第二十九話 作戦会議 in 茶会
牢屋を出るとそこはショッピングモールの屋上だった。
小さなメリーゴーランドやパンダの乗り物がぽつぽつ置かれ、風から守るプラスチック壁が周囲をぐるりと囲む。簡単な飲食店もあることから、ここが表の世界であることは予測できる。隔てていた扉から中世の牢獄は消えて、非常階段に代わっている。
「こんなところに……よく見つけられたな」
「いちの信が頑張ったんだよ。空間魔法は唐紙扉戸の十八番だから沽券に関わるって」
あの牢獄、茶会と仕組みは変わらないらしい。
一体どれほど異端審問会にに捕らえられていたのだろう、もう事が全て済んでいるなんてないはず。
『御御亭の脱座』という六碌亭の企みを阻止しなければ、私の野望は潰えてしまう。
焦る頭で思考を巡らせる。最優先事項は六碌亭との対決だが私一人では無謀だ。師匠と妹弟子に話を付けて作戦を立てるのが良いか、そうしよう、そうするべきだ!
「赦免花と御御師匠はどこにいるか知ってるか?御御亭の危機なんだ、今すぐ話を付けないと」
「その件について僕からも言いたいことがある。一回茶会に行かない?」
「そんな暇は!」
彼を睨みかけて「ああそうか」聞こえるかどうかの声量で呟き、頷いた。
私を助けてくれたのだから多少の事情は知っていておかしくない。彼は――茶会の魔法使いたちは味方なのだ。至らぬ考えに嫌気が差して、自責の暇すらないと正之に案内を頼む。
非常階段の隣にはエレベーターが設置されている。
手に滲む汗が不愉快でズボンに何度も擦り付け、共に鉄箱の中に乗り込んだ。
四畳半のこたつ部屋に扉前を空けて三人の魔法使いが座っている。
対面は妹弟子の赦免花、左側に唐紙扉戸いちの信、右側に浦々譲渡。正之は壁にもたれかかり私に席を譲った。
茶会に属する彼らは口を開かず、まるで私と赦免花が会話を始めるのを待っているようで、
「怪我はなさそうね、良かった」
彼女が最初に切り出す。
高飛車な口調は依然変わりないが言葉尻に安堵の念が漏れていた。彼女だってこの一件の被害者であるのにその健気さには胸が痛む。
「意外と異端審問会が魔道的だったおかげだよ。赦免花も大丈夫だった?」
「私は何も」
「私”は”ね……やっぱりもう事件は起きてるんだ」
こたつのふとんを両手で強く握る。覚悟はしていた。最悪の事態を想定していなかったわけじゃない。
「御御亭が七座を抜けた」
「っ!……そうか」
「爆破事故と脅迫によって異端審問会に捕まった。それが契機となって脱退を迫られた、ということになってるみたいだけど」
赦免花は天板に拳を打ち付けた。
「全部嘘じゃない!なんで法螺吹き連中の言うことなんて信じるのよ!!全部うちが……六碌亭が悪いのに!!」
「みんな信じてなんかいないよ。利害が一致したから信じてるフリをしたんだ」
「はあ?」
「元々悪名高い御御亭だから六碌亭以外にも敵視されている。敵視とまではいかなくとも七座に属することを疑問視する一門は少なくない。むしろ声を上げれば六碌亭と対立することになるし」
魔法使いとは狡猾で利巧で腹黒いもの。理解していたつもりだが、こうも分かりやすく牙をむかれるときついものがあった。
彼女の表情は精神的苦痛に歪む。「赦免花が責任を感じることはないよ」私の言葉に頷くだけで曇る顔が晴れることはない。
「責任っつーなら俺たちにあんだろうよ」
いちの信が乱暴に告げた。
「茶会に責任なんてあるわけないだろう。下手なフォローだなあ」
「フォローじゃねえ黙ってろ。俺たち、正確にゃ唐紙扉戸と浦々と日青日月亭の三つに責任がある。七座を脱退させるには過半数の了承が不可欠。そこで首を縦に振ったのが俺たちのクソジジイとクソババアってわけだ」
「そんな!みんな御御亭のこと裏で嫌ってたのか!?」
「んなわけ。何の為に俺たちが助けてやったと思ってんだ」
私は首を傾げた。譲渡が横からこそりと教えてくれる。
「六碌亭に目に物見せてやれと師匠方から命ぜられたのだよ。弟子が尻拭いをするのも変な話だがな」
正之は軽く笑って、
「師匠に言われなくても助けたけどね」
「良くも悪くも連中にゃ裏表なんざねえ。どーせ反対するにできない状態に追い込まれてたんだろ。だから今のことは内密に。俺たちは一門背負って戦うわけじゃねえ、血気盛んな若い衆が出張ったってことになるだろうよ」
「……ごめん。こんなことに巻き込んで」
「話循環させてえのか。悪いのは六碌亭で、この場にいる連中は被害者!利害の一致で報復するって腹くくってんだよ」
「”利害の一致”か、だったら何も心配は必要ないな。思う存分迷惑かけるよ」
いちの信は豪快に笑みをこぼす。
分かりやすい建前を言いやがって。
「私たちの目的は御御亭の七座復活で合ってるよね」赦免花の問いに全員が頷いた。
「数日後、裏阿部空で古本市が開催される。その市で一番稼いだ一門に御御亭が退き空いた席を与える、とつい先日七座から発表されたの。これってチャンスじゃないかしら」
魔法使いは魔導書を読み魔法を研究する都合上大量の本に囲まれて過ごす。
しかし自分の出した本でもない限り、既に魔法を会得した魔導書を読み返すことはそうそうない。後は虫の餌食となるか、重みで床を抜けさせるかだ。部屋の肥やしにするくらいなら必要とする魔法使いの手に渡らせよう、と始まったイベントである。魔導書には一家言ある浦々らしい。
最近では自分で書いた魔導書を売り出し、名を上げようとする者も少なくない。私も昨年自著を売った。
毎年参加しているので勝手は知っているのだ。しかし古本市で一番の売り上げかあ。
赦免花の提案に皆渋い顔をした。
「多分絶対数が足りない」
「絶対数」
「七座を勘定に入れなくても御御亭より人数の多い一門はいくらでもいる。人数がいるってことは魔導書を沢山持ってるってことで、売り上げを出せるってことで。茶会含め御御亭は六人だから、古本の数が圧倒的に不足してる」
「浦々の魔導古書店の在庫を流そうか」
「流石に足が着くと思う。茶会の暴走だけで済まない証拠にならないか?」
「多少なら問題ないさ、まあ敬太郎の言う絶対数には届かないと思うがね」
「ありがとう。助かる」
「自分で書いて売るのはどうかしら。ルール上問題ないわよね……あっ御御亭の本か、ごめん忘れて」
赦免花が想像したのはあのデカいメモ帳だろう。一応真面目な魔導書も私が出してるんですがね。ある種のネームバリューのせいで身内にしか買われなかったけど……。
「そもそも、クソジジイが言うには六碌亭のボケクソジジイが古本市の戦争の火種を作ったんだとよ。どう考えても策あってのことだ、正攻法でいけると思うな」
「御御亭を抜けさせることが目的じゃなくて、七座に空席を作ることが目的だったとか?でもどうして、」
「六碌亭の企みを考えたって仕方ない。正攻法がだめなら裏ワザを見つけないと」
正之の言葉にいちの信は首を振った。
「正攻法もカモフラージュでやっとくに越したこたあないぜ。俺たちは古本市の準備をしとくから、御御亭は裏ワザ考えとけ」
「分かった……頼りにしてるよ、みんな」
相手は私より何枚も上手だ。現に思惑通り、捕まって窮地に陥って相手の提示したルールの中で戦おうとしている。まだ動機も真相も見えてこない。今だって術中から抜け出せていないかもしれない。
六碌亭は御御亭を舐めている。
世間知らずの身内とへっぽこ魔法使いと古臭い師匠の三人では何もできないと高を括っている。こんな小賢しい真似を繰り返さずとも物量で押し潰せるのに、じっくりいたぶり、楽しんでいるようだ。
我々に勝機があるとすればその一点。窮鼠として猫の喉仏を噛み切ってやろう。
「赦免花行きたいところがあるんだけど」
「えっ、いいけど……外出るってこと」
「そうだけど」
「やめたほうがいいと思うわ。その、ちょっと大変だと思うから」
「確かに御御亭は大変な目に遭っている。だが行動しなければ好転もしないのだよ。ほら行くぞ」
彼女は眉をひそめ、実に不機嫌な様子で「忠告はしたから」こたつ布団から足を出した。
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