樹海世界の冒険譚

白州麦

プロローグ

現在から約1500年前のこと。

人類は敗北した。

発展した科学力も何もかもが過去の遺物として木々の下に埋もれて消えた。

この物語はそんな世界で冒険者となった者のの物語だ。


「フンギャー!オンギャー!」

「ベロベロバー!」

「ふぇっ、エエええええん!」

「嘘だろぉ」

生まれたての赤ん坊をまるでたくさんの宝石でも抱えるようにゆっくりと男が抱き抱えて変顔をして泣き止ませようとしたがかえって泣き声が大きくなる。

「ふふ、あなたの顔が怖いのよ」

「酷いなぁ」

赤子を産んで大量の汗を流す男の妻がくすくすと口元を手で隠しながら笑い、父親である男の抱える赤子を愛おしそうに見つめていた。

「うっ、こほっこほっ」

「どうした?!具合が悪いのか?」

咳き込み始めた妻に近寄ってその背中をゆっくりとさする。

元々ふわふわと柔らかかった尾も今ではしぼみきって見る影も無くなってしまい、。

咳き込む口を押さえた手を見ると少量の血がついていた。

「と、ともかくお前はここで安静にしておけ」

男は妻をベットに横にさせてその横に抱いていた赤ん坊をそっと置く。

その後すぐにガタの来ている扉を乱暴に押し除けるようにして飛びだして行った。

女はスゥスゥと寝息を立てる我が子をそっと、強く抱き寄せる。

「妾の愛しき子、どうか、強く育って、どうか、どうか妾の、あの人の夢を」

震えて血の気の引いた口を何とか動かして寝息を立てる赤子の頭を撫でながら話す。話終わると赤ん坊を撫でていた手の力が無くなり、瞼が重く閉じていった。

その時、肩で息をした男が泥で濡れた足をそのままにドタドタと部屋に入ってくる。

「おい!連れて来た…………ぞ」

子供が生まれた事と妻を助けられるという喜びによる笑顔がベッドに横たわる妻の姿を見つけた瞬間、絶望の色に染まり、ゆっくりと妻のそばに近寄り、膝をつき、わなわなと体を振るわせる。

「あ、あぁ、嘘、だ。なぁ、目を、開けてくれ………頼むから、頼むよ」

力も体温も無口なった妻の手の甲に額を当てて泣き崩れ、その嗚咽が赤子の寝息と共に小屋の中に響き、やがて猛烈な雨音にその声すらも消えてゆく。


5年後ーーー

「とりゃぁーーー!!」

幼い少女のが手に持つ短い木の棒を振り回す。

「もっと踏み込め!イグサ!」

その短い木の棒を大人の腕の長さほどある木の棒で流しては軽く返すのは五年前に妻を亡くし泣き崩れていた男であった。

イグサの体はとても五歳児とは思えないほどに俊敏かつ獰猛に父に喰らいつき、空中でもひらりひらりとその小さな体をいかして父のカウンターを躱す。

「相変わらずだなカミヤ」

ティーブルーの髪をなびかせ、灰色の古びたローブを着た少女が口元に笑顔を浮かべて佇み、男の名を呼ぶ。

「お前かアーデルハイト、寝ぐらから出てくるとは珍しいな」

カミヤは打ち合いをやめて少女、アーデルハイトの方を見やる。

「人を引きこもりか何かと勘違いして無いか?」

アーデルハイトはやれやれと肩をすくませる。

「そうそう、今日は確かイグサの誕生日だよね」

アーデルハイトは懐から白い布によって包まれた一本のナイフを取り出す。

「あ、アーデルおばさん!」

イグサが持っていた木の棒を投げ捨ててアーデルハイトに駆け寄る。

「アーデルお・ね・え・さ・ん、でしょ?」

「あたっ」

アーデルハイトはイグサの頭に軽い手刀をお見舞いする。

「はい、お誕生日おめでとう」

アーデルハイトはしゃがんで頭をさするイグサに手に持ったナイフを

渡す。

「これは?」

イグサの横にいたカミヤがアーデルハイトに問いかける。

「イグサは冒険者になりたいんだろう?なら護身用の武器ぐらいないとね」

アーデルハイトの渡したナイフは深緑に輝いて不思議と新芽のような若々しさがあった。

「これは私深緑の魔女特製のナイフ。きっと君の役に立つから持っておきなさい」

アーデルハイトはニコリと微笑んでイグサの小さな両の掌の上にナイフを乗せる。

「わぁ、ありがとう!アーデルおばさん!」

イグサは満面の笑みを浮かべて貰った新しい相棒を振り回し、その様子を微笑ましくカミヤとアーデルハイトが見守る。




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