第十一話 原初の本ー③

 闘技場の大部分を占めていたデカブツがいなくなったことで、この場に残るのは私と正之、遅れた師匠。あと黒子。


「流石に、強いね」


 奥歯を噛んだまま告げる降参には悔しさが滲んでいる。肩を落として杖をしまう。


「あの、そろそろ降りて頂けますかね。このままでは私の頭皮が焼け焦げてしまいます」


「焦げればよかろう。それとも吾輩の毛先が土で汚れても良いというのかね」


「良いって言ってるんでいだだだだだだ!死ぬ!!本当に頭皮が死ぬ!!脳天だけ毛が無い最高に残念な禿げ方をしてしまう!!!」


 脳が揺れるのも構わず頭を振ってみるも華麗な体重移動により彼女が体勢を崩すことはなかった。


 黒子が大袈裟なジェスチャーにより持ち時間を越していることを伝えようとする。声は出さずとも十分見えていたが、師匠に進言するのも面倒なので無視した。師匠は気付いてはいるようだが魔法使い特有の不遜をもって無視した。


 「マイク」ぶっきらぼうな物言い。上へ手を伸ばし頭に立つ師匠へ渡した。


「えーテステス。弟子候補諸君、この未来の兄弟子からおおよそ御御亭の素晴らしき成果と栄華については聞いたところであろう。たった数分で語り尽くせたなどとは思わぬが、諸君らの心を奪うには数分あれば十分だ。故に大魔法使い七座御御亭御御はこれをやる。しかと受け取り、御御亭の門を叩きたまえ」


 数百は下らない座する新入生の膝少し上の空間が切り裂かれ、小窓が出現する。ジッパーのように楕円に開かれた、異空間への小窓。向こう側には薄い雲の動く青空が見えたのもつかの間、重い本が落ちてきた。


 百科事典や電話帳なんかよりずっと大きい、本であると認識するのも一苦労な装丁綺麗な書物。革張りで魔石、魔法貴金属がふんだんに使われた煌びやかな表紙なのに中身は白紙。いや違うと新入生の誰かが声を上げ、一ページ目に一文だけ印刷されていると話す。


 自慢げな笑い声が頭上から聞こえた。


「師匠……?まさか準備って」


「無論これよ!昨年の反省を生かし魔石にも手を出してみた!!いやあ金も時間もかかったが完璧で満足な出来だ!!いい仕事したー」


「もちろんポケットマネーですよね?私のバイト代より少ない研究費から出してるわけじゃないですよね?」


「いや研究費だが。もう金はないぞ。なに安心せよ、どうせ今年も研究らしい研究なんて、せ、ぬ……」


 私は師匠の足を掴み、地面に振り落とした。尻もちをつき、私を見上げる彼女の表情にはなぜ怒っているのか分からないと不可解が滲む。


「なにしてんだよ!?一年に一度の機会を潰してその上研究費がないだと!?七座抜けたくてしょうがなかったのか!?」


「お、落ち着け敬太郎。これだけ金をかけた『原初の本Ⅱ』を賜った弟子候補たちは間違いなく御御亭に入りたくなる、」


 「これ自由帳だ!」客席のどこかから聞こえた声に彼女の表情は固まる。


「先輩から聞いたんだよ。御御亭は毎年魔導書もどきの馬鹿デカい自由帳を配ってるって」


 紹介会に似つかわしくない不穏な盛り上がりが客席中に伝播し、新入生の一人がこんなものいるかと闘技場の中に投げ入れた。あまりに重い本は飛距離が伸びない。防御魔法に阻まれるはずだったが、ある程度の魔法なら解道してしまう仕組みが入っているらしい。


「自由帳?心血注いで作った魔導書を自由帳呼ばわりとな?」


 顔に影を落としながら、緩慢に立ち上がる。壁に囲まれ無風の空間、その白髪は魔力を帯びて激流の如く揺れている。


「ふふふふ……裏阿部空も魔法学校も最初から気に食わなかったのだ。こそこそ隠れて魔法を励んだところで軟弱な魔法使いしか育たないに決まっとる。森羅万象は魔法使いの為にある!人間も魔法使いの所有物だ!即ち表も裏もなく阿部空は真の魔法使いのモノなのだ!!何が真足り得るか今ここで見ておけ!!!」


 裏阿部空市は魔法によって造られた異空間である。


 術式の複雑さは混迷を極め、並大抵の魔法使いなら表の世界と見分けがつかない。が、ここにおわす御御亭御御は解道の腕だけは随一。


 一部を切り取り、穴を作って、表と裏を繋げることなど造作もない。私の頭の上に立ったり、大きな魔導書を出現させたり、その仕掛けはこれである。


 つまり。つまりだ。この裏阿部空市自体を解き解し、存在を抹消することさえ――


「師匠おやめください!そんなことしたら七座陥落どころじゃないです!!異端審問会に目を付けられますよ!!」


「ええい離せ敬太郎!吾輩は、吾輩を愚弄したこやつらに目にも見せねば気が済まんのだ!!」


 私は師匠に跳びつき懇願する。遅れて黒子も師匠にしがみつき懸命に首を振っている。


 司会も事態の恐ろしさに気付いて新入生たちに退場するよう叫び、運営の者達がどかどか闘技場に入ってきた。


 正之と言えば原始時代に捕らえられた獲物の如く、足首手首を縛り一本木に吊るされ、女魔法使いたちと非常口に消えてしまった。


 悲鳴や罵声や怒声。実に魔法使いらしい声が飛び交う。


 「我ら六碌亭の出番はまだか!?御御亭の連中、時間を食い過ぎだろう!!」尊琴と彼の弟妹弟子が運営の黒子の合間を縫い闘技場内に雪崩れ込む。彼ら既に臨戦態勢で皆杖を構えていた。


「ババアやめろおおおおおおおおお!!」


「吾輩こそ真の魔法使いだああああああ!!」


 六碌亭は攻撃の呪文を叫ぶ。


「『爆発せよ』!!」

 


 ――その日、々堂に『原初の本Ⅱ』が大量入荷された。

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