第三十一話 裏ワザと旗
「師匠!御御師匠!そこにいるんでしょう!?」
私は文字盤を乱暴に叩き、中にいるはずの師匠に呼びかけた。
「出てきてください!御御亭が大変なんです!師匠のお力なしに解決はできないんです!」
阿部空の地に聳え立つ時計塔。その内部は師匠によって魔改造され、研究室のように扱っている。
壊れた時計の文字盤は魔法によって閉ざされていた。こじ開けることはできず、その難解な術式を解く実力を私は持っていない。
こんなことなら解道をもっと勉強すればよかった。
何度も何度も声を張り上げ、
「敬太郎」
肩に触れ赦免花に止められた。側面の赤くなった手を降ろし、奥歯を強く噛む。
「いつから引きこもってる」
「ちょうど敬太郎が捕まったときくらい。だから多分……全部終わるまで出てこないと思う」
「師匠はそんな魔法使いじゃない。争いの世の頂点に立っていた師匠は戦いから逃げるようなお方じゃない。私たちを見捨てる師匠じゃない」
赦免花の表情は晴れない。無理もない、彼女が目にした師匠はどれも頼りにならなかったろう。
だが私は知っている。師匠の強さを。魔法の巧拙では測り切れない実力というものを。
「きっと魔導書を書くために缶詰されているのだ。数日もすれば出てくるさ」
「数日って。古本市はもう直前よ、そんな使えない解道のために時間を使うなんて」
「全くだ」
肯定したり否定したり、ころころ意見を変えていると思ったのか怪訝そうに首を傾げる。
師匠は敬愛していても解道を認めては――
――解道の王、王道こそ解道、即ち自分こそ解道である。
我らが師匠はそうのたまう。
私は師匠を尊敬しておきながら、解道をないがしろにしてきた。そういう時代だからと、リアリストを気取り、野望に忠実に、魔道へ鞍替えしてしまった。
それは彼女にとって自分をないがしろにされるのと変わらないのだろうか。
弟子にそんな扱いを受けるのはどれほど寂しいことか。
「七座に戻り、かつ解道を捨てないことってできると思うか?」
「無理じゃないかしら。解道って概念自体ほとんど無いに等しいし」
「もし解道が活躍したら、御御亭の重要性は再確認されるよな。解道の王のおわす御御亭はあるべきところに収まるよな」
「いいから言いなさいよ。何思いついたの?」
うんざりした口調。引き延ばしすぎたか。
「裏ワザだよ」
魔法使いとは狡猾で利巧で腹黒いもの。今度は私たちの番だ。
「なあ赦免花よ」
「なにかしら」
「いやに注目されているような気がするのだが、やらかした記憶はないかね?」
「私に責任を押し付けないでくれるかしら」
地上に降り立ち、茶会に戻ろうとしているところ。通りがかった商店街にて、周囲の人々が私たちに侮蔑とも奇異ともつかない生暖かい視線を向けていることに気付いた。
最近話題に上がりがちだから魔法使いに見られるのは分かるけれど、人間たちにさえ注視されるのはなぜか。
隣を歩く赦免花は恥ずかしそうに私の首の後ろを指差した。
「これ」
「これ?」
振り返っても手を回しても、何があるのか分からない。
「『私は異端審問会に捕まりました』って書かれた旗が刺さってる。スーパーの前に置いてるようなやつ」
「はい!?」
脳裏をよぎる異端審問官の言葉。『我々に拘束され生殺与奪を握られタというのは社会的死といって差し支えなイ』。社会的死というのはこんな地味ないたずらのことなのか!?
「ま……まさか私がシリアスな表情をしていたときも、研究室の扉バンバン叩いてたときも、裏ワザだのと格好をつけていたときも、」
「ついていましたよ」
「ぬほおおおおおおおおお!!!」
私は頭を抱え、地面を転げまわり、ブリッジしながら顔を隠した。
茹でられた蛸の如く全身を恥ずかしさで真っ赤にして身悶え、赦免花は知り合いだと思われるのがとても嫌そうだった。
「取ってくれ!迅速にこの辱めを終わらせてくれ!」
「取れるならもう取ってるわよ。ブリッジしたら地面にめり込んでるし」
いやどんな魔法だよ。解道の皆目見当つかん。
ブリッジを崩して立ち上がり、ポケットの紙切れを取り出す。
「この為の名刺かあ……」
「なにそれ」
「いいか、私は今から異端審問会にクレームを入れる。終わるまでおりこうに待っててくれ」
「はあ」
掲載された電話番号を確認しスマホを耳にあてる。
三コール以内に通りの良い声が異端審問会を名乗り、用件を聞いてきた。
「お前らが使ってる魔道具について余すことなく説明してもらおうか」
赦免花は長くなると悟ったのかぷらぷらと歩き始める。
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