。

我ながらなんとも未練がましいとも思う。

彼女を切り捨てるようなことをしたのは私なのに。

その後、カミヤが彼女の墓を掘って埋葬し、それには私も一緒にいたがその後すぐに自分の家で泣きに泣いて数日の間またも家に引き篭もった。

その数日、なにひとつ手につかないで心に淀んだ感情が渦巻いてはベッドの中で自己嫌悪に苛まれた。

憂鬱としていた私の頭に最後に彼女が頼んできたことを思い浮かび、あんなことを言った自分に何ができる、と思っていたところにカミヤが私の家の戸を叩いてきた。

扉を開けるとそこには焦るカミヤと熱を出して顔を赤くした赤子がいた。

その赤子は親友にとても似て狐の耳と尾を生やしていた。

あの日の死にそうな顔をした親友を重ねてすぐに薬を調薬して飲ませてやるとみるみる顔色が良くなって笑顔でキャッキャと笑うと小さな手で私の頬を摘んだ。

その時に自分の中で重しのようになっていたものがフッと無くなったような気がして、今度は、何故か嬉しくて涙が溢れてきた。

そしてその時、私は決めた、私はあいつとの約束を守り、この子をなんとしてでも守り抜こうと。

ーーーーーこんなことを思い出すのもあの赤子が5歳の誕生日になったことで誕生日の贈り物を贈りに行ったからだろう。

あの子の名前は親友の好きな植物の名前だ。

それにしてもイグサとは、よく分からない趣味をしている。

イグサに渡したナイフが喜んでもらえたようで嬉しい反面、贖罪としてやっているようで気まずさもある。

だが、イグサが元気でいることが何とも嬉しくてそんな気まずさも吹き飛ばされる。

「あ、あの子なら魔法とか興味あるかな?」

あの子、イグサは何をしたら喜ぶのだろうと思考を巡らせては足取りがどんどんと軽くなり、雨上がりの青空を見上げながらアーデルハイトはステップで自宅に向かう。


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