第二十五話 魔女裁判

 こつこつと頭が叩かれる感触。手首は後ろに回され縛られている。


 短く声を漏らして目を開くと私は証言台に立たされていた。


「は!?」


 左右には検察官と弁護人、正面には裁判官の席があり、裁判員はいない。暖色の照明がぶら下げられ、内観は法廷らしいがそこかしこに黒鎧が座っているのが異質である。


 検察官らしい黒鎧の隣には元凶たる武尊が不機嫌に眉をひそめる。その様子はいつか校長室で見た態度とはえらい違い。彼のまた隣には尊琴が座っている。


 私を起こしたらしい、そばに立つ黒鎧の異端審問官は木槌片手に裁判官の席に飛び乗る。


「これより原告六碌亭武尊と被告御御亭敬太郎の円形闘技場を意図的に爆発させた器物損壊、及び原告の孫赦免花をたぶらかし御御亭に入門させた脅迫について審議を開廷いたしマス」


 あの爆破事故は六碌亭の連中の犯行だ。赦免花が御御亭に入門したのもあいつの意思で……というか脅迫なんて追っかけてきた当初言ってこなかっただろ!


「異議ありだ裁判官殿。円形闘技場の爆破は尊琴率いる六碌亭の犯行で、赦免花の入門はそこの武尊に許可を取っている。私を罪に問うなど論外、こんなもの裁判にすらならない。どちらも証言できる者を私は知っている。名誉毀損で訴えてやろうか異端審問会!」


 黒鎧の異端審問官たちは一言として発しない。


「裁判官への誹謗中傷か小童。法廷で罪を重ねるとは教育が行き届いとらんな」


 武尊は低い声で軽蔑する。


「濡れ衣着せてきたボケ老人はまともに相手にするな、と師匠から教えられてるんでね」


「御御亭め……あらぬ疑いをかけるのはやめなさい。彼の前提は正しい」


「何が正しいだ異端審問官とグルの癖に。大抵の嘘は笑って乗っかってやるがこれは笑えない、あまりにつまらない嘘だ。おいボケ老人、お前何が狙いだよ」


「殺すぞ小童」


 宝玉のあしらわれた鋭い刀子が喉元に押し当てられる。ぐに、刃は皮膚に食い込み鮮血を垂らす。武尊の魔法。宝剣を製造し操る魔法は身動ぎ一つせず、対象を切りつけることができる。


「ガキだと思ってんなら冗談と流せよ、本当にボケてるんじゃないか?いいから吐け、俺を嵌めた理由、赦免花を陥れた理由を吐けよサイコロ野郎っ!!」


 刀子を掴み喉から引き剥がす。切れた手のひらから血が流れて、床へ投げつける。からからと軽い金属音を鳴って踏みつけた。老人を射殺すが如く睨む。


 蔑視はそのままに、乾いた唇を開いた。


「爆破事故、新入生のほとんどが六碌亭を見ていた、あれだけでは落とせない。だが孫が脅迫されたとなれば、十分に落ちる要因となる。貴様らの正しい関係を知る者はごく一部だ」


「落ちる、落ちるって……お前まさか!?」


 への字口が初めて笑った。


「七座陥落。御御亭が落ちるには十分な論拠だ」


「赦免花に御御亭入門を許したのはそれが狙いか……とんだクソジジイだぜ」


「許す?何を馬鹿な、御御亭に入るよう仕組んだのだよ。六碌亭に生まれた者に自由があるわけなかろう」


 私は飛びかかった。


 私の全てを奪おうとするこいつをなんとしてでも裁かなくてはならない。赦免花の全てを奪ったこいつをなんとしてでも倒さなければならない。武力行使でも魔法行使でもなんだっていい、今すぐにこれの企みを阻止しなければならない。


 検察官と弁護士の席に座る黒鎧が足を潰さんとする握力で引き、床へ叩きつけられる。顎と腹部に鈍い痛み。頭の中は怒りと後悔で満ちている。


「興醒めだな。裁判ごっこは終わりだ。おい異端審問会、あとはどうとでもせよ」


 唾棄した金獅子は壁面に広がる暗がりの中へ消えていった。物言わぬ置物となっていた尊琴も後ろめたそうに席を引く。


「お前の作戦ってやつはこれだったのか。御御亭を消すことが狙いだったのかよ」


「…………」


「なんとか言え!尊琴っ!!」


「…………もう少し、もう少し待ってくれ」


 彼女の表情は焦るでも曇るでもなく、揺るがない決意が表れていた。私の言葉は少しも届いていない。


 尊琴も金獅子の後を追う。


 私はただ一人取り残され、黒鎧に囲まれている。甲冑の影が横たわる私にいくつも重なり、妙な威圧感を放っている。身動きが取れぬまま玉のような脂汗が僅かに赤くなった顎から落ちる。


「あのう、ちなみにもちろん無罪ですよね?」


「有罪。死刑」


「そんな馬鹿なあ……いやマジですか。正気ですか。この平和な世にマジで私魔女裁判で処刑されんの?いやだ死にたくない!!やめろ来るな!!来るなあああああああああぎゃあああああああああ!!!」

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