第8話 彼女と彼女。二人の傷。
「うわー美味しいですね。昨日はゆっくり味わえませんでしたから」
そう言って、にんにくが少し効いた、中華風味付けのきゅうり炒めを食べている。
普段何を食べているのか分からないが、泣くほどではない。
なぜか、彼女は涙をこぼしている。
「傷。痛いの?」
「えっいえ。こう、一緒にいるだけで、なんだか胸が一杯になってきて」
そう言っているが、気になる。
傷を直すイメージと、力の使い方は、理解しいている。
彼女に断ることもなく、力を発動。
あっ、やっぱり光は出るのか。
「何をしたんですか?」
小雪ちゃんが気が付いた。
「彼女の傷が、痛そうだから治した」
直樹は表面だけを見てそう言ったが、実は、もっと深く彼女は傷ついていた。
自身ですら、忘れていた記憶。
そう、新しい父親が来たとき、一緒にお風呂に入り、いたずらされ、もう少しで最後までされかかった。
母親が声をかけたので止まったが、危なかった。
「お母さんには言っちゃいけないよ」
そう言われたが、すごく不快で気持ちが悪かった。
その頃は素直だった彼女。母親に相談をすると、なぜか叱られ叩かれた。
そして、悩み考えた彼女は無意識だが、記憶を封印してしまった。
残ったのが、男は嫌いという気持ち。
そして、小雪ちゃんのほうも、自身では自覚をしていなかったが、積み重なった別れ際の言葉。
「つまらない女だな」
はっきりと、こう言われたのは、一回だけだが、ニュアンスなどは近いものがある。
その記憶は積み上がり、以外と脆かった彼女の心は、壊れる寸前だった。
ともに、実は深く、救いを求めていた。
そう、心の底から……
それを二人ともに、気が付かず生活を送っていた。
直樹に出会わなければ、彼女達は壊れ、魔を引き込み。名前付きの魔として…… そんな存在に変異するレベルだった。
知り合い、引かれたのは彼女達が望んだから。
だから近くにいると、涙があふれる。
我慢強い心は、壊れるまで魔を引き込み、心の内に積み上がる。
おかしくなっていた感覚。
何を食べても、味気なかった彼女の味覚は、急速にその力を取り戻し、美味しいと思える感性を取り戻す。
そう。小雪も瑠璃も普通になった。
怪我とともに浄化され、癒やされた心。
文字通り、何か憑き物が落ちて体が軽くなる。
そして、分かりにくいものより、体にあった傷の痛みが消えて驚く。
「えっ。痛みが消えた」
手や足にあった、青黒い痣が消えている。
鞄からコンパクトを取り出し、そっとガーゼを剥がし、頬を見る。
「治っている。どうして」
「直樹さんが、治してくれたの。感謝しなさい」
なぜか、小雪が胸を張る。
ただ、この時期。
わずか一日だが、長時間日の下で悩み、佇んでいたため、ガーゼの下や、包帯の下が白く、そこ以外が多少赤く焼けていた。
「ああっ。これ」
「日焼けか。癒やせるかな」
「ちょっと待って、写真撮ってあげるから」
キャイキャイと賑やかになる。
そして、傷が治った瑠璃は、飲み物をアルコールに切り替える。
当然と言えば、言える。
「直樹さん」
そして、直樹は両側から挟まれることになる。
「個室の一番。あの男モテモテですね」
「彼女達にとって、命の恩人と言えば大げさだが、守ってくれた人。でも彼、みため普通だけど、なんだか雰囲気があるよね」
店員達の間でも、そんな話が交わされる。
料理を両側から口に詰め込まれる、奇妙な儀式を経て、お開きの時間。
今日はきっちりと、お会計をして店を出る。
一応店長さんは、お詫びとしておごりますよと言ってくれたが、店長さんだって被害者だ。
そう言って、納得をしてもらう。
そして……
「やだ。付いていきます」
スマホの連絡先は、一応交換をしている三人。
小雪はまた、自身の部屋へ連れて行く気が満々。
「直樹さん。まだ休みはありますし、私の部屋へ帰りましょ。その…… 残りも九個ありますから、使い切りましょう」
そんな、大胆な提案をして、なぜかガッツポーズ。
瑠璃は、当然気が付く。
「私、直樹さんの部屋へ行って見たい。あっ私の部屋でも良いですよ」
「あっずるい。私も行って見たいかも」
だがそんな様子の二人と違い、直樹は断る。
「昨日帰って無いから、着替えもしたいし。今日は帰るよ」
そう言って、近くの駅で二人を追い返したはずだった。
だが、シャワーを浴びて、ビールの缶を開けたとき、チャイムが鳴る。
「うん? こんな時間にだれだ」
そう言いながらも、二人の顔が浮かぶ。
「まさかな」
だが、そのまさかが、二人並んでいた。
手には、買い物袋。
「二人そろってなんだよ。仲良くなったんだな」
「「なっていません」」
「この女、ストーカーです。通報をしましょう」
そう言って、お互いが指をさす。
「二人ともが、付けてきたんだろ。気が付いてはいたけれど、まさか来るとはね」
時間はすでに九時近い。
騒がしいと近所迷惑だから、中へ入れる。だが、二人が口をそろえて「何これ?」と驚く。
六畳のワンルーム。
ベッドと、小さなテーブル。
そして、ノートパソコン。
ハンガーラック付きの衣装ケース 。
台所には小さな冷蔵庫と、電子レンジ。
目に付くものは、その位。
一応、風呂場には洗濯機がある。
この部屋。小物というものが存在しない。
住むだけの最低限。
「うわあ。シンプルで機能的? ですね」
「引っ越しが楽そう」
二人から、そんな慰めの言葉を貰う。
「「部屋は、後から考えましょう」」
二人はそろった声でそう言って、手に持っていた袋が、目の前に突き出される。
「君達、やっぱり仲が良いな……」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます