第9話 六畳の戦い。

「夜でもまだ蒸すから、板張りの床気持ちいいですね」


 そう、ラグすら引かれていないフローリング。

 普段座る所には、座布団が一つ。

 それももう、ワタが潰れてペランペランになっている。


「ちょっと待って」

 そう言って、毛布を引っ張り出して、縦に二つ折りにする。

 それを、座布団代わりにしてもらう。


「ごめんな。人など来たことがないから」

「大丈夫です。今度持って来ますね」

 小雪が胸を張る。


 少し遅れて、瑠璃ものってくる。

「えっええ。かわいいの持って来ます」

 そう、彼女はかわいいものが好き。

 小物にかわいいものを求めて、精神的なバランスを取っていたのだろうか?


「あっぁあ。お手柔らかに」

 どう返事をして良いか分からず、そんな答えを返してしまう。


「グラスとかって……」

 そう言いかけて、台所を思い出す、瑠璃。


「そうね。缶は、そのまま飲めるから便利ね」

「そうそう。ただちょっと。洗ってきますね」

 そう言って、小雪は立ち上がると、かろうじてあったへろへろのスポンジに洗剤を付けると、缶の口をざっと洗い、これまた、ペーパータオルがあったので、手早く拭くと冷蔵庫へ突っ込んでいく。


 冷蔵庫の中にあったのは、ザッ・コンビニ商品。ほうれん草の白和えパックと、弁当が一つ。当然賞味期限は過ぎている。


 ああ。私の部屋に来たから。

 少し罪悪感を感じる小雪。

 置いておくと、彼なら食べてしまいそうだから、片付ける。


「瑠璃さん。冷やすものを冷蔵庫に入れるね」

 いつの間にか名前呼び。奇妙な連帯感を感じていた。


 だが、袋の中を見て、少し考える。

 一ダースの箱。三個パックのもの。

 見ていない振りで、冷蔵庫に入れる。

 どう見ても、明日の朝用の買い物……


 無言で、冷蔵庫にしまっていく。

 下着まで。


 むろん同じようなものは、小雪も買っている。三つもでは無いが。

 ――だが、譲れない何か。


 彼女も、彼を好きなのだろう。

 少し前なら、頑張れーと無関心でいられた。

 でも今は違う。


 彼女はきっと彼と……

 それは、何故か納得をしてしまった。

 でも、年も順番も私が先。そこは譲れない所。



「お待たせ」

 いくつか適当に持って来て、テーブルにのせる。


 なんとなく、彼はビールかライムだろう。

 私は、ライチ。

 彼女は、彼女の袋に入っていた、パッケージデザインがおしゃれなホワイトピーチ缶チューハイ。


 だが、それを見て、文句が来る。

「最初はやっぱり、あっさり檸檬でしょう」

 文句を言われたが、当然無視。


 瑠璃は立ち上がり、素直に交換をしに行くようだが、いつの間に折ったのか、直樹に対して、スカートがめくれ上がり、フロントがメッシュで黒色。サイドは紐の、あるものが見せつけられる。


 ビールのステイオンタブを開けて、一口飲んだ直樹は、間近でそれを見る。

 当然のように、鼻からビールを噴き出す。

「んっ。がっはっ」

「あらあら、直樹さん。大丈夫」

 そう言って、瑠璃は片膝をつきハンカチを差し出す。

 もう完全に、見せる気満々である。


「下品よ。なにその下着。直樹さんタオルはある」

 小雪が聞くと、直樹は黙ってトイレの方を指さす。

「わかった」

 そして、小雪は離れてしまった。


 その瞬間に、瑠璃は行動に出る。

 鼻の痛みで呻いていたが、口元に柔らかさを感じた。

 そして何かが、押し込まれて来る。口腔をうねうねと刺激してくるなにか。


 そう、瑠璃の直接口撃。


 それは、昨日までの彼女なら、嫌悪以外の何ものでもない。

 高校の時に、女の子と試したことはある。

「多少は、ゾクゾクするわね」

 とか言って。


 そして、その時とは違う甘美さに少し驚く。

 何かが来て、腰の力が抜ける。

「あっ」

 何かが、流れ出てきた。


 そう、キスだけで、体が反応をしてしまった。

 直樹を求める体。

 やっぱり。いきなりだが、かなり舞い上がった。

 心拍の上昇と発汗。体温の上昇。

 胸も、尖りこすれる。


 そう、キスだけで軽くいってしまった。

 ぺたんと座り込むが、まだ口は繋がりむさぼる。


 小雪がタオルと共に飛んできて、引き剥がすまで止まらなかった。

 自身でも、やめたくなかった。


「何をしているのよ、あなたは」

 蕩けた表情で、瑠璃は答える。


「キス。こんなに良いものだなんて、知らなかった」

 そう答えながら、彼女は少し身震いをする。

 背中を、腰から上に向かい。ぞくぞくとした快感が駆け抜ける。


「あううっ」


 直樹は片手にビールを持ったまま、少し上を向いて固まって居た。

 小雪としたといっても、経験値そのものが少ない。

 別の人間だと、感覚は違う。


「もう。仕方が無いわね」

 そう言って、小雪は上書きを始める。


 少し落ち着いたのか、直樹も正気を取り戻す。

 小雪の弱い背中をなでる。

「んんっ」

 やっと離れた。


「あーまあ。ちょっと落ち着こう」

 そう言って、テーブルを拭きながらビールを飲む。


「あー。うん。そうね」

 小雪も席に戻る。


 少し惚けているが、ふらふらと瑠璃は、檸檬へと換えに行く。

「こだわりはあるのね」

 小雪はそう言ったが、冷蔵庫の状況を見て瑠璃は正気に戻る。


 冷やされてはいけないものが、冷やされている。

 それも私の分だけ。

 小雪の分は袋に入れられて、シンクの上に置いてある。


「あのばばあ」

 口汚く小声でそう言うと、袋を入れ替え、何食わぬ顔で自分の席に帰る。

 きっちり袋は持って。


 静かに、女の戦いは幕を開ける……

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