第二十三話 焼肉戦争
魔法で生み出された桜の木は四月末まできっちり乱れ咲き、いくら花弁を散らせど葉桜にはならない。
「よっ」
「敬太郎!?」
満開の桜並木、正門すぐ外に赦免花を見つけた。
不当にも不審者扱いされる私に警備員は目を光らせており、堂々の侵入は許されず、ここで待つしかなかったのだ。
彼女の両脇には桃色髪と空色髪の少女、背に隠れて声を潜めて話し合っている。
「やっぱりこのひとが……」「だから御御亭に……」内容はほとんど分からないが褒められている気がする。
「違うわ!違うったら!」
彼女には何を言っているのか聞こえるらしく、頬を赤らめて二人に叫ぶ。
なんだその態度、せっかく私を褒めてくれているというのに。そう思ったのもつかの間、軽いおじきをしてくすくす笑って二人はどこかへ行ってしまう。
「もう!そうじゃないってずっと言ってるのに」
「友達ができて良かったな」
「っ……!うるさいわ!そんなことより、なんであなたがここにいるの!?」
「悩み相談に乗ってばっかりで大切なことを忘れていたんだ。入門者が全くいないからすっかりと」
「勿体ぶらないで早く言いなさいよ」
「新歓をします!!」
裏阿部空は週に一度メンテナンス作業を挟む為、居住が禁止されているほか飲食店を経営されることも許されない。
魔法学校周辺に見受けられる軽食の売店や露店はグレーゾーン、黙認されているに過ぎない。
私と赦免花は表の世界にて予約していたチェーンの焼き肉店に入った。
どことなくけむたい店内、肉の焼ける音がそこかしこからして、床は油で滑る気がする。
「七座なのに……」ぼやきを聞き逃さず、御御亭がいかに清貧に甘んじているか、この新歓は身銭を切って催されていることを滔々と説明し、うんざりな顔をされた。
店員に案内された仕切りの中に腰掛けてメニューを睨む。できるだけ安くて腹が膨れるやつ……。
「御御師匠はいらっしゃらないのかしら」
「誘ったんだがね、『吾輩はまだ認めんぞ!』と怒鳴って研究室に引きこもられた。一時間か二時間すれば顔を出しに来るよ」
「水平思考クイズ?」
「師匠下戸なんだ。最初からいたら久しぶりにできた弟子が嬉しくって呑み過ぎてしまうのだろう」
牛タン、ハラミ、カルビ、ホルモン各種、庶民の味方たる部位を注文しつつ、ありもしない高級部位を連呼する赦免花を窘め注文を終えた。
ビールとウーロン茶が先に運ばれてくる。
「えーでは、赦免花の御御亭入門を祝し、乾杯っ!!」
「乾杯」短くそう告げた彼女の口角は少しばかり嬉しそうに緩んでいた。
ふくらむ煙をダクトが吸い込み、対面する彼女をなんとか視認させる。
箱入り娘の肥えた舌では満足できそうもない肉々を彼女はもくもく食べて、半ライスを合間に口に入れる。
ホルモンの皿が一番先に空になって、焼肉奉行の命により私はタッチパネルから追加の注文を行った。
彼女が命じ、私が焼いて、彼女が食べる。
そのルーティーンは崩しようなく眼前に迫り、ひっそり育てたカルビたちが奪われゆく様を眺めることしかできなかった。
「校門前で会ったあの子たち赦免花の友達だろう」
届いたホルモンを広げて焼きながらも、網の端ですくすく育つハラミを視界から逃さない。彼女の気を我が子から逸らす為なら今日の本題も切り出せよう。
「……ええそうね、友達よ。私は少なくともそう思ってる、向こうはどう思ってるか知らないけど」
「あの子たちも友達だって思ってるさ、間違いなく」
信頼していた魔法使い、見下していた魔法使いに一夜にして白い目で見られるようになった不信はそう簡単に拭えるものではない。私とて信頼されているかどうか。
「認めるとか見返すとか、そういう打算を通り越した関係……君もようやく私の言ってることが分かったわけだ」
トングでカチカチ威嚇すると払いのけられ、十分焼かれたホルモン三切れを一気に箸で奪う。
「最初からそう言いなさい」
私はトングを再び鳴らして威嚇した。そういう横柄な態度がことを招いたのだと警鐘を鳴らす意味も含んでいる。
「あ、ありがとう。私の為に色々気を回してくれたみたいで感謝してる……これで満足かしら」
満面の笑みで牛タンを対面の皿の上に置いた。ふてぶてしく眉間に皺をよせながらも、塩ダレをかけて美味しく召し上がった。
「御御亭入門の悪影響はこれで気にならなくなるだろ」
「なくなるわけじゃないのね」
「むしろ時間が経てば上級生との交流が増え、御御亭の悪名は新入生たちにより伝わる。今後赦免花を不快にさせる出来事はもっと起きると思う」
「ああそう」彼女はこともなげに呟く。
「気にならないのか?」
「私を見てくれる友達がいるから問題ないわ。御御亭の新入生ではなく、赦免花として」
嘘のない言葉に私は心底安心して肩の力を抜いた。
えこひいきを嫌って評判最悪のうちに来るような魔法使いだ、強い精神を持っている。友人という支柱を手に入れたことで多少のぐらつきさえ消えてしまったようだ。
「それに、私を見てくれる先輩もいるから」
「赦免花……!!」
思わず声が震え、じんと目頭が熱くなる。
うっかり涙などこぼそうものなら私は彼女に最大の弱みを握られることとなる、決して見せるものかと眉間を揉んで天を仰ぎ――網を見ると私が育てたハラミが姿を消している。
彼女の取り皿にはチェーン店秘伝のタレにどっぷりつかった我が子のあられもない姿があった。
白米にバウンドさせた肉を口へ運び、わざとらしく恍惚とする「目を離すのが悪いのよ」。
「最初からそれが狙いかっ!!」
私は悲痛な叫びを上げて、皿に乗る彼女の好物たるホルモンには手を付けず網上にハラミを敷き詰める。裏切りの合図であった。
「大人しく搾取されていたらいいものを」
「焼肉は戦争だって教えてやるよ箱入り娘っ!!」
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