赦免花異本

第十二話 異端審問会ー①

 かつて人間たちは西洋の地から魔法使いの排除に成功した。


 束になった人間の底力を軽んじていた慢心もあるが、もう一つ、決定的な要素が存在する。

 魔法使いにして人間たちの味方をした忌むべき正義のヒーロー『異端審問会いたんしんもんかい』。


 彼らは協力的な人間に魔道具と呼ばれる魔法が使えずとも似た力を発揮できる武器を増産し、魔女裁判、魔女狩りに勤しんだ。


 渡日した魔法使いを追いかけてやってきた異端審問官も少なくなく、現代においても手を変え品を変え魔法使いとの対立関係を維持し、日夜魔法使いを処刑できないか画策している。



「首尾はどうだったんだ。何人入門した」


 魔法協会で見たときよりカジュアルなスーツに白衣、回転椅子に座るばかりは愚問を投げかけた。


 不機嫌そうな顔をすると「わかったすまない」苦笑いを浮かべて、広げていた新聞を畳む。


 紙面いっぱいを飾るのは『魔法学校爆発事故』という見出し。他七座の紹介はリモートで行われることとなり、御御亭と六碌亭はそれなりの懲戒処分を受けた。


 差し出されたホットミルクを渋々受け取り唇を付ける。


 私は魔法学校の保健室に遊びに来ていた。彼は養護教諭だから。いくつか並ぶ白いシーツのベッドの一つの上に胡坐をかいて、生徒のいない自由な空間を存分に味わう。十分加湿された、消毒液の臭いの充満する空気は日常とはかけ離れていて逆に体調が悪くなりそうだった。


「いつもは茶会で時間を潰すんだけど、一度師匠たちから襲撃を受けたのでね。しばらくは使えない」


「だからってここに来ることはないだろう。お前は卒業生でもないのだし」


「同郷のよしみというやつだよ」


「ぐっ……分かった。だが生徒が来たら隠れろよ、一応部外者なんだから」


 いつぞやの恩を返せという暗の主張は許に通じたらしく、彼は了承した。


 大変な一門紹介会を終え、変人が興味本位で入門届を持ってくるかと期待したがその甲斐なく、一枚としてあのわら半紙をお目にかかることはなかった。


 日々の勧誘も実を結ばず、もう潮時と保健室に愚痴を垂れにきた次第である。諦めて研究に専念した方がまだマシか……。

 


 横開きの扉が勢いよく開けられるのと同時、「先生!」女子生徒の痛烈な叫びが耳に入る。


 間髪入れず許は私の座るベッドのL字カーテンを機敏に閉めた。カーテンレールが擦れる音が高鳴り、清潔な布地は大きくはためく。


 視界が白に染まる中、女子生徒の声には困惑が乗っている。


「せ、先生?」


「おやあなたは。見慣れない顔ですね、新入生ですか。そしてそちらの方はご友人ですか」


「なんで平然としてるんですか。さっきの奇行は一体なんですか」


「事態は一刻を争うかもしれません。どうなされましたか」


「え、えっと、友達が急にお腹を押さえて、痛いみたいで、それも普通の痛みじゃないみたいで」


 カーテンに映る影は許と女子生徒。彼女の背には「いたいよお」「苦しいよお」とうごめく一人がおぶられている。その声もまた女性だった。


「何か普段と違うことをしたり、違うものを食べてはいませんか」


「キノコを拾い食いしてました。多分毒が回ったんじゃないかって」


「犬の話ですか」


「見ての通り魔法使いです」


「うっ、うちのじいちゃんが言ってたんだぜ。魔法使いたる者小腹がすいたらいかなるキノコも食せって」


「食糧飽和の世になんて教えを守ってるんですか!?」


 馬鹿な生徒かと思ったら、馬鹿かつ残念師匠を師事する生徒だった。ただの馬鹿なら大いに苦しめばいいが、残念な師匠には私も覚えがある。同士として放ってはおけない。


 キノコの詳細を聞き、いそいそ薬の調合を始めた許をよそに、カーテンの隙間から腕を伸ばす。人差し指の先をおぶられた女子生徒に向け、魔法をかける。


「いたいよお……いたい、いた?あれ!?痛くない!!」


 すぐ手を戻す!多分見られてない。


 「人騒がせ。もう変なもの食べないでね」呆れた声で女子生徒を降ろし、「大事がなくて良かったよ」と許は取り繕っている。彼の目から何故腹痛が治ったのか明らかだろう。


 二つの足音が保健室を出ていく。さっき手を出した隙間に顔を入れる。少女二人の髪が混じり春風に乗る――桃色髪と空色髪。


 あれ、確かあの子たちは、


「私んとこ蹴って六碌亭行った二人だ」


「……お前の仕業じゃないだろうな」


「私はいたずらに魔法をかけて楽しむような悪辣ではない!正面切って騙してこそ面白いのだよ」


 先の女子生徒、恐らく桃色髪の少女と同じく呆れて「馬鹿馬鹿しいな」と呟く。


「稲荷の使った魔法、ありゃなんだ。正確に毒を消し、鎮痛させる回復魔法なんて聞いたことない」


「作ったんだよ。あと苗字で呼ぶな」


「作った!?あーいや……そんな魔導書出していたような」


「読んでないな。腹の痛みならなんでも治し、なんでも起こす私の大発明を読んでいないんだな」


「買ってはいるんだけど、その時間がないというか」


「同郷の魔導書を積読するなよ」


 気まずそうに視線を逸らす保健の先生は話題転換とばかりにホットミルクのおかわりを提案した。


「性格こそアレだが、お前は魔法の腕は確かだ。どうだろう、これを機に魔法学校に勤めるというのは」


「嫌だね」


「嫌か」


「嫌だとも」


 許はこれ以上就職勧誘をしなかった。先日まで勧誘に励んでいた者が逆に勧誘されるだなんて、ミイラ取りがミイラになるより情けない。



 再び扉が開かれた。


 小柄な性別不明、頭から爪先まですっぽり隠れる黒い鎧を身に付ける魔法使い。無言のまま立ち尽くすそれは恐らく生徒ではない。許も判断に迷って私を隠すかどうかもたついている。


「知り合いか?」


「……どなた?」


 それは余る袖口から丸めた和紙を突き出す。封を解き、綺麗な筆文字がつらつらと続いている。


「魔法使い御御亭敬太郎を魔女裁判にかけル。罪状は魔法学校爆発事故の主犯にまつわるル……」


 以降も長々と罪の重さや裁判の内容についてしわがれた声で読み続けた。


「稲荷!!」


 声が聞こえるより先に机上の窓を開き、保健室から逃げ出した。窓枠に足をかけ、外は中庭。ぼうぼうと草木が伸び、踏んだ地面は想像より数段低い。茂みに下半身をすっぽり埋めて強く茎を踏んだ。早く、一刻も早くここを離れないと!


「したがってこれは中世西洋の魔道に反する魔女裁判とは違イ……ああ、またいなイ。ベータ、ガンマ、ターゲットは中庭に出タ。『魔女狩り』を実行せヨ」


 フードの内側、目が一つ赤く輝いた。

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