第三十三話 四畳半の結論
「お前ら働いてないのかよ」
四畳半に戻ってくると、数時間前と変わらず布団にくるまり欠伸を漏らす三人がいた。変わったと言えば立ちっぱなしだった正之もこたつに入ってることくらいで事態は悪化している。
「まさか手前らがいねえ間俺たちがずっとここにいたと、そう言いたいのか?」
和菓子の入った白い箱を天板の上に置くと彼らはすぐさま自分の非を認めた。額を畳に擦りつけ、これから誠心誠意働くこと、今後私たちに逆らわないことを誓った。
「良いか赦免花、こんなカスにはなってはいけないよ」
「なろうと思ってなれる次元を越えていると思うわ」
どら焼きやまんじゅうを一心不乱に食らう三者は悪口を意に介さない。
「用は済んだの?」
真っ先に食べ終わった正之。視線は僅かに上へずれた、恐らく旗の刺さっていた箇所。
「済んでないが前進したな。旗も外れたし、裏ワザも思いついたことだし」
三人の肩が跳ねる。赦免花は気まずそうに視線を逸らした。
「そ、そんなことより、思いついた裏ワザって?」
「私は何も喋っちゃいないからそんなことも何も無いんだけどね。まあいいよ、不問にしてやる」
多少大袈裟に咳払いをして裏ワザ――『正攻法ではない御御亭が七座に返り咲く方法』について話し始める。
他二人も菓子を食べ終わっていた。
「私たちはまず『古本市で最も売り上げた一門が七座に入れる』前提を覆さなければならない。滅茶苦茶に荒らして不成立にさせるのさ、売り上げを盗むもよし、物理的な攻撃を仕掛けるもよし。舞台は裏阿部空だ、人間に気を遣う必要はない」
「不成立って、古本市を中止にさせるということか?一応主催の浦々がいるんだがね」
「中止にはさせないさ。というかお前らの師匠への口添えがあれば中止になんかならんだろう」
「仕事増やすなよ」いちの信の愚痴を無視して続ける。
「混沌とした会場はまさに争いの世。そこに解道に優れた御御亭が現れればまさに救世主だ!私たち盾がいかに重要か理解され、七座になくてはならない存在と認知されることだろう。解道なくしてこの世なし。御御亭なくして解道なし。即ち御御亭無くしてこの世なし、とね」
皆は唖然としていた。
「三人は会場を荒らしてもらいたい。できるだけ派手に、しかし分かりやすく、主役を食わぬ程度に」
そしてこの世の落胆をかき集めるが如く、溜息が四畳半に充満する。
「女を雇った悪漢から助ける男の構図だな」
「無理ゲー」
「御御師匠の入れ知恵ですか?」
「敬太郎のこと買い被ってたかもしれないわね」
ノックアウト。
畳に上半身を転がし、腕を広げた。これ以上私を責めるなというジェスチャーに口撃は止む。
「他に案はないの?」
「……御御亭は解道を究める一門だろう。解道を捨てるのは御御師匠を見捨てるのと同じなんだよ。解道が認められないと意味が無い。僕が魔道で活躍して御御亭が七座に戻ったとしても、それは他の一門が七座になるのと変わらない」
御御亭として七座に戻るにはそれ以外有り得ない。
それなりの労力と歳月をかけた書きかけの魔導書を捨てるのは惜しいが、五万字よりずっと大切なことを見つけてしまったから。
一隻の船を形作る部品を全て新しくとっかえたとき、その船は以前と同じものと言えるのか。
私はこの問題に否と答える。
だって愛着が湧かないじゃないか。
「無茶を言ってるのは分かってる。全ての方法を使って全力を尽くすつもりだが、これだけは譲れない。頼むよ」
沈黙。
答えはない。
もっと良い方法はあるはずだ。私よりずっと賢い者ならより良い戦術を披露し、彼らの二つ返事を聞けたことだろう。
大魔法使いになれず、万年茶会に入り浸り、古巣から飛び立てずにいる私の限界はここだ。理性と情の妥協点を見出すことが精一杯。
例え彼らが首を横に振っても私は一人で解道を認めさせよう。これまで御御亭の唯一の弟子だったときと変わらず、解道の何たるかを一番弟子として裏阿部空の地で教えてやるのだ。その覚悟は、ある。
「寂しいこと言わないでちょうだい」
真新しい――いや、焦げや染みがいくつか付いたローブの生地を両手で強く握る。
「あなたが言ったのよ、『認められるとか見返すとか、力比べでどうにかできる問題じゃない』って。あなたが言ったのよ、『魔道でねじ伏せろ。嫌がらせした奴らに後悔させろ』って。あなたが言ったのよ、『それが一番カッコイイ』って」
赦免花は唇を軽く噛む。
「あなたが言ったのよ、『打算のうちに擦っても取れない油染みみたいな愛着が湧く』って。私はあなたの為ならなんだってするわ。一人になんかさせない。そんな寂しいこと言わないで、これっぽっちでも考えないでちょうだい」
碧色の目を大きく開いて、翡翠のような瞳が潤えど雫を落とすことはない。
「赦免花」
「解道を活躍させるだけじゃ駄目なのよ。気持ちはとても分かるけれど、それだけじゃ七座に戻れるだけ。あなたにはもっと話し合うべき、仲直りするべき魔法使いがいるの」
聞こえるかどうかの声には悔しさが混じる。恐らく話したくて漏らしたのではない「私にはそれができなかったから」。
頬を掻く。照れくささと自嘲で微妙な笑みしていることだろう。
「まさか赦免花から説教食らうとはな。それもほとんど私が垂れた内容ときた、優秀だよ本当に」
「あなたの妹弟子だもの」
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