第十六話 魔法使いのルール

 ああは言ったもののなんだかんだ魔法使いとしての歴の長い私を頼りたくなる機会はあるだろうと数日そわそわしていたが、そんな都合の良いことは起こらなかった。


「考えてみればさあ。私みたいなポンコツ一門のポンコツ魔法使いを頼らなくても六碌亭に優秀な魔法使いはいるわけだよ。いや私が優秀ではないということではなくてね?今まで指南してもらっていた魔法使いもいただろうし、先輩らしいこと何もできないわけさ。それがつらくて、かなしくて、私はみかんの皮だ!コンポストに捨ててくれ!!」


 天板に突っ伏し、みかんたちが机上をごろんごろん転がった。


 「生意気じゃない後輩なんていない。妹なら特に」と日青日月亭正之は嫌な記憶を思い出したような顔をして、


 「最後の最後まで有効活用されようとしてんのうぜー」と唐紙扉戸いちの信は茶々を入れ、


 ここで浦々譲渡がフォローをしてくれる。しかし台詞はない。


「譲渡は?」


「古本市近いから来れないって」


「真面目だね」


「あのジジイが怖いだけだろ」


 ポンコツ魔法使いの粋を結集し、茶会は新たに作られた。と言っても内部構造を一新し、通路を変えただけなので見かけ上は変わらず四畳半にこたつである。


「せっかくの妹弟子、仲良くなりたい。でも年頃の女の子の気持ちなんか分からないし、向こうが仲良くなりたいと思ってないなら声のかけようもない」


「思春期娘の親父か!ほっとけよそんな薄情モン、悪手打ってるって後々気付くだろ」


「そうはいかない。あんなでも私の後輩だ」


「もう情が湧いてら。足元掬われても知らねーぞ」


 正之は他人事に口角を歪め、黄色く染まった爪でもうひとつみかんを剥く。



 レトロな音が到着を知らせる。



 「譲渡かな」「尊琴かもしれんぜ」扉が開かれ、現れた少女に私たちは呆気に取られた。私と他二名の驚嘆の理由は異なるが。彼女は四畳半に踏み入り、私の肩に手をつく。


「敬太郎!魔法教えて!!」


「よしきたああああああああああ!!!」


 これだ。私はこのときを待っていた。興奮冷めやらぬまま、しかし頼れる先輩としての気品は忘れず、彼女の頼みに粛と耳を傾ける。


「ちと待てや手前ら。このまま話を進めるつもりか?」


「なにか不都合でもあるかしら」


「黙れ新人。七座魔法使いの御前だぞ」


 ぴりと空気に辛みが足される。射殺すような目つきに赦免花は黙りこくる。


「手前らの問題に出しゃばるつもりはねえ。だがここは茶会で、限られた奴らの場所だ。手前が許可なく来やがったのは、踏み込んでいい問題……おい新人、誰にここを聞いた」


 いちの信――黒スーツの男の言葉選びは喧嘩調、軽快さが一切無い泥のような喋りであった。


 かの金獅子武尊の放つ緊張感とも、あの師匠の吐く罵声とも違う、インテリ尋問。


 肩に触れる手の力が僅かに強まる。


「私が呼んだんだ。約束してたんだよ、待ち合わせ場所に都合が良いと思って」


「あァ?本気で言ってんのか」


「本当だよ。この敬太郎、生まれてこの方嘘なんてついたことない」


「……じゃ今度から事前に言え」


「そうする。そろそろ行くよ。教えることは山積みだからね」


 布団から足を出してエレベーターの中に彼女の肩を押し込む。


 「おい新人!」叫び、溜息をついて赦免花を睨んだ。


「そいつは性格最悪だが、心根と魔法の腕は確か。生意気言ってると痛い目見るぞ」


 ごうんごうんと音を立て、扉は閉まる。



 ほんの僅か重力が軽くなったかと思えば、右へ慣性が働く。別経路を辿るため鉄箱の動きはスマートとは言えない。


「嘘つき」


「なんのこと?」


「なんで庇ったの。あのくらい平気よ、なんだったら喧嘩もするつもりだったのに」


「するなするな。気が強いのは良いことだけど、誰にでも喧嘩を売ってたら後々面倒なことになるよ」

「向こうが突っかかってきたのよ」


「突っかかる原因は赦免花にあった」


 彼女は眉をひそめる。言葉の上では納得して見せているが、腹の奥では気に食わないと態度が悪い。

「……確かにルールを知らなかったのは私に非があるけど、喧嘩を売ったつもりはないかしら。誰にでもっていうのも心外」


「数日前も売ってたろ」


「誰に」


「武尊師匠」


 動きが完全に止まった。指でくるくるいじる金髪が頬にかかる。自覚なかったのか。


 先日の武尊の面倒を見てくれという発言がやけに臭ってきた。


「一門に生まれたらその一門に入るのが魔法使いの常識!赦免花がしでかしたのは宣戦布告だよ、それも一門を作った相手にだ」


「そ、そんな……でも、そんなの誰も言ってくれなかった」


「いや言ってくれるはず。血縁の御乱心だ、止めない方がおかしい。周りの魔法使いに相談したことあったのか?」


「…………」


「してないんだな」


 名家の令嬢は魔法使いとしての『生き方』を知らない。


 日本最大の一門に生まれれば、周りは全員身内だ。魔法使いとしてではなく、最古の魔法使いの孫娘として扱われていてもおかしくない。


 ほんの少し外で遊ばせた結果、あっという間にボロが出てしまった。本来箱の内に納まり続けるはずだったのに。


「そんなわけないわ。だって、尊琴が茶会を教えてくれたのだし……」


「尊琴が言ったのか」


「っ!?ち、違う!違うの!!」


 声を上ずらせ、乱暴に私の服を引っ張る。まるで嘘がバレた子供のようだ。いや実際子供なのだ。何も知らず、知らされず、知ろうともしなかった、子供。


「あいつは赦免花がルールを破るよう仕向けた。六碌亭の裏切り者に嫌がらせをしたんだ」


「違う!尊琴はそんなことしない!な、なにかの間違いよ!!だって、だってあんなに、優しかったのに……」


「優しかった、ね。わがままに付き合ったり、暴言に耐えたり、起こした面倒事を片付けてくれたり、そういう優しさか?」


「何が言いたいのよ!!」


「あいつは打算込みで師匠の孫娘に『優しく』したんだ。でももう利がないと知って切り捨てた。現に私の知る尊琴の性格は茶会いち悪い」


 決壊した。


 大声で喚きながら私の胸あたりを何度も殴った。防御魔法を張るまでもない弱々しい打撃が続いて、痛々しい嗚咽を上げる。


 彼女にとって頼れる魔法使いだったのだろう。良き兄として振る舞っていたのかもしれない。先述は私の想像に過ぎないが、心を許していた相手に裏切られたときの絶望は事実として現れている。


 性格の悪さが美徳とされる魔法使いにおいて、彼女はあまりに甘く優しく育ってしまった。

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