第7話 お店にて

 行為そのものは、こんなものかと言う感じだが、経験をした後。一気に距離が近付いた感じがする。

 間にあった見えないもの。それがなくなった。


 いや。家でさあ、二人でいるんだもの。

 するよね。


 今シャワーを浴びて出た所だけど、そうかこの距離感は。

 今なら、距離感で男女の関係が理解できそうだ。


 着替えてから、店に電話をする。




 直樹さんと、こういうことになって。

 なんだろう。心が満たされていく。回を重ねるだけ心が軽くなって。

 今なら高校のとき、あの子達が言っていたことを理解ができる。

 そばに居るときの安堵感。


 どうして昨日まで、なにも思わなかったんだろう。

 こんなにステキなのに。


 隣の席に座った彼を見ても、ぱっとした感じも特別な事も感じず、ただ仕事は前職があるせいなのか、要領良く仕上げていた。


 幾度か、アプリーケーションの使い方や、自動化のマクロとかいうのの組み方を習った。

 でもそれだけだった。この一年くらい、苗字ではなく名前を呼ばれていたが、それも、呼べばと言う感じで気にもならなかった。

 同僚で、名前を呼ばれて、怒っていた人もいたけれど。

 そう。彼に興味が無かったの。ただ隣に座っている人。無関心。


 一昨日なら、ほっぺをつねってとか言われたら、嫌ですと言った気がする。

「不思議……」

 ふふっ。へんなの。



 そして……

「ふふっ。変なの」

 どうしてだろう。昨日見た男の人が、心の中で大きくなっていく。

 会って御礼を言って、知りあいたい。

 男の人なのに……


 三浦 瑠璃みうら るりは悩んでいた、歩んでいる人生の軌跡がほんの少し重なっただけ。

 これからも、再び会うかなんて分からない。

 でも、昨日からずっと繰り返し思い出されて、大きくなっていく。


 隣に居た人は彼女かしら?

 そんなことを、考えるだけで胸が痛い。


 これってまさか、恋? まさか焼き餅?

 もし彼女という関係なら、羨ましい。私も彼の隣にいたい。

 自他共に認める男嫌い。そんな瑠璃の自問自答は、昨夜からずっと続き。思えば思うだけ、直樹の存在が大きくなっていく。


 心が引かれることについては、今は、不思議だとは思わない。

 運命だとか、宿命だとか言われても、ストンと納得が出来るだろう。


 日が傾いた時間とはいえ、九月の厳しい日差しの下で、彼女は悩んでいた。

 店に行けば、あの人のことが分かるかもしれないし。でも、私が昨日のお金を払うのはいや。


 両者共に、犯人である松岡に請求が行っているなどとは、考えてもいなかった。

 

 ただ再び、導かれるように出会うだけ。


 そして時間が来て出会う。

 瑠璃は、包帯を巻いた顔が日焼けにより、愉快なことになっているのを後で知るが、ご愛敬だ。


 そして両者は出会う。

「あれっ、君は昨日の」

 瑠璃は自身でもしたことが無い笑顔を、浮かべているのに気が付かない。


 素直に、御礼が口から紡がれる。

「昨日は、ありがとうございました」

「いえいえ、どういたしまして。怪我、結構ひどいみたいだけれど大丈夫?」

「はい。全治まで三週間程度だそうです」

 会話とは、ちぐはぐな笑顔。

 多分瑠璃を知っているものが居れば、あんぐりと口を開け、あんただれと言うだろう。


「今日は、どうしたんですか?」

「いや、昨日結局お金を払っていないので、それの確認をしに来たんだ」

「奇遇。私もです。行きましょう」

 もう完全にはじけていた。

 むろん、小雪のことは全無視である。


「ちょっとあなた、なれなれしい。何ですか? 直樹さんに引っ付かないでください」

「わっ。お名前、直樹さんて言うんですか? ステキです」

 とまあ。完全にたがが外れている。


 店に到着し、直樹が代表で話をするつもりだったが。


 店は、昨日の今日だが、一応営業を行う様だ。

 店長さんが、苦笑いで応対をしてくれる。

「いや仕入れの問題もあるし、急に休むのは無理だからね。何とかだよ。君…… 大丈夫じゃなかったみたいだね。すまないね。何も出来なくて」

 瑠璃の状態を見て、眉をひそめる。


「いいえ。あいつなんかと来店をして、ご迷惑をおかけしました。一人で来れば良かった」

「いえいえ。それでどうして?」


 やっと話に入れると、直樹が一歩前へ出る。

「いえ、昨日。料金を払っていないことに、気が付きまして。やって来た次第です」

「ああ。それなら、まとめて相手さんの親御さんが払うという事で、請求をおこなう事になっているから。連絡をすれば良かったね。ご足労をおかけして申し訳ありません」

 店長さんが、頭を下げる。


「いえ、なら良いんです」

「あのー。席とか用意できますでしょうか?」

 小雪がおおずおずとお願いをする。


「あっ。良いですよ三つですね」

 そう言って、店長さんが走っていく。


「いえ、あの二つ……」

 小雪の手が、むなしく空を切る。


 昨日の個室再び。

 テーブルは六人掛けくらいで、長細いあまり広く無い部屋。

 壁に沿って、ソファーが置かれ、テーブルを挟む。


 昨日と違い、横に小雪。向側に彼女。

「えーとそれでは。昨日はバカがご迷惑をおかけしました」

「いやいや。お互い被害者だし」

「そうですか。あっ。私、三浦 瑠璃みうら るり、二十二歳一六二センチ、トップ八十八センチ、ウエスト六十三、ヒップ八十七・五、七十のDです。バージンです」


 詳細な挨拶に、困惑をする直樹。

「あっはい。どうも。俺は山上直樹で、隣は……」

 挨拶をぶった切って、質問がやって来る。


「ひょっとして、付き合っているんでしょうか?」

「はい、そうです」

 小雪ちゃんが言い切り、俺の肘を抱える。


「いつからですか?」

 少し血走った感じで、彼女が聞いてくる。

「昨日……」

「ですけど、知りあったのは、一年半前です」

 だが、彼女は無視をする。


「昨日なら、まだ問題ないですよね。私も立候補します」

「なにに?」

「彼女です」

「誰の?」

 びしっと指をさされる。


 すると、ドアが開き、店員が入ってくる。

「はい、ナマとウーロン茶。ウーロンハイ。おまち。料理も、すぐにもって来ますね」

 そういって、店員さんがでていくと、彼女はポスっと座る。

 怪我があるから、ウーロン茶。


「乾杯しようか」

「かんぱーい」「かんぱーい」「出会いに感謝です」

「私も、直樹と付き合えて幸せです」

 二人がニコニコ顔で、こちらを向く。


「ちょっと落ち着こうか」

「「はい」」

 なんだこの状態。

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