第2話 変わった暮らし?

「山上さん?」

「えっ。あっっと、どうしたの?」

 背中に、いやな汗が、どわっと噴き出した。


「あっいえ。何でも無いです」


 山上さんが、おかしい?

 小雪は、さっきのやり取りを思い返す。

 まさかねぇ。


 人の心が読めるとか、聞こえるとか。

 アニメじゃあるまいし。


 実家の本棚に並んでいた漫画達。

 お父さんの趣味だった、黄緑色の髪をして数千年生きる超人が主人公の漫画。

 テレパシーを使い、光の槍を投げる。


 そうそう、鏡に入って宇宙を旅をしたり。


 まだ部屋の向こうでは、大騒ぎが続いている。

 山上さんは、ふいっと外へ出て行ってしまった。



 そして、ドキドキしながら直樹はトイレに籠もる。

「やべー。バレないように気を付けよう」


 少し天井を仰ぐ。

 ふと思いつき、テレボートに登録をする。

 いい加減、親父のことがあり嫌ってはいたが、力があるとなれば博打は正義。


 銀行の口座と紐付けをして、適当なレースを選ぶ。

 オッズを見て、高額の組み合わせに百円をかける。だが思いなおして、ボックスの三連単にかけ直す。ボックスだと、選んだ三艇の全通り。つまり、不人気三艇の全組み合わせ、六通りを買うことになる。各百円で六百円也。


 ライブを見ながら、第一ターンで、ジャマな船が膨らむように願う。


 小さな画面ではよく分からなかったが、第一マークで発生をした妙な波に乗り、先頭から三艇が、いきなり大きく膨らむ。


「あっ。やった」

 一から三艇がガチガチの本命だったレース。

 それが遅れたため、百円がいきなり、十二万円くらいになった。


 舞い上がっていたが、気が付けば、三〇分も経っていた。

「やべ」

 そうして、部屋へ帰る。

 まだ当然ながら、片付いてなどいない。


「水道管のすっぽ抜けらしいですよ」

 戻ると、小雪ちゃんが教えてくれる。

「そうなんだ」


「あの。大丈夫ですか。その、結構長いこと、帰ってきませんでしたけれど」

「ああ。思ったより。あの嫌みが、ストレスだったのかな」

 そう言った瞬間、彼女の気持ちが聞こえる。


『やったー。今だ。このタイミングなら』


 小雪は頑張った。

「毎朝ですものね。あの…… ストレス解消に、お食事とか行きませんか。何でしたら、私おごりますし」

「いや、臨時収入が出来たし、大丈夫。今日はあれだし、明日かな?」

 明日は金曜日。


「どうでしょう? あの様子ですし、今日でも大丈夫じゃ。あっ。いえ、明日にしましょう。ほほっ」


 しっかり聞こえていた。

 安物のかわいくない下着。そんな事を彼女が考えたことを。


 初めての食事で、どうしてそんな事を考える?

 それが、不思議だった直樹である。


 桜井小雪二十四歳。

 中学校、高校、大学と、それなりにモテた。

 だが付き合った相手は、すぐに言い始める。

「つまらない。別れよう」

「他に好きな奴が出来た」

 等々。


 元々引っ込み思案で、男が不得意。

 粗野で粗暴なイメージが、小学校のときからあった。

 だけど周りの友人達や、雰囲気が異性との付き合いを、前面に出してくる。


 特に高校のとき辺りから、周囲の恋愛論は加速をする。

「ええ。小雪、まだ彼氏いないの?」

「まだキスも……」

 年を追うごとに、進んでいく。


「一度しちゃえば、こんなものかって思うわよ。慣れれば気持ちいいし」

 だけど、怖いし気持ち悪い。


 そんな心は、開かれることなく。

 振られる記録が、積み上がっていった。

 もう少し料理が出来れば、もう少し男の人に合わせば、もうすこし勇気をだせば。

 彼女は、努力をした。


 だけど、適当に告白をされて、適当に付き合った男には、多少長持ちをしても便利な女扱いで終わってしまった。むろん体の関係までは、どうしてもいけない。


 だけど、今日の山上さんは何か違った。

 むろん。入社が一緒で、横の席。どんな人かも知っていた。


 だけど、今日は横に座っているだけで、ドキドキが止まらない。

 初めて人を好きになるという事を、理解したのかもしれない。

 すべてを投げ打ち、喜ばせたい。

 小雪は、初めての感情に、振り回されていた。


 個人的な連絡先を交換し、その時に発した彼女の感情は、ヒャッホー状態。


 一方。流れてくる考えは、きっと表面的な物で、その奥がきっとあるのだろうと予測する。


 周りからも、願えば声が聞こえるかもと思ったが、鬱陶しそうなのでやめた。


 そして、一度フロアの配管をチェックすることになり、昼から全員休暇を取らされることになる。

 例の有給五日間の消化を、会社が狙ったのだろう。


「どうしましょう?」

『夕方から待ち合わせも良いかも。でも、このままデートも良いような? うー悩む』

 聞こえる彼女の声。


 試したいことが色々あるが、俺も悩む。

 ギャンブルで荒稼ぎをすると、税務署が必ずやって来ると言うリスクがある。


 宝くじなら?

 そんなことを考える。


「どうしようかな。どこか行きたい店とかある?」

 彼女の希望を探るために、質問をする。


『えっ。行ってみたいお店はあるけれど、雰囲気がありすぎて、いきなりはちょっとあれだし。少しおしゃれな、創作料理屋さんとかも行って見たい。でも気を使わない店も好きなんだけど。うー悩む』

 そんな声が、聞こえてくる。


「女の子と飲みに行くことが無いから、よくわからんが、どこか良いところが無いか探してみるよ」

 とりあえず、そろって会社を出る。


 途中で、彼女が匂いにひかれた、本格インドカレー店と書かれたカレー屋へ入る。


 丁度混んできて、カウンターに横並びに座ったので、適当に良さそうな店をランキングで漁る。


「ここはどう?」

「あっ綺麗なお店ですね。行ったことがあるんですか?」

「いや、ない。普段行っても焼き鳥屋か居酒屋。なんとなく小雪ちゃんが行きたそうかなって、思って」

「ありがとうございます。あっナン食べます?」

「いや、お代わり自由みたいだよ」

「あっ、そうですね。ははっ」


 そんな感じで、夜のお店はネット予約をする。

 こそっと個室で。


 ついでに、もう一回だけ、競艇で突っ込む。

 一番不人気だと八百倍くらいだったが、当たったのは六百倍だった。

 やべえ、癖になりそう。


 まあ良い。軍資金は出来た。

 カレー屋さんを出て、コンビニ寄りたいと伝え、一緒に行く。


 結局午後から、ずっと一緒に居ることにしたようだ。

 彼女の心からも、ウキウキの声が聞こえるしな。


 だがそんな感じで、人生で初めてとも言える幸せ。

 それを人がかみしめていると、嫌がらせがやって来る。


 後に、闇からいずる者達と呼ばれるモンスター達。

 本日、初お披露目に出会ってしまうことになる。


 コウモリの翼が生えたデーモンたち。

 こいつらは、小型で身長一メートル程度。

 ただ、人の悪意を増幅させる。


 そう。道行く人が、笑い合っていたのに、突然横の奴を殴ったり、車道へ向けて突き飛ばしたり。


 誰でも、大なり小なり悪意は持っている。

 世の中には、心のままに深く考えず、つぶやいている人も居るようだが、大体の人は隠しているだけ。言う前に、なぜなのかと考えるから。


 やつらの影響を受けたのは、数人のようだが、周囲がいきなりパニックになる。

「なっ。なんですかこれ?」

「さあ? とりあえず、警察に電話をしよう」

 彼女をかばいつつ、電話をする。


「事件ですか、事故ですか?」

「警察官一丁…… あっ。お願いします」

「はっ?」

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