第三十七話 梗概から謝辞まで

 牢屋に足音と硬い突くような音が近づく。


「……惨めなものだな。小童が立てた作戦もどきはいとも簡単に散り、茶会と御御亭の信頼は地に落ちた。掌の上で踊る傀儡に過ぎなかったのだよ」


 太い鉄格子の奥に憎たらしい笑みを浮かべる金獅子――武尊が杖を突いていた。


「まだ終わりじゃねえよ。赦免花も師匠もまだ捕まってない」


 数刻の沈黙。


 彫りの深い皺を一層くしゃくしゃにして笑った。声を出して笑った。


「あの二人に期待しているのか!?箱入りの駒と爪弾きの魔法使いに!?傑作だな小童、手詰まりであることに気付かんのか。お前はもう六碌亭に入るしかないのだよ」


「っ!!」


 鉄格子から手を出し老人の衿を掴む。


「赦免花と御御師匠を馬鹿にするなよ!!私のことはなんとでも呼べ!!だがあの二人を悪く言うのは絶対に許さない!!!」


 それこそ私の本心だ。


 両の手の甲に深く刀子が刺さり、激痛で手を引く。指先から垂れる血。歯を食いしばり二本の刃物を引き抜いて石の床に投げた。


 他者を斬りつけたのに、罪の意識は少しもなく衿の埃を払っている。


「今六碌亭に入ると言えば、両手の傷を治してやるぞ」


「くたばれ下種」


 「そうか」武尊が片手を挙げると地上から漏れ聞こえた爆撃が止む。


「儂は今から上へ出向き演説を行う。裏阿部空と古本市を台無しにした犯人を捕らえたとな」


「やめろ!どこまで落ちぶれれば気が済むんだ!!御御亭になぜ固執する!何の恨みがあって、」


「恨みなどない。むしろ愛しているさ」


 杖の音が遠ざかり、反響する。


「くそっ!」


 最早足音は聞こえない。鉄格子に近づき、目視で誰もいないことを確認する。


 よしよし。演技だと勘付かれてはいない。


「見張りを付けないとは間抜けな連中だな。私が一人で抜け出せないと思ってるのか?」


 この拘束具は一度見ているし、何だったら異端審問会に余すことなく構造を聞きだしている。あの不可視の旗についても同じく。


 だから……やった!


 金属の塊は幾何学に切れ目を付けて手首からすり抜ける。両手の自由をぐーぱーに動かし感じて、肉の裂ける痛みに顔を引き攣らせた。


 残すはこの牢屋の防御魔法だけだ。これを破れば脱獄できる。


「……おいこれ」


 じっと鉄格子を見つめて、苦笑いを浮かべた。


 なんだこの複雑な防御魔法。複雑というか無駄が多すぎる。下手に解道すると部屋ごと吹き飛ばす爆発魔法がそこかしこに仕掛けられていて、謎解きというよりイライラ棒の方が仕組みは近そうだ。



「お、おい!こっちに来い!」


「やめて!離して!あっ今あなた私のお尻触ったでしょ!?いくら私が可憐な美少女だからって劣情を隠そうともせずお近づきになろうだなんて早計なんじゃなくって!?」


「そ、そんなつもりは……あの、お嬢様は別に捕えろって命令が出てないので牢屋に入る必要はないのですよ」


「やかましい!私は御御亭赦免花!敵対組織なのですよ!!いいから牢屋に入れなさい!……そっちのむさくるしい方じゃなくてこっちの空いてる方に入れなさいな」


 隣の牢屋から「誰がむさくるしいだ!」「女だからって調子乗るな!」「毎日お風呂入ってるわ!」と抗議の声が絶えない。


 煩わしそうな眉をひそめた少女が敵対組織の手下を顎で使い、牢屋の中に入ってきた。


「ありがとう。もう用は済んだわ、下がってよろしい」


「は、はい」


 どこか納得いってなさそうに手下は鉄格子から離れた。


 ひとまず顔を合わせて床に座る。


「赦免花さん?」


「なにかしら敬太郎」


「てっきり助けに来てくれたものだと思ったんですけど、わざわざ捕まり来るとかどういうつもりなんですか?」


「助けに来たのよ」


 赦免花は服の下から分厚い冊子を取り出す。白い肌とへそが見えて、


「ちょっとは目を逸らしなさいよ」


「そういうの恥ずかしい年頃か、悪いな」


「……これ、御御師匠の書いた魔導書。渡せって言われてたから、渡したわ」


 身体を倒して「涼しー」と冷えた石の床を味わっている。


 数ページめくってみるとびっしりの文字が。今までに発表したふざけた自由帳ではなく、魔導書としての形を成している。


 内容は解道について。見て盗め、とろくに教えて貰えなかった技術や知識について詳細に書かれていた。


「これを今日の古本市で売るつもりそうよ」


「すごい。なんだよ、やればできるじゃないか」


 読み進めながら倒れたままの赦免花をちらと見る。


「ありがとう。これでもう誰にも負けない」


「どういたしまして。命からがら逃げた賜物ね」


「赦免花は……この一件についてどこまで知ってるんだ」


「大して知らないわ。尊琴があなたに執着してることくらい」


「めちゃくちゃ知ってる!……ちゃんと仲直りできるかね」


 御御亭の存続を望む私と、六碌亭の入門を望む尊琴では主張が真っ向から食い違う。ここを脱出しても私と尊琴の対立は免れない。


 ページの繰る音が静かな牢屋に響いた。


「大丈夫」


 魔導書を持つ手に柔らかく冷たい指先が添えられる。


「敬太郎ならきっと大丈夫」



 『本研究の遂行にあたり、終始適切な助言を賜り生活を支えてくださった、我が弟子御御亭敬太郎氏と御御亭赦免花氏に深謝致します。

 最後に、魔導書を度々催促してきた魔法協会の皆様には、本当に許さんからな覚悟しろ。ここに感謝の意を表します。』



 謝辞まで読み終わり、牢屋の鉄格子に手を向けた。


 イライラ棒のような一触即発の地道な作業ばかりが続くように見えていたのにまるで違う。解道はいかに我を通すか、なんて不遜な魔法なんだ。


 開始位置に棒と通し、すぐに囲いに触れる。


 瞬間爆発魔法が起動し――それより早く爆発魔法を解道する。不発にするわけではなく、鉄格子にのみダメージがいくよう部分的に削った。


 無数の爆発音。


 べこべこに凹んだ鉄格子が枠ごと外れて倒れた。


「で、出来た。行くぞ赦免花!今すぐ連中を止めないと、って赦免花?」


「後で追い付くわ。ちょっと疲れちゃった」


「…………」


 頷いて、廊下に出ると階段が見える。茶会の面々が捕まった牢屋を素通りして上階を昇ると――

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