第十七話 修行イベント

 エレベーターが地上へ着く頃には泣き止み、目を赤く腫らしている。


「帰る」


「待てよ、嫌味言われるためにここまで来たんじゃないだろ。何があった」


 別の廃墟に到着し、開いた扉の先に足音強く去ろうとする彼女の腕を掴む。鼻をすすり、掴まれていない手で目をこする。拒絶なく彼女は立ち尽くした。


「……アイス食べたい」


「は?」


「魔法協会の食堂のアイスクリーム食べたい」


「お前なあ。そういうわがままの積み重ねが愛想をつかされた原因じゃないかって、」


 赦免花は俯いている。涙をぽろぽろ零し、スカートを強く握って皺をつくる。


「食べたら。話すから。お願い」



 

「はぐっ……んも……もぐ……」


 パフェカップにはみだす大玉のバニラアイスが乗せられただけの簡単な一品。


 向かいの席に座る彼女は銀のスプーンで殴るようにアイスをすくいほおばる。枯れ果てた目から涙は出ず、赤い目をたまにこするだけ。


 昼食時を過ぎた食堂には遅めの昼ご飯を取る忙しそうな職員が数名いるくらいで、ほとんど貸し切りだ。


 タイル張りの床で滑り止めの取れた丸椅子ががたつく。


「そろそろ落ち着いたか?」


 首肯。


「良い子だ。改めて聞くが、なんで茶会に来た?」


「み、尊琴がそこに敬太郎いるって、言ったから」


「次に、じゃあなんで私に魔法を教えてほしくなった?」


「……何も変わらなかったから。違う、変わり過ぎたから」


「変わり過ぎた」


 泣き止んだのにじわと目尻に涙が滲む。


「学校のみんな私が六碌亭だから優しかった。でも御御亭に入ったら、すぐ噂になってて、それで、」


 彼女は言いよどむ。


「魔法使いの御御亭の扱いはよく知っている、長いんでね。昨日までのちやほやとはえらい違いだったろう」


 赦免花の読みは六碌亭生まれ御御亭育ちの評価は均される、というものだった。実際に受けたのは六碌亭を蹴り御御亭に入った裏切り者という評価。大誤算だろう。


 私を頼らざるを得なくなったのは、他に頼れる魔法使いがいなくなったから。


「お願い、私に魔法を教えて。新魔力テストで好成績出してみんなを見返したいの」


「新まりょ?旧どこいったんだ」


「魔法の上手さを色んな項目で評価するテスト、学校で受けなかった?」


「学校行っていないからね。なんだその顔……勘違いするな。入門したときに学校なかったから、行きようもないんだよ」


 とうとう魔法使いは学歴を気にしだしたのか。あっちの饅頭屋のあんこは素晴らしいとか、そっちの八百屋はおまけが多いとか、そういう話をしていたらいいのに。


「敬太郎いったい何歳なの?」


「魔法使いのルールその一『年齢を聞くな』。年下か年上か分かっていれば十分だ。メモ取っとけよ」


 ためらうような間があり、何もない空間に両手を入れた。対面に座る私の視点だと、いきなり腕が途切れたように見える。かと思えば大きな本を引っ張り出した。忌まわしき自由帳こと、原初の本である。アイスの隣に本を置き、最初のページに文字を入れる。


「空間魔法、唐紙扉戸からかみひとの十八番だろ。六碌亭ろくろくていはそこまで研究が進んでたのか」


「研究なんてしてないわ。私が使いたかったから最近覚えたの、持ち運ぶには重いじゃないこれ」


「化物か!?」


「敬太郎のこと嫌いになってもいいのかしら」


「いやごめん。ちょっと驚いただけ」


 一朝一夕で使えるはずのない魔法を簡単に習得できる。先日も私の飛行魔法の不出来を指摘できていた。手放すには惜しい能力を持っているのに六碌亭は赦免花の裏切りを許容したのだ。


 なぜ彼女の意志を優先させたのか。優先させたのに嫌がらせをする意味は。前後に生じた矛盾はその他要所のキーワードに手を伸ばし、しかし上手く繋がらない。


「赦免花の実力は十分だと思うよ。私の手助けは不要なくらい」


 魔法使いを目指し、魔法学校に入ったひよっこより頭一つ二つ分抜けている。


 新魔力テストなるものがいかように魔法の力を測れど、好成績を叩き出せるのは間違いない。


「それって周りに比べてってことでしょう。それじゃだめ。認められなくちゃいけないの、見返さなくちゃいけないの。優秀なだけじゃ誰も気付いてくれない。完膚なきまでに強くないと」


 復讐の炎が目に灯っている。まるで悲劇のヒロインだ。最初はヤケ酒だったのに今はこの被害者面が心地よく、酔いが回って回ってシリアス上戸。介抱する身にもなってくれ。


「今より上手く魔法を操る方法も魔導書の効率的な学び方も教えられる。けどそれを知ったところで、赦免花は好かれやしない」


「好かれたいなんて一度も言ってないわ」


「でもすごい奴だと思ってもらいたいって?そりゃできない。魔法使いの付き合いは基本打算だ。実力しかない奴は利用しようがない、故に認めないし眼中にない……力比べでどうにかなる問題じゃないんだよ」


 思い出したようにアイスをぱくつく。心の整理と現実逃避を兼ねた行為なのかもしれない。


「でも、打算を続けていくうちに関係に油染みみたいな愛着が湧いて、こすっても取れないからいつまでも続く。魔法の格で見返すんじゃなくて、魔道でねじ伏せろ!お前に嫌がらせした連中に『するんじゃなかった』って後悔させろ!それが一番カッコイイ!」


 走らせ続けたペンを置き、赤くなった指の腹をひとしきり眺めた後、赦免花は首を傾げた。


「なに言ってるの?」


「伝わらなかった……?少しも?」


「実力を見せつけた方が分かりやすいし格好良いじゃない」


「はっはーん、さてはお前馬鹿だな」


「お前って言うな!馬鹿って言うな!!」


 指の次は顔を赤くして怒る彼女。気を静めようとしてかパフェカップにスプーンを当て、痛々しい高音が鳴る。からん、スプーンは容器ふちを滑り揺れる。


「魔法使いのルールその二!『みんな仲良く』!このせっっっまい魔法使い界隈で浮くと悪いことしかない!殺したいほど嫌いじゃないなら愛想で誤魔化せ」


 「幼稚な見出しね」文句を言いながらも、一字一句漏らさず真っ白なページにインクを染みさせる。


 記憶力は良いし、性格は素直。ただ素直過ぎてへそ曲がりなところが悪目立ちしている。


 総評悪い奴じゃない。悪い奴じゃないが、そう気付くまでに時間がかかるタイプだ。赦免花に友達が出来る為にやれることはないか。くそうあの金獅子め、これが狙いで送り込んでないよな。


「……よし、修行行くか」


「修行!?」


 悲鳴に近い音を丸椅子は立てる。思わず立ち上がった赦免花のビー玉のような碧眼はより輝く。


「やっぱり魔法を教えてくれるのね!長々喋ってるのメモ取るの飽きてたからとっても嬉しい!どんなキツイ修行も耐えて最強の魔法使いになってやるわ!!」


「ああ、俺の真髄を叩き込んでやる」

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