最悪な人生を、華やかに。-能力を得て自分のために使う。 世界を救う? えっ、何で俺が。-

久遠 れんり

世界の変化

第1話 ある日、何かが降ってきた

「当主。面会のお時間です」

「そうか。モーリッツ=フォルトナー君。キミにすべて任せる。良きに計らえ」

 そう伝えると、モーリッツ。使徒ネームはペテロが、呆れた顔をする。


「相手はアメリカ大統領です。就任のご挨拶ですから、受けてください」

「―― やだよ」

 そう言って、再びベッドに転がる。


「だめです。先日のイギリス大使には、お会いをしたのに」

「あれは、大使の奥さんが、手作りのプディングを持って来ていてさ。興味を持った小雪が、会ってと言ったからだよ。アメリカって、あそこのお菓子は、一度食ったからもう良いよ。甘すぎ」

「そんな事で、相手を選ばないでくださいよぉ。ここは、世界で一番重要な教団。あなたは、そのトップなんですから」


「―― モーリッツ君。私が日々言っているだろう。人を身分や性別で差別してはいけないと。同じ神の子なのだよ。僕が会っても君があっても同じ、もし彼、大統領が嫌そうな顔をすれば、キミが真理へと導いてあげなさい。判ったね」


「ええ、でしたら。等しく、あなた様がお会いすれば良いのでは?」

「人は等しいが、価値は違う」

「えっ。それは、差別では?」

「若いねキミも。これは区別だよ」


「ホントは?」

「面倒。任せた。キミをナンバーツーに任命しよう」

「いえ、前からその立場ですが」

「―― 気のせいじゃないか?」

「いえ…… えっ? えっ?」


 そう。五年前に瀬戸内海に創った人工島。

 そう言っても、昔誰かが海を割ったのに、対抗したわけではないが、力で隆起をさせたナチュラルな島だ。SDGsだな。

 島民は、ほぼ教団関係者。

 使徒十二人。それと家族。出入り業者。


 ここは日本だが、国際的な取り決めで日本ではない。

 教団の名は、『導きと救済の聖会』と言って、実にうさんくさい。

 代表の俺が言うのだから、間違いない。

 俺の使徒ネームは、ヨハネ。

 



 ―― 伝説の始まり。


「なんだこれは? 警告を出せ」

 アメリカの、有名な機関が大騒ぎをする。


 ある日見つかった、何か。

 銀河の中心方向から、光を遮る何かがやって来た。


 地球からは光を遮る何かが前にあるため、見ることができなかったが、そのすぐ後ろから、光り輝く何かも来ていた。


 それまでに、生命のあふれる星がなかったのか、やがて、それは地球を見つけた。


 ぶるっと全体が振動し、加速を始める。


 そしてそれは、燃えることなく。大気圏内へと降ってきた。

 その後を追いかけ、光る何かも。




 翌日。

 世界には、なにも異変はなく。

 俺はいつもの様に、派遣先に向かう。

 

 二十六歳独身のホモサピエンス。オス。

 身長百七十二センチと、少しだけ恵まれた体。

 だが、それ以外は駄目だ。


 三人以上、人が集まれば埋もれてしまう容姿。

 そして家族。親父の趣味である、競輪競馬パチンコで、稼ぐ金のほとんどを捨ててきて、母親は、バーゲンと名がつけば、三十キロの遠方へも走って行く。


 むろん、ガキの頃から、家に金は無く、大学を諦め就職。

 何とか入れた、地元の工場勤務。


 だが、偉そうな上司とそりが合わず、三ヶ月でやめた。

 そこから、次を探したが、あるわけもなく。

 派遣へと登録。


 たまたま通ったところが、居心地が良かったのだが、五年後、正社員として雇うために、派遣元に払う手数料が折り合わず。見送られたようだ。


 それから、いくつかを回り今の歳。


 絶えずやって来る、親からの無心。

 いい加減うんざりだ。


 通勤途中、視線の向こう。

 煌めく何かが、空から真っ直ぐ向かってくる。

 人間驚くと、足が動かなくなるんだぜ。


「秋晴れの、空に輝く、光る球。直撃避けず、目をつぶるなり。れーめん」

 山上直樹、心の俳句。


「あっ。俳句じゃ無く短歌だ」

 そんな事を言っていると、衝撃があるわけでもなく、体の中に何かが入ってきた。


 そっと目を開ける。

「生きているな。あっ、やべ遅刻だ」

 一瞬だけ手を見て、さらに体を確認をして、異常が無いことが判り、渋々仕事に向かう。


 そして、世の中では、その日からじわじわと変化が起きていた。


 中古物件の家が、内見に来た客の命を喰らい、ゾンビを吐き出したり。


 車に乗ると、黒い影がすでに乗っていて、勝手に走り出したり。


 どこかでは、バッファローたちが、すべてを破壊する暴走をしたり。


 コンビニの、入り口の曲がずっと鳴っていたり。


 押しボタン信号が、すぐ赤になったり……


 そう、静かに世界は変わった。



「山上君。君ねえ。皆八時前から来ているんだ。今何時だと思っている」

「八時五十五分。僕の始業時間は九時なので、五分前ですよね」

「君はそれで良いかもしれないが、皆はすでに仕事をしているんだ。悪いと思わんのかね。ほら、他のパートさん達も来ているだろう」

 この嫌みは、日課となっている。


 八時から、朝礼があるらしく、それに出席をしないのが気に食わないらしい。

 ちなみに朝礼では、軽く体操をする程度。

 時間外勤務をさせるための、こじつけとしか思えない。


「――思いませんね。そう思うなら、正社員として雇ってください」

 いつもながらの、あーいえばこう言う奴だなと言うのが、顔にありありと浮かんでいる。


「ちっ。報告をするからな」


 一応現場の上司が、そう言い残して目の前から離れる。

「けっ、机の角に、小指でもぶつけっちまえ」

 そうぼやきながら、椅子へ座ると、「ぎゃあ」と悲鳴が聞こえる。


「大丈夫ですか?」

「机の脚に小指をぶつけた。畜生」


「はっ?」

 偶然だよな。


 すこし考えて、試す。

「濡れろ」

 見回しても、会社の事務フロア。水気は全くないが。



 だけど、それは起こった。

 いきなり石膏ボードが崩落をして、天井の上。配管でも壊れたのか水が降ってきた。

 すぐに、ブレーカーが落ちて電気が消える。


 PCとかの電気製品が水をかぶり、ショートをしたのだろう。

 そして何より。おれの思った通りとなり、奴はずぶ濡れだ。


「ははっ」

 つい、笑いが出た。


 なんだこれ。一体いつから?

 ああ、何時という事は無い。きっと今朝だよな。


 あの光。

 この力は、超能力だ。

 これは良い。スプーンを曲げて、動画サイトにアップしよう。

 アフェで稼げる。

 そんな夢をつい見る。


「ねえ、小雪ちゃん」

「はい。何でしょうか?」

 横で呆然としている彼女。彼女は同期だが正社員。

 身長一五七センチくらいで、見立てではトップバスト八四センチのCくらいだろう。

 標準的な彼女。


「ほっぺ。ちょっと、つねって」

 自分のほっぺを、指さして彼女に頼む。

 この時、小雪は驚いていた。

 山上さん、今日は何か違う。

 どうしたんだろう。胸のドキドキが止まらない。


「えっ、はい」

 嫌がられるかと思ったが、素直な彼女。従ってくれた。

 気持ち悪いとか思っているのかな? でも、ためらいとか無さそうだし。


『そうよねぇ。私だって夢かと思うもの、この現状ビックリですよね。だけど、ちょっと感謝。山上さんのほっぺ。気持ちいいかも』

 彼女の気持ちが流れ込み、同時にぐにぐにされるほっぺ。


「あっ、ありがとう。これって夢じゃないんだね」

 彼女の気持ちに合わせるように、答える。

「そうですね」


 表向きは素っ気ないが、心の声は聞こえる。

『やっぱり、皆思いますよね。あーもう少し、ほっぺ触りたかった。夕食とか誘ったら、断られるかなぁ。派遣だとお給料厳しいから、私が誘う? でも正社員だから、頭に乗っているとか思われたらやだなぁ』


 いやあ、誘ってくれれば良いのに。

 そう思うが、一方通行なのか、届かないようだ。

 意識のせいかと思ったが、怖くて確かめられなかった。

 我ながらヘタレだ。


「反吐が出る」

 しまった声に出た。


「えっ、気持ち悪いんですか? トイレに行きます?」

「あっ。ああ」

『えっ。さっきの。私、声に出していたの? 嫌われた? どうしよう』


「違う。――あっ」

「えっ?」


 見つめ合う。目と目。

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