四冊目 裏阿部空古本市手引書
第三十四話 古本市開催
商店街から魔法学校までの一本の大通りには魔法で作られた桜が咲き誇る。
日が沈んで灯りを確保するべく、街灯と桜の枝の間に提灯がいくつも括りつけられぶら下がる。両側端には露店や出店があり、それより古本を売る店の方が多い。飲食物の代わりに魔導書がぎっしり詰まった本棚が連なり、数人の魔法使いが店番を担っている。
七座からのおふれがあって力を入れている一門が多い。反対に七座一門は席を譲らんばかりに店を出していない。
どこか例年とは違う雰囲気漂う中、ひときわ異質なのは二店舗。
脱座から再起を図り、充実した品揃えを見せる御御亭。
六碌亭から株を分け、六碌亭と変わりない実力を誇る望碌亭。
入口にあたる大きな鳥居には開場を今か今かと待ちわびる魔法使いでひしめき合い、古本市のスタッフが必死に抑え込んでいた。
開場まで、残り一分。
「こちら、敬太郎。位置に着いた」
『こちら、いちの信。準備完了』『こちら、譲渡。同じく』『こちら、正之。以下同文』『こ、こちら赦免花。いつでも大丈夫』イヤホン越しの返事に見えずとも頷いて、刻刻迫る時間に脈を早める。
御御亭の店番は許に頼んであるので、私たちは作戦に集中できる。
持つべきものは同郷の魔法使いだ。
深呼吸。
『只今よりィ、裏阿部空古本市を開催しまァス!どの一門も負けず劣らず粒揃い!!てめェらルールを守って楽しめよォ!!』
来た!
アナウンスが終わるかどうかのタイミングで鳥居に貼られた防御魔法は切られ、魔法使いたちは走らずも歩くより速く古本市に雪崩れ込む。
「やっちまえ!行くぞ茶会!!」
『『『了解!』』』
爆風。轟音。春らしくない熱波が街を包み、辺りのビル群が豆腐のように崩れていく。
買い物に来ているはずの魔法使いたちは熱を奪われた顔をして周囲を見回した。視線はどれも少し上。
悲鳴や戸惑いは少し遅れた。
東の方角。
青い炎そのものたる巨大な竜が街を火の海に沈没させんとする。
正之の担当。
西の方角。
白い氷そのものたる巨大な虎が街を凍てつかさんとする。
譲渡の担当。
南の方角。
赤い隕石そのものたる巨大な鳥が街を倒壊させんとする。
いちの信の担当。
どの獣たちも得意の技によって街並みを破壊しながら、一直線に古本市会場へ向かっている。
そして、北の方角。
時計塔の上に私は立っていた。裏阿部空の時計塔は破壊工作されていないので四面きっちり動いている。
「合理的判断で攻撃魔法を忘れた連中にはどうすることも出来んだろう」
インカムに軽いノイズが走り、『こっちの準備はできてるわ。いつでも始められる』赦免花の言葉に「すぐ繋げてくれ」と短く終わらせた。
『さん』
『に』
『いち』
『ぜろ!』
「そこまでだ!巨大怪獣共!!」
黒いローブを翻し、私は声高らかに叫んだ。
その声は足下のスピーカーから数刻遅れて大きく聞こえた。それだけではない、そこら中に括りつけておいたスピーカーから私の声が続く。
よしよしインカムの音はきちんと拾えているな。
「遠からん者は音にも聞け!近くば寄って目にも見よ!我が名は御御亭敬太郎!七座を脱せど正義の心は失わない真正の魔法使いなり!!我が魔法、解道によって滅ぶがいい!!」
少し上がっていた視線は私に釘付けだ。どれも怪獣討伐に期待している。
地上からうすら聞こえる叱咤激励の数々に背中を押されて、空中に第一歩を踏みしめた。
私の飛行魔法は独学故、変なのだとか――地上の歓声はわっと沸き立つ――変な魔法でも盛り上げには役立つのだよ!
一目散に駆け抜けるは東、即ち青炎竜の方向。
民家や木々が青い炎に焼かれて、形は保ちながらも全て煤の色に染め上げる。まさしく黒と青の世界。
竜は古本市に向かう足を止め、爬虫類らしい眼を私に光らせた。
「僕が最初か。いいの?あとの二人じゃなくて」
「いいんだよお前が最初で。いちの信と譲渡は頼めばやられたフリをしてくれるからな、時間をかけずに済む」
煤色の一軒家、瓦を砕きながら正之は屋根に立っている。
いちの信の得意魔法は亜空間作成。譲渡の得意魔法は魔導書蒐集。二人には無理を言って中身のないこけおどしの魔法を操ってもらっているが、彼だけは違う。
正之の得意魔法は青い炎。
魔法使いは自分の魔法に異様なまでのプライドを持つ。
彼だけは本来の目的そっちのけで私を倒しに来るだろう――故に、最初に倒しておきたい!
「紹介会の負けイベ再来だね。あのときは邪魔が入ったけど」
「今回負けるのはお前だよ。私は解道を究めて強くなった……来い!日青日月亭次期当主!」
「後悔しないでよ」
『暴れよ』正之はセットプレイを発動させる魔法を唱え、青炎竜は紹介会のときと全く同じ攻撃を繰り出した。
「『疾く停止せよ』、解道の文言くらい変えとけ」
火の粉を散らし、竜は静止した。
「その召喚獣の正式名称は『ブルーファイアドラゴン』。三種の魔法を層状に重ねて発動する、多段魔法の一つで日青日月亭に伝来する魔法の中でも最も難しい魔法の一つとされている」
「なに急に、時間稼ぎ?その手には乗らないよ『蹂躙せよ』」
「『疾く早く凍結せよ』、時間稼ぎじゃない。読んだんだよ、お前んとこの魔導書を」
竜は動かない。正之は焦らない、関心して軽く頷いている。
「今が争いの世だったらそうもいかんだろうが、大抵の魔法――それも七座の扱う魔法ともなれば詳細に調べられている。調べても複雑すぎて扱うのが難しいから七座の魔法とも言えるのだろうが、」
「『業火よ』『狂い焦がせ』」
多段魔法。重ねれば重ねるほど強力となり、複雑になる魔法。
召喚獣で三種。攻撃の命令に二種。計五種を重ねたそれは波大抵の魔法使いならば耐えられやしない技となる。
ぼうぼうと青い炎を盛んに燃やす竜は私に突進し、口を大きく開いて青々とした炎を放射せんと、
「私だって七座の魔法使いなんだよ」
人差し指と中指を揃えて伸ばし、下から上に引き上げる。
「『魔剣よ』『貫け』」
刹那、竜の口は閉じられる――否、上顎と下顎を大剣が貫き、無理矢理閉じさせられていた。
その大剣は禍々しくも神々しく、竜殺しの伝説を彷彿とさせる。正之の表情は歪む。咄嗟の命令より先に魔剣を操作し、竜の顎の下に――逆鱗に突き刺した。
強制解道の命令は同じく多段魔法による攻撃であった。
私は解道なら誰にも負けない。
「なんだ、強いじゃん」
正之は自らを燃やし尽くし、気化していく竜を眺めて呟いた。
プライドと慢心は表裏一体である。相手を軽んじていたなら、弱い技から、次第にアクセルを踏みどこまで耐えられるのか自然と試すようになる。
彼の全力は先日覚醒し会得した黄金の炎のはず。だが決して、最後の最後まで行使しなかった。
「今は元七座だけど。すぐに現になる」
「敬太郎ならなれるよ、僕が保証する」
インカムから『東の巨大怪獣、消滅。残り二匹』と通達。
「二人の進度は?どっちかはぎりぎりで倒したい」
『ちょっと巻けば望み通りになると思う』
「巻きね」
東から南へ――赤い隕石で生まれた鳥の方向へ宙を蹴り走る。道すがら南へ行くことをいちの信に伝える。
ごろごろと大粒の岩石がくっついたそれは落石で家屋を砕き、咆哮によって地割れを起こす。これで張りぼてなのだから恐ろしい――鳥が崩れ去った。
私が着き、倒すフリをする前に怪獣は消滅してしまった。
インカムから『南の巨大怪獣、消滅。残り一匹』と通達。
魔法を間違えたのか。いや違う、
『最悪だ!勘付きやがった、今すぐ逃げ――』
通信は途絶える。私たちからの呼びかけに反応はない。
額に滲む脂汗を春風が冷やす。
私は立ち尽くし、何が起こっているのか考えてしまった。いちの信は確かに『逃げろ』と言ってくれていたのに、忠告を意にも介さず思考を巡らせてしまった。
このヒーローショーが成功した暁には誰が一番損するのか。
これは裏ワザを許せない連中による嫌がらせだ。
黒焦げの廃屋からひょろ長い影が伸びて、人型に変質する。猫背で長い外套を羽織る黒い女。階段を昇るように飛行魔法によって目線を合わせた。
白い氷雪から生まれた虎は胴から真っ二つに裂けて蒸発してしまう『逃げろ御御亭!こいつらは――』譲渡の通信は途絶えた。
インカムから通達はない。赦免花はあれでも賢いからもう逃げたのだろう。
「なぜ、なぜ僕たちの計画の邪魔をするのだ」
「お互い様だな。私の計画の邪魔をしている癖に」
「この計画が遂行されれば貴公らにも利があるのだぞ」
「へえ。そりゃいい」
「だろう!?」
「で、その貴公らにはどこまで含まれる?」
尊琴は口ごもる。
「私だけか?私と師匠だけか?赦免花も含めて御御亭か?それとも茶会や私の周辺の魔法使いにも利があるのかね?どちらにせよ願い下げだよ、お前は周りを傷つけ過ぎた」
犬歯を剥き出しにして、瞳孔を開き、射殺さんと睨む。
「僕は敬太郎以外いらない。なぜ、いつまでも気付かないのだ」
「は」
「『捕えよ』」
マトリョーシカの如く上下半分に割れた空の招き猫に閉じ込められ、暗闇が訪れる。
「どういう意味だよ。おい!尊琴っ!!」
「もう少しだ。もう少しの辛抱で僕たちは一緒になれる、敬太郎も報われる」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます