第二十ハ話 処刑執行

 石レンガに囲まれた底冷えする空間にランタン一つ、時代錯誤な牢屋に閉じ込められていた。


 両手両足錠で縛られ、壁面に固定されている。扉は一つ。窓はない。魔法を使ってやろうかと思ったが上手くいかない、きっとこの拘束具が魔道具の類で悪さをしているのだろう。



「毒で苦しめてやろうカ、毒で侵してやろうカ、それとも毒で殺してやろうカ」


「馬鹿言エ拷問が先ダ、生爪一枚一枚剥がしテ絶叫を高音質で録音するのだヨ」


「拷問なんて勿体なイ!綺麗な身体に斬首一撃、絶命させてやるのが処刑ってものダ!」

 


 液体が混ぜ合わされ沸き立つ音。金属の塊をぶつけるような鈍い音。刃物を研ぐ擦り切れる音。


 鉄扉の外から異端審問官の無機質なやりとりが聞こえる。


 私をどう殺すかの相談をしているらしい。できることなら殺さず無傷で家まで帰してほしいものだが、


「決まらないナ……ヨシ!本人にどうやって処刑されたいのか聞いてみよウ!」


 何がヨシなんだあ!?


「確かニ。我々だけで処刑方法を決めるのは身勝手極めていル」


「相手に配慮してこソの異端審問官。きちんと話し合いをもって処刑しよウ」


 私をそこまで思いやれるのなら『処刑しない』の考えまであと一歩じゃないか。もう少しきちんと話し合ってくれ。現代社会に通用する倫理観を見出してくれ。


 私は六碌亭らの悪行を、企みを伝えねばならない。死ぬわけにはいかないのだ!


 重く絶叫の如き音を立てて鉄扉は開かれ、強く白い光が飛び込む。顔をしかめて、目が慣れると三人の黒鎧に囲まれていた。足音も息遣いも聞こえず、兜の合間から冷淡な赤い瞳が覗かせる。


「御御亭敬太郎、貴君はどう処刑されたイ?」


「こ、殺されたくないに決まっているだろう!誰が好き好んで死に方を選ぶものか!」


「ククク、威勢だけは良いナ……だがそれが我々のできる最大限の配慮なのだヨ。さあ選ぶが良イ!毒殺カ!絞殺カ!銃殺カ!呪殺カ!火炙りカ!」


「やだああああああああああああ!!死にたくないいいいいいいいい!!ぬおおおおおおおおおおおお死にたくないよおおおおおおおおお!!」


 私は喚いた。あらん限りの声量を持って叫んだ。プライドも信念もへったくれもなくとても情けなく泣きべそかいた。


 流石の異端審問官も私の号泣にたじろぎ、


「違う違ウ!本当に殺してしまうわけじゃなイ!」


「い、今なんて」


 聞き返すより先に轟音が遮る。


「けいたろおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!」


 無風の牢屋の中にたちまち突風が吹き、床に積もる埃や鉄錆が舞い上がり、黴と血の混じった臭いにむせた。黒鎧たちは一斉に扉の向こうへ果敢に走っていく。


 うち一人はまだ私の傍に。絶え間ない地響きに顔を揺らす異端審問官からは動揺が見て取れる。


「なんダ。なにが起こってル」


「私の名前……そうか誰かが助けに来たんだ!やったあ!これで助かる!」


「クッ!そういう展開は好きだガ、処刑してからじゃ駄目なのカ!?」


「それじゃ助けたことにならんでしょう。死体だけ返すなんて当てつけも良いところだ」


「噛み合わないナ。異端審問会は裁判にかけた魔法使いを本当に殺すわけではないゾ」


「は!?」


「今時私刑など流行らんだろウ。我々は適当な理由で捕まえた魔法使いの身体を隅々まで調べ上げ、最適な処刑方法や計画を練りに練り、それで満足するようにしているのダ」


「へ、変な性癖だな」


「失礼だナ。だが安心したまエ、我々に拘束され生殺与奪を握られタというのは社会的死といって差し支えなイ。異端審問会の意義は十六世紀と変わらないサ」


 生き地獄が待っていると宣言されて一体何に安心すればよいのだろう。


 轟音は徐々に近づき、扉の端から青い炎がちらついた。「悪役とは潮時を弁えているものなのだヨ」黒鎧の変態は私のポケットに紙切れをねじ込み、迫る青炎竜に立ちはだかった。


「敬太郎を返せ!」日青日月亭正之は炎の中から声を荒げる。


「ククク、返してほしくば異端審問会の親玉たる俺様を倒してみロ!!」

 


 魔法無効化の鎧を前に苦戦しつつ、機転を利かせた大立ち回りで正之は異端審問官らを倒してしまった。

 


 「や、やるナ。次は貴様を処刑してやる……ゾ」捨て台詞を吐き、実に幸せそうに地に伏せる変態たち。


「危なかった……僕の魔法が覚醒して青い炎が黄金に輝き、魔法無効化を無効化する能力に覚醒しなければ負けていた」


「ほとんど蹂躙だったじゃないか。まさかあんな巨大な竜が小さくけれどパワーは百倍になるなんて。この強さなら御母堂も認めてくれるに違いない」


「そうかなあ、そうだといいけど。もうこの力は使えないみたいだし。まさか僕が伝説の竜の血を引く一族で傷がたちまち治る体質なんて知ったら勘当されるんじゃないかな。その上竜を呼ぶ魔法以外を使うと絶命する縛りをかけることで能力の底上げをしていたなんて知られたら……」


「ともかくだ。お前が自分の真実から目を背けずその才能を獲得したのが何より誇らしい。助けてくれてありがとう正之」


 彼は倒した異端審問官たちの身体を検査し、見つけた鍵で私を解放してくれた。


 手首足首に違和感がないことを確認。ポケットの中身をこっそり見ると、それは名刺であった。電話番号の上に『処刑のことならなんでもお任せ!』というキャッチコピー、『異端審問会』の文字が刻まれていた。かなり腹が立つ。


 この場に投げ捨てるのも意識しているようで癪だったので、気付かなかったふりをした。


「みんなで待ってる。行こ」


 覚醒しても態度はちっとも変わらない正之に手を引かれてこの牢屋を脱出した。

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