第二十二話 かわいい弟子には旅をさせよ(見守りはする)

 六碌亭との関係に決着をつける、というとても大きな問題は残っているものの、彼女の言うところの『認められる』『見返す』を達成するのは時間の問題だろう。


 魔法使いには口があり心があり頭がある、力より話し合いで解決する方がよっぽど良い。


 赦免花は聡いからそろそろ気付いているはずだ。


 しかし気付いていない場合もなきにしも非ず、聡さと同時に頑固さも持つのが彼女の性質である。


 新魔力テストとやらで力み過ぎて孤立していてもおかしくない。


 いざというとき愛すべき我が妹弟子をフォローできないで何が兄弟子だ。


 断じて初めての後輩に浮かれて構いたくなってるわけではない!



「頑張れ……いっぱい友達作るんだぞ……」



 私は校庭の茂みの中から応援する。


 闘技場の方でする予定だったが、爆破された為場所をここに移したらしい。


 山砂の敷かれた表の世界でもよく見る構造のだだっ広い校庭。


 真新しいローブを纏う新入生たちが教師に言われるがまま、火球を飛ばしたり、鉄の塊を触らず持ち上げたりしている。


 初歩の魔法をたどたどしく操る様は微笑ましく、かつての自分を――いや私に魔道を習った経験はなかった。


 存在しない思い出を製造しかけて、頭を振って赦免花を捜す。



「おい不審者共」



 頭が軽く叩かれたような気がした。


 不審者とも聞こえたような気もした。


 私は不審者ではないので声の主と暴力をふるった者は別だろう。



「やれやれ、取り返せぬ青春を目に焼き付けようとする変態がいようとは世も末だな」


「お前のことだ変態不審者め」



 しげみから顔だけを出すと、白衣に金髪の変態養護教諭が私を睨んでいる。



「なんてことだ不審者とはばかりだったのか。この変態ロリコン不審者!魔法学校から出て行け!」


「誰がロリコンだぁ……異端審問官に突き出すぞ!」


「お前の言動が動かぬ証拠よ。私はロリではない、つまり性愛対象ではない、故にそんな恐ろしいことが言えるのだ。違うか?」


「違う」


「なんだ違うのか」


「違うと言っている。いい加減ふざけるのをやめろ!」



 私は引き際を知る魔法使い、やめろと言われたらぐっと我慢だ。



「だが、不審者とは心外だな。私は妹弟子の頑張りを見学にきただけ、良からぬことなどこれっぽっちも考えちゃいない」


「入校許可証も持たずにぬけぬけと……!今すぐ帰れ、今なら不問にしてやる」


「厳しいなあ。前は保健室に居させてくれたじゃないか」


「授業中と休み時間じゃわけが違う!文句があるなら総務課に行け!」


「もう行ったさ!親族ではないから門前払いされたよ!だからこうやって不法侵入したんだよ!」


「躊躇いなしか!!」



 私は粘り強い魔法使い。許可が取れるまでぐっと我慢だ。



「許が見逃すまでここに居座るからな」



 彼は眉間を指で揉んで咳払い。「今回は見逃してやる。だが次はないからな、まったく不審者共め」



「ありがとう!」


「大声出すな。生徒に気付かれる」


「しかし不審者共、というのは?」



 許は屋根の上を指差した。大男と老人と幼女、少し離れて淑女が寝そべり校庭に見つめている、七座師匠陣に違いない。


 次に木陰を指差す。猫背で長身の男が陰に隠れて校庭を眺めている、尊琴みことに違いない。


 師匠たちはただの暇潰しだろうと予測つくが、



「なんで尊琴が」


「知らん」



 不機嫌に言葉短く会話を終わらせた。彼は調子を崩さずその木陰へ向かう。恐らく似たような説明をするのだろう。


 爆光。爆音、次いで爆風。


 和気あいあいとした空間に桁違いの魔法が放たれた。


 巻き立つ砂埃に目を薄くしてもなお、球状の炎塊が何体もの案山子の的を燃やし煌々と輝き続ける姿は目に映る。


 『火球を放つ』初歩の魔法を用いた適性検査、のはず。


 新米魔法使いたちは映像や文字の上でしか知らない規模の攻撃に呆気に取られ、教師たちは敵対組織の攻撃かと臨戦態勢をとる。


 誰も「素晴らしい!」と声を上げない、誰も「やりすぎたかな」と反省しない。


 火炎が消えても重々しく張り詰めた空気は残る。



 私は赦免花を見つけた。


 絶対評価を重んじ、承認と復讐に燃え、優秀さより完全な強さを求めた一撃。


 不必要に強力な魔法を使えるのは新入生のごく少数で、求められる以上の性能を見せつける頑固者は中でもたった一人に絞られる。



 気付いていなかったのか!


 しげみから足を伸ばし、杖を的に向けたままの赦免花に走り寄ろうと――身動きが取れない。青々と枝葉を伸ばす木、その影が私の胴や足に巻き付き動きを封じていた。



「よしたまえ無知な藪蛇よ。そう過保護では育つものも育つまい」


「どうしてお前がここに!」



 知ってたけど。


 木陰から滑るように身体を出す尊琴は外套についた枯れ葉を払う。


 影を操る魔法にはいくつか知見がある。術式の解析を試みながら、赦免花のピンチを助ける方法にもリソースを割く。



「こちらにも事情があるのだ」


「なんだよ事情って。身内孤立させて、それでもしなくちゃいけないことなんてあるのかよ!」


「僕も心苦しいよ。でも彼女の痛みももうじき終わる……もう少しの辛抱だとも」



 尊琴は目を伏せ、頭に血が上った。気付けば魔法は解いており胸倉を掴んでいる。



「話の通じない奴だな!その事情を話せっつってんだよ!!」


「僕が来ていたこと、彼女には言うなよ」



 両拳にのしかかっていた重みはすり抜けて、彼の身体は影と同化する。木陰に入り込み、逃がさまいと踏んだ影は僅か砂埃が立つだけ。



 「そうだ赦免花!」焦げて擦り減る火球の痕にいた。


 隣には心配そうな空色髪の少女と、遅れて駆け寄る桃色髪の少女は頭からこける。


 声が聞こえる距離ではない。泣きべそかく桃色髪の少女に赦免花は手を差し伸べている。



 私は自然と拍手をしていた。


 屋根上からも手を叩く音がまばらに聞こえる。


 感無量だ。


 可愛い子には旅をさせよとはよく言ったもの、人生の辛酸を味わうことで何物にも代えがたい経験を得たのだ。


 生徒たち、教師たちは私たちに奇異の目を向けていた。


 それでも構わない、こうして後輩の成長に立ち会えたのだから。


 奇異の目は不信感を呼び、警備員を呼んだ。


 私たちはつまみ出された。

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